第24話 師匠と過ごしたあの日

 剣聖ジル=ローセル、剣の申し子として知られる最強。英雄ですら、彼と相対せば、逃げてしまうほどに強い人間の極地。


「お久しぶりです、エイジさん」


 深く頭を下げて、敬意を払う姿はまさしく騎士そのもの。


「ジルこそ、大きくなったな」


「これもすべては、エイジさんの教えのおかげですよ」


「口が達者だな。…………座ったらどうだ?」


「それでは…………」


 俺と剣聖はこう見えても、かなり付き合いが長い。と言っても、少し剣術を教えた程度だが、見ないうちに剣聖になっているとは思ってもみなかった。


「まさか、こうしてエイジさんに会えるなんて、本当に良かったです」


「俺もだよ…………最後にこうして会話ができて、嬉しいよ」


「最後?」


「あ、いや、気にするな。それより、ジルから見てアルカはどうだった?」


「…………そうですね。素晴らしい才覚を持っていると思います。まだまだ未熟な部分もありますが、あと数年もすれば、英雄にすら匹敵する実力をつけると思います」


「そうか、ならよかった…………」


 大方、予想通りの返答だ。


 アルカは教皇との戦いですでに、一つ殻を破っている。今、俺が戦えば、確実に負けるだろう。


「しかし、まさかエイジさんが弟子を取るなんて、本当にアルカちゃんが羨ましい」


「アルカは弟子じゃないぞ。それにアルカには師匠であるアリシャがいる」


「あの灰色の魔女!?これはまた…………なるほど、通りで魔法の基礎がしっかりしていたのか。それでは、なぜ一緒に旅を?」


「ちょっと事情があってな、まぁそこらへんは本人に聞いてくれ」


「そうですか……」


 しかし、まぁアルカも恵まれているな。魔法を得意とする魔女に魔法を習い、教皇と戦い、自らの戦術を立てることを覚え、剣聖に圧倒的力の前にどう対抗するか、考える力を覚え、そのすべてが中々経験できないことだ。


 あとは、俺が教えなければならないことを教えるだけ…………それで、役目は終わり。


 そのあとのことは、アルカ次第って感じだな。


「…………エイジさん、一つ聞いてもいいですか?」


「なんだ?」


「エイジさんから死線が見えます。まるで、もうすぐ死ぬことを案じているかのように…………もしかして、エイジさんは!!」


 そこで、俺は剣聖ジル=ローセルの口をふさぐ。


「余計なことを口走るな」


「す、すいません」


「ジル、世の中には必ず役目が存在する。お前が剣聖ジルとして都市を守るように、俺にも役目がある。その役目を終える時が近いってことだ」


「エイジさん……そうですか、エイジさんが選んだのなら、私に止める権利はありません。どうか、悔いのないように」


 ジルは性格がよくできている。その場を空気を読み、流す力。決して、否定せず、肯定する気遣い。


 全く、よくできている。


「それでは、私はそろそろ、今までありがとうございます」


「ああ、さよなら、剣聖ジル=ローセル」


 部屋を出ていく姿を見送り、一人になるエイジ。


 ふと、窓越しから煌びやかに輝く星を眺める。


 すると、青い星が流星群のように降り落ちる様子が見えた。


「あ、流星群だ…………懐かしいな」


 そういえば、昔、師匠とよく星を眺めていたっけ。今思えば、あの時間は本当にキラキラしていたな…………。


 美しい思い出は、美しい思い出で記憶される。逆に言えば、最悪な思い出は最悪な思い出で記憶される。


 そして、いい思い出より悪い思い出のほうが魂に刻まれ、鮮明に思い出せる。


「これが最後のチャンス…………最後ぐらい、抗って見せるさ、こう見えても、あきらめは悪いほうだからな…………紅葉こうよう師匠」


 俺はふと師匠の名前を口にした。少し悲しげで、でも語り掛けているような、何とも言えない感情が漏れる。


「さてと、今日はもう寝ますか。明日で最後の訓練。アルカなら、きっと習得できるはず」


 これは希望と期待。俺が残すアルカへのプレゼント。


「これがアルカの復讐の手伝いになればいいな」


 

 もう何年前のことだか、覚えていない。でも、たしかに記憶に残っている。俺がまだ、何も知らずに暮らしていてあの頃を…………。


「紅葉師匠!今日も剣を教えてくれよ!!」


「やだね、今日はおいしいご飯を盛り沢山食べる日だ!」


「な!?ごはんなんて訓練の後にでも…………」


「ダメだ!私は師匠、エイジは弟子!師匠のいうこと絶対!!」


「うぅ…………」


 もう顔すら覚えていない。でも、名前はしっかりと覚えている。紅葉渚こうようなぎさ。俺たちに戦うすべを教えてくれている英雄の一人だった人。


「エイジ!文句なんて言わないで、司書の言うことを聞きなさい」


「なぁ!?ルシアまで!!」


 ルシア=アリエーゼ。この子は俺と同じ紅葉師匠の弟子の一人。一様、師匠が同じだから姉弟関係にある。


「それじゃあ、いくよ!!」


「はい!!」


「俺は剣を振るいたいのに」


 結局、今日一日、飯を食べて終わった。


「はぁ!!はぁーーあ!!ていっ!!!」


「様になってるじゃん、エイジくん」


「ルシアに言われても嬉しくない」


「なぁ!?せっかく、ほめてあげたのに、ひどくない?」


 そんな毎日が続くと思っていた俺は、本当に馬鹿だと思う。だって、毎日が楽しいから、そんな感情を抱いたから、戦う理由すら、忘れてしまったのだから。


 だから、俺は、後悔したんだ。あの時、もし自分に戦う力があったらと…………。


「ルシアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 降り注ぐ豪雨を音をかき消すほどに叫ぶエイジ。その先には、血まみれな剣を持つルシアがいた。


「そんなんだから、エイジくんは最後に間違える。この世の中の真実にすら気づけない」


「なんでだ、なんでっ!!」


「私は、英雄になる。そして、全てを統べる最強の存在になる。それで初めて、私は、復讐の第一歩を踏み出せる。わたしはずっとこの時のために、剣を魔法を教わってきたんだよ」


 何を言っているのかわからなかった。ルシアの言葉をの意図をあの時の俺は、理解できなかった。


「さようなら、エイジくん。また会えるといいね」


 そう言い残して、ルシアは姿を消した。


 その場に残ったのは、何もできずただ立ち尽くすことしかできなかった俺と、血まみれになって倒れている無残な師匠の姿。


「る…………ルシアっ!!!!!!!!!!!!!!…………くそ」


 叫んでも何も出ない。


 ただ自分の無力さを感じるだけ…………。



「はぁ!?…………うぅ、朝か」


 日差しが差し込む朝。


「なんか、懐かしい夢を見た気がするな」


 とても懐かしい夢。いつのときかすら、覚えていないあの日。


「戦いの日は近い。俺も覚悟を決める時がきた」


 この日の朝はとても目覚めがよかった。


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アルカ、英雄殺しの旅 柊オレオン @Megumen

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