第3話 クルミ室長

「うるさいですよ、ギンゾウ」


 事務所の奥の部屋から現れたのは、茶色いニット帽をかぶった眼鏡の女性。

 なんでリュック背負ってんだろう?


「えー?! だって今日から配属されたって、アダンちゃんが来たんだもん」


 どうやら力関係では彼女の方が上らしい。

 ってことは彼女が僕の上司になる人なのか?


「聞こえていますよ、何度も何度もあのお、あのお、って言ってた方でしょう?」


「あ、はい、申し訳ありません。どなたもいらっしゃらないようでしたので」


「で、アダン君」


「は、はい」


「あなた。ま、いいわ。とりあえず自己紹介ね。はい、ギンゾウ」


「おお! オレからか! はい。ワタシ、ギンゾウ。ヨロシークネ、トウホウのクニカラキタアルね」


「え?」


 さっきまですらすら喋ってたよね?

 おかしくない?

 なんで急にこんな片言に?


「え?」


「いや、その口調」


「ああ、自己紹介って言われたからね。大丈夫」


「何が大丈夫なのかわかりませんけど、東方から? いらっしゃったんですか?」


「んにゃ。この街の出身」


「え? いや、だって今」


 おかしいだろ?

 片言で自己紹介したじゃん。

 どうなってんだこのおじさん。


「あんなのテキトーに言ったに決まってんでしょ」


「アダン君」


「あ、はい」


「気にしてはいけません、いえ、むしろ気にしたら負けです。なんで? とか、どうして? などという言葉もギンゾウに使ってはいけません」


「え? でも、なんで?」


「なんでってほら、その方が面白いでしょ? 物事を悪い方へ悪い方へ!」


「え? なんで? 終わりですか?」


「終わりに決まってんじゃん。ちゃんと言ったでしょ? 悪い方へ悪い方へ! って」


 だめだ、さっぱりわからない。


「ね。何か言ったら何か言い返されるんです。聞いたら負けですよ」


「ああ、はい。気をつけます」


 そう答えるしかないじゃないか。


「それでは私の自己紹介ですね。私はクルミ。一応ここの室長という事になっています。が、特に何かを命令したりすることはありませんので、アダン君はここで好きなことをしていただければかまいません。特に来なくてもかまいません、以上です」


「は?! どういう意味です? 私は、仕事をしなくてもかまわないという事でしょうか? 役立たずという事ですか!」


「アダン君、落ち着いてください」


「落ち着いていられますか! どういうことなんですか?! あなた、えっとクルミ室長! ちゃんと説明してください」


「まあまあ、アダンちゃん。とりあえずそこにおっちんと座って。そうそう、今からいろいろ聞かせてあげるから。焦らない焦らない。格言にもあるでしょう? 玄関先で話したらって」


「い、いや、どういうことなんです! 格言? 玄関先で? 知らない。そんな格言知らないですよ!」


「そりゃそうだよ、オレも知らない格言だもの」


「ほら、なんで聞き返すんですか。あれほど聞き返したら負けだって言ったでしょう」


「は? なんなんですかここは?! いったいどういうことなんですかっ!」



 これが、クルミ室長とゆかいな仲間たちとの出会いでした。


 僕はこの時、まだ気づいていなかったのです。

 このモルぺス販売発掘事務所、最大の危機が近づいていることを。





 明日はKAC20236の投稿になります。

 次回本作更新 2023/3/14 02:00

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