第10話

 リバイエ魔法学校を目指し、龍馬たちは森のなかを馬車で進んでいく。木々が生い茂り、まだ昼頃だというのに薄暗い森のなかを。



「おい、ルルン! 本当にこっちの道で間違いないんだろうな。どんどん森が深くなっていってるぞ」


「この道で間違いないですよ〜。安心してください、私は導きの女神ですから」



 胸をド~ンと張るルルン。龍馬が引く馬車が大きなカーブを抜け、道の先が見えた。



 道の先は…………崖だった。崖の数十メートル下には深い森がどこまでも続いている。



「ち、違うんです勇者様〜! 地図では本当にこのちょっと先にリバイエ魔法学校があるって書いてあるんです。私が道を間違えたわけじゃないです〜」



 ルルンが慌てながら弁解している。どう考えても引き返すしか選択肢がなく、龍馬がそれを一番嫌がることを知っているからだ。



「本当にこの先にリバイエ魔法学校はあるんだな?」



 だが、龍馬の態度はルルンが想像していたものとは違った。怒ったりせず、静かにルルンに道の確認をしてきた。



「えっ、あっ、はい。絶対に間違いないです…………たぶん」


「じゃあなにかにつかまってろ――いくぞ!」



 龍馬が地面を蹴って飛ぶために足に力を込める。



「えっ、ちょっ、まさかこの崖を降りるつもりですか、危険過ぎます! やめてくださ〜い!!」



 ルルンがロロにしがみつきながら龍馬に抗議する。



「あの、ルルンさん。オイラに掴まっても意味ないですから、他のものに掴まってくださいよ!」



 龍馬が崖から飛び降りようと体の重心を前に傾けたとき、森がざわめき始めた。



 崖ぎわに立つ一本の巨木の太い幹に、人の顔がグニャリと現れた。



「そこの馬車のお前たち、お前たちはなぜリバイエ魔法学校に向かおうとするんだ?」



 巨木の幹の人面が問いかけてきた。



「ひいいぃ〜! 木が、木が喋りましたよ!!」


「落ち着いてくださいルルンさん。そういえば噂に聞いたことがありました、リバイエ魔法学校には木から顔を出す人面の門番がいると。なのでルルンさんの持っている王様からの手紙を見せれば通してくれるはずで」


「――――佐々森さーん!」



 ドゴーン。ロロの話を聞かずに龍馬が巨木の人面を右ストレートで殴りつけた。



「ちょ、ちょっとなにしてるんですか龍馬さん!?」


「はぁ? モンスターがいたから殴っただけだ」


「いや、違いますよ! モンスターじゃなくて、おそらくリバイエ魔法学校の門番ですから」


「いててて、よくもオレを殴ってくれな」



 巨木の人面が顔を歪めながら、小枝を腕のように曲げ、殴られた頬をさする。



「あわわわ〜。う、うちの勇者様がすみませ〜ん! 私たちは王様の紹介でリバイエ魔法学校を目指しています〜」



 ルルンが荷台から降り、王様から貰った手紙を巨木の人面に見えるように開く。



「王様からの紹介だと…………う~ん、どうやら本物らしいな。仕方ない、通してやる」



 巨木の人面が悔しそうにしながら、龍馬たちに対して崖の方へアゴをしゃくった。



 崖のあった場所の景色が歪む。その歪みが元に戻ったとき、龍馬たちの目の前に道が現れていた。道の先にはリバイエ魔法学校と思われる威厳いげんのある大きな建物がそびえ立っている。



 龍馬が馬車を引き、現れた道を疾走していく。リバイエ魔法学校を目指し。



「ちょ、ちょっと勇者様〜! 私を、私を置いていかないでくださ〜い!!」



 馬車に乗り遅れたルルンが、馬車の後ろを追いかけていく。ベソをかきながら。



 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○



 王様からの紹介状をルルンがリバイエ魔法学校の入口で受付の人に見せ、龍馬たち三人は校長室へと案内された。



 校長室には分厚く難しそうな本が大量に本棚に並び、その本棚も大量に並び、部屋の壁は全て本棚で埋め尽くされている。



 龍馬たちが部屋に入ると、一人の老人が龍馬たちの元へやって来た。白く長いモジャモジャのヒゲで優しそうな顔の、いかにも魔法学校の校長という雰囲気の老人だ。



「皆さん、はじめまして。私はこのリバイエ魔法学校の校長、グレドルア・デルノード・ノーランドです。長旅でお疲れでしょう。私のお気に入りの紅茶をいれますので、ゆっくりしていってくだされ」



 龍馬、ルルン、ロロと握手をしたノーランド校長が三人を部屋の中央にある机の前まで案内する。龍馬たちが机の前に立つと、木の床からグニャリとイスが生えてきた。



 出窓に置かれたティーポットがひとりでに宙に浮き、カップに紅茶を注いでいく。紅茶の注がれた三つのカップが龍馬たちの前にフワリフワリと浮きながらやって来る。



「さぁ、温かいうちにどうぞ」


「では遠慮なく。いただきま〜す!」



 ルルンが宙に浮かぶカップを掴み紅茶を飲み始める。



「オレはお茶はいらない。それよりこの手紙を読んでくれ」



 龍馬がルルンの膝の上に置いてある手紙を取り、ノーランド校長に渡す。ノーランド校長がその手紙をじっくりと読む。



「この日を待っておりました。我がリバイエ魔法学校には優秀な魔法使いがたくさんおりますので、どうぞ誰でも気にいった者を勇者様の旅の仲間に加えてくだされ」



 ノーランド校長が机の上に置いてある辞書のように分厚い魔法書を、龍馬たちが見えるようにして開いた。



 開いた魔法書の空白のページから、真っ白い顔が飛び出してくる。そして、真っ白い顔が口を開く。



「よう! オレ様の名前はデックスだ。どうした、なにが聞きてえ。この学校のことならなんでも答えてやるぞ!」



 デックスと名乗った、この魔法書の守護霊が陽気な口調で喋りかけてくる。



「なんでも答えるって、この学校のことならなんでも知ってるんですか〜?」


「ああ! オレ様はこの学校のことなら全部知ってるぜ。いつもケンカしてる黒魔法の教師と白魔法の教師が、実は裏ではできてて、生徒がいないときは教室で『』をしてるってこととか全部な!」


「お楽しみってなんですか〜? 楽しいことなら私も一緒にしたいです〜」


「いや、ルルンさん一緒にはしない方がいいですよ、そのお楽しみってのは、えーと…………」


「コラッ、デックスよ。お客様の前で余計なことを言うでない」



 天然なルルンの発言はロロとノーランド校長を困らせた。ノーランド校長が「申しわけありません。彼は少しお喋りが過ぎるところがありまして」と、頭を下げる。



「ですが誰よりも学校のことに詳しいのは本当ですので、勇者様たちがどういう魔法使いを連れていきたいのかデックスにお伝えくだされ。デックスが一番条件に合う者を教えてくれるでしょう」



「勇者様どうしますか〜?」


「そんなの決まってるだろ。一番強いヤツだ!」


「一番強いヤツかー。ならノーランド校長だな!」


「よし、じゃあソイツで!」



 龍馬がバンッと机を勢いよく叩く。



「ハッハッハッ。勇者様はご冗談が達者のようですね。この老いぼれを連れていきたいなんて」


「「いや、たぶんこの人、本気で言ってます」」


「へ?」


「ほらっ、じいさん行くぞ! さっさと旅の準備をしてくれ」



 龍馬が立ち上がってノーランド校長の服の袖を掴む。



「ちょっと、だめですよ勇者様〜。校長先生を連れていくなんて〜」


「なんでダメなんだよ。じいさんが言ったじゃねえかよ『どうぞ誰でも気にいった者を勇者様の旅の仲間に加えてくだされ』って!」


「言いました、言いましたけど! さすがに校長先生はダメですよ〜!」


「悪いな嬢ちゃんたち、オレ様が余計な冗談を言っちまったせいで。まあ、勇者のダンナもちょっと落ち着いてくれよ。たしかにノーランド校長がこの学校で最強だが日々、老いていっている。だから伸びしろのある若い子の方がいいと思うぜ」



 デックスが「この子なんてオススメだぜ」と、自分の顔を出しているページの隣の空白のページに、一人の少女の顔をうつし出した。高二の龍馬と同い年くらいの、黒髪で気の強そうな顔の少女を。



「リサちゃんは強いぞー。色々と経験を積めば全盛期のノーランド校長を超える逸材だって噂されてるからなー」


「龍馬さん、ルルンさん、この子凄いです! 写真の下に書いてある能力値を見てください。とんでもない量の魔力値ですし、火水風土雷とあらゆる属性の上級魔法が使えるみたいですよ!」


「うーん。じゃあソイツにするか」


「あのー、勇者様には申しあげにくいのですが……」



 ノーランド校長は言いにくそうに顔をしかめながら、口を重く開く。



「その生徒【アリサ・ローズヴェル】は魔法使いとしての能力は私に並ぶほどの力を持っております。が……協調性に少し問題がありまして、長い旅になるパーティーに加えるのはオススメできませぬ」


「そうか。じゃあやっぱり校長を」


「――だからそれはダメですよ〜」


「ならソイツでいいよ。協調性がなくても強いヤツならいい」


「う~ん、本当によろしいのですか?」


「ああ」


「勇者様〜、もっとちゃんと考えましょうよ〜。長い旅をする仲間のことなんですから」


「うるせぇ、とにかく強いヤツが必要なんだよ! 佐々森さんに一秒でも早く会いたいからな」


「では、こういうのはどうでしょう。ローズウェルをここに連れて来ますので、会ってみてからパーティーに加えるか決めるというのは?」


「分かった、それでいい。連れて来てくれて」


「ではすぐに」



 ノーランド校長の提案により校長室に一人の少女が連れて来られた。腕を組んでふくれっ面の少女が。

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