第9話

 村での巨大イボガエル討伐から数時間後。まだ日の昇らない深夜。ガラガラと音を立てながら龍馬が、ルルンとロロと馬を荷台に乗せた馬車を引いて暗い街道を走っている。



「ううっ、せっかく村の人たちが泊まっていっていいと言ってくれたのに〜」


「仕方ないですよルルンさん。『オレにそんな暇はねえ!』って、村の人の誘いを龍馬さんが断ってしまったんですから」


「眠いなら荷台で寝てろ。オレは飯を食って元気にいっぱいになったから、倒れるまで走り続けるぞ」



 馬車を引きながら龍馬が喋る。



「そんな〜。馬車の荷台なんてうるさくて眠れませんよ〜」


「いや、ルルンさん。さっきまでヨダレ垂らしながら爆睡してたじゃないですか」


「あれ、そうでしたっけ!?」


「なんでいまさっきのことを忘れてるんですか――あれ、なんかルルンさんの下にありますよ?」



 ロロがルルンの座っている座席と床の隙間に手紙が挟まっていることに気づいた。「なんですかね、これ?」と、挟まっていた手紙を拾ったロロが不思議そうな顔でそれを眺める。手触りが良く、金箔が散りばめられた高級感のある手紙を。



「なんの手紙ですか〜?」


「いや、オイラに聞かれても分からないですよ――って、この手紙! 差出人のところに王様の名前が書いてますよ!!」


「あっ、忘れてました! その手紙は王様からもらったんですよ〜。それは魔法学校から優秀な人を私たちのパーティーに加えてもらえるようにお願いしてくれている紹介状です〜」



「なんでそんな大事なことを忘れてるんですか! オイラが気づかなかったら絶対に魔法学校を通り過ぎてましたよ」


「だって、たぶんそれ、ゴブリンさんたちに襲われたときに挟まったんだと思うんです。あのとき私は凄いピンチだったんですよ〜。龍馬さんはいなくなってましたし」


「そうですか、そんな事情があったなら仕方ないですね」


「まあ、もう馬車に乗ったときには手紙のことは完璧に忘れてたましたけどね」


「えっ!?」


「あっ、勇者様そっち右です! 新たな仲間を探しに魔法学校に行きましょう〜!!」



 ルルンが立ち上がり胸を大きく張らながら、右の道を指さす。


「ルルンさん…………魔法学校は左です」


「あれっ?」



 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○



 太陽が真上に昇っている昼頃。小さな村の近くの街道を龍馬たちの馬車が走っていく。



「キャー!!」



 若い女の悲鳴が龍馬たちの進んでいる街道の先から聞こえた。ロロが馬車の荷台から悲鳴のした方に目を凝らす。



 ぼんやりだが街道に若い女が倒れているのがロロには見えた。その倒れている若い女を守るように小学生くらいの少女が木の棒を持ち、自分と同じくらいの大きさはあるハチ型モンスターに木の棒の先を向けている。



「龍馬さん、女の子がモンスターに襲われています! 急いで倒してくだ」


「――おらぁ! 佐々森さーん!!」



 ロロが喋り終わる前に、龍馬がハチ型モンスターを飛び膝蹴りで倒した。引き手がいなくなった馬車は徐々にスピードが落ちていき、ちょうど倒れていた若い女の近くで止まった。



「「大丈夫ですか!?」」



 ルルンとロロが倒れている若い女に駆け寄り声をかける。だが若い女は「ううう〜」と、苦しそうに青ざめた顔でうなるだけだ。



「助けて! お姉ちゃんが私をかばって大きなハチのモンスターに刺されたの!!」



 木の棒を持ってハチ型モンスターと向き合っていた女の子が、ルルンに泣きついてきた。



「う〜ん、これはたぶん毒ですね。どうしましょう、解毒薬なんて私は持ってないですし、治療する魔法も使えませんし」


「毒のことなんかオレには分かんねえが、ロロの聖水を飲ませたら治るんじゃねえのか?」


「勇者様、ナイスアイディアです!

ロロちゃんの聖水なら毒を消せるはずです。だってモンスターも消せるんですから」


「ちょ、ちょっと二人ともなにを言ってるんですか!? オイラの聖水はその…………あれですよ! それを飲ませるだなんて!!」



 自分の体内から排出される聖水を飲ませることにロロは抵抗を感じている。



「うわ~ん、お姉ちゃん死なないで〜!」



 倒れていて目がうつろな若い女に、少女が号泣しながら抱きつく。



 その様子をロロは唇を噛みしめながら見ている。心のなかで葛藤しているのだろう、聖水を飲ませるかどうするかを。



「…………分かりました。オイラの聖水を飲ませます」



 決心した表情でその言葉を口にしたロロが、馬車の荷台のなかへ走っていった。



 数十秒後。ロロが荷台から輝きながら透き通る聖水を、缶ジュースサイズの小ビンに入れて持って来た。そしてルルンに「こ、これを」と、モジモジ恥ずかしそうにしながら渡した。



「ありがとう、ロロちゃん! さぁ、これを飲んでください。なんにでも効く凄い聖水ですよ〜」



 ルルンが倒れている若い女の口元に聖水の入った小ビンを近づけ飲ませる。一口、二口と飲ませていくと青白かった顔色が元に戻っていき、うつろだった目も生気を取り戻した。



「……あれ、ここは?」



 元気になった若い女が起き上がり、辺りを見回す。「お姉ちゃん!」少女が起き上がった若い女の首元に飛びつく。



「どうしたのよ、ミル? そんなに泣いて」


「だって、お姉ちゃん死にそうだったんだもん」


「――そうだわ! 私、モンスターに刺されたんだった…………この人たちは?」



 倒れる前のことを思い出した若い女が、龍馬たちのことを少女に聞く。



「この人たちがモンスターを倒して、お姉ちゃんの毒も治してくれたんだよ!」


「そうなの! 命を救っていただき、ありがとうございます」



 若い女が龍馬たちに深々と頭を下げる。



「いえいえ、私たちはそんなたいしたことしてないですよ〜」


「そうだな。本当にお前はたいしたことしてないしな。モンスターを倒したのがオレで、聖水はロロのだしな」


「なっ、酷いですよ勇者様! 私が聖水を飲ませたんじゃないですか!!」


「聖水!? そんな高価なものを飲ませていただいたんですか? あの、聖水の値段ほどのお礼はできませんが、心ばかりのお礼をいたしますので、どうか家に来てくださいませんか?」


「お礼なんていらないですよ〜。聖水はタダで手に入ったものですから」


「聖水がタダ? どういうことですか?」


「それはロロちゃんの、おしっ」


「――――ルルンさん!!」



 ロロが慌てながらルルンの口を手で塞ぐ。



「お、お礼なんていらないですよ。困った人を助けるなんのは当然のことなので。では!」



 ロロがルルンの口を手で塞いだまま馬車の荷台まで連れていった。龍馬が馬車を引いて進んでいく。若い女は頭を下げ、少女は手を振って馬車を見送る。




「ルルンさん! 聖水がオイラのオ○ン○ンから出たことは言わないでください。あの人は飲んでるんですから」


「ロロちゃんのおしっこを?」


「聖水です!!」


「聖水だったらいいんじゃないですか〜。だって凄くきよい水なんですよね〜」


「清いですけど、出どころに問題があるんです! とにかく今後は絶対に言わないでくださいね。いいですか?」


「分かりました〜」



 ルルンが元気に頷いた。



「ところでロロちゃん。聖水って高価なものらしいですね〜」


「そうですね。本当は簡単に手に入るものではないらしいですから」


「でも、ロロちゃんは毎日いっぱい聖水を出しますよね〜」


「まあ、万が一に備えて多めに水分を取ってますからね――――って、まさかオイラの聖水を売るつもりじゃないですよね。そんなの認めませんからね!」


「いいじゃないですか〜。どうせ捨てるものなんですから〜」


「いやですよ! 今回みたいに飲む人もいるんですから!」



 ロロが首を左右に振って強く拒否する。



「でも人助けになったじゃないですか〜。ね、一本だけ、一本だけでも」


「うっ、まあ、それはそうですが…………やっぱりいやです!」


「あっ、待って〜ロロちゃん!」



 荷台のなかで空の小ビンを持ってロロを捕まえようとするルルン。ルルンから逃げるロロ。騒がしい馬車が魔法学校を目指し進んでいく。

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