新参黒姫の【先行】謝罪動画…後編

 就任動画を撮り終えて……翌日。


「え? 失敗を想定して、事前に謝罪動画を撮った!?

 ……それ、めちゃくちゃ炎上しそうね……あたしの国だったらと思うとゾッとするわ」


「……そんなにダメなことだったの? だって、謝罪動画って、謝罪の気持ちよりも『謝罪した』ってポーズがみんな欲しいのかなって思って……本気で謝ってるわけなくない?

 キラーちゃんだってそうでしょ?」


「そうだけど……、あと『キラーちゃん』って言うな。あたしは『スター』だから」


「うん。星みたいにキラキラしてるから、キラーちゃんなんだけどなあ……」


「大量殺人鬼みたいになるでしょ」


 大量かどうかはともかく。

 ……エンタメの国のお姫様である。


 特徴的な虹色の長い髪は先代譲りだ。今はかんざしでまとめられていた。

 彼女も和装なのは、ついさっき、黒姫に着せられたからである。


 彼女の名は『スター』……魔法使いである。

 和装なので、当然、魔法使いらしいアイテムは一切ない。



 そんな星が刀の国へ訪れたのは、姫としての仕事で……ではなく、プライベートだ。


 国と国の間には距離があるのだが、飛行機で一時間もかからない。

 魔法使いなのだから科学ではなく、魔法を使えばいいのに、と知らない者は言うが、科学を知ってしまえば、魔法など、同じく便利だけど魔力を消費するだけなので『疲れる』という科学の下位互換である。


 魔力消費もなく同じ効果で、休んでても結果が出るなら、科学に頼る。


 エンタメの国は、かつては魔法の国だったが……今では完全に科学の国であった。


「キラーちゃん、今日はどんな商品を持ってきてくれたの?」

「キラーちゃんじゃ……まあいいわ。黒姫が気に入ってるならそれでいいし……こっちも好き勝手に呼ばせてもらうから……腹黒姫」


「えー、そんなことなくなーい?」

「謝罪動画を事前に撮って公開している時点で、証明になるでしょ」


 黒くなければ思いつかないアイデアだ。


 自分も思いついたのだから腹黒なのだろう、と気づいたエンタメのお姫様である。


「今日は科学じゃなくて魔法の方ね。ちょっと面白そうな試み……実験だけど」

「そうなんだ……あ、キラーちゃんはようかん食べる?」


「おまんじゅうがいいわ。

 やっぱり刀の国で食べるおまんじゅうが一番美味しい。この前、レシピを貰ったけど、その通りに作っても、どうしても同じ味にならないのよね……コツでもあるの?」


「人の手で作ってるから。体温とか指先一つの技術で変わるんじゃない? 機械のアームで時間通りに大量生産しているやり方で、素手と同じ美味しさだったら人の手の意味ってなに? ってなっちゃうし……。近い味を大量生産するってところは魅力的だけど」


 す、と差し出されたおまんじゅうを頬張るエンタメの姫。


 黒姫はようかんを小さなフォークで切り分けて、その小さな口で食べている。


 二人がおやつを済ませたところで、(通称)星姫が、小型端末を取り出した。

 薄い板に指で触れると、色々な機能を呼び出せる。

 動画を見たり写真を撮ったり文字を打ち込んだり……遠い人物と意思疎通ができるらしい。

 刀の国はまだボタン操作すら習っていないのに、いきなりのタッチパネルである。


 なんだか、水面に映った月に触れてしまった罪悪感があった……が、それも昔の話だった。

 今では刀を腰に差した男性が、タッチパネルで動画を見ている時代だ。

 ……刀の国も随分と変わった……。

 黒姫……の、先代の姫のおかげだろう。


「さて、今日のキラーちゃんがおすすめする商品は?」


「それはね、これよ。……魔法を使って、文字に『力』を与えてみたのよ。機械じゃなく、実際の人間でやったことがあったんだけど――

 その時は、冷たい視線を貰えば寒さを感じる、罵詈雑言は本当に体に針が刺さったような痛みを感じる、みたいに、魔法は成功したの。

 それを電脳世界インターネットに仕組んだらどうなるのかしら、と試したみたのがこれね」


「それ……コメント欄?」


「そ。あ、ちょうどよく叩かれてるわね――ねえ、黒姫。

 なにか壊れても大丈夫な物とかある?」


「それなら……これとか」


「花瓶だけど……いいの?」

「いいよ」


 売れば高い値段がつきそうな花瓶だ。

 良さは分からないけど、見て引き込まれるアートっぽさがある。


「じゃあ、この花瓶を――スマホに入れてしまいます」

「マジックみたい」


「はい、この通り、小さな画面の中にさっきの花瓶が入ってしまいましたね」


 星姫もノリノリだった。

 マジシャンみたいというか、マジシャンは魔法使いだ。

 なので魔法使いはマジシャンであり、タネも仕掛けもない。


 できて当然、という風潮があったが、魔法を使わないマジックにはタネと仕掛けがある。魔法で簡単にできてしまうけど、魔法を使わない上で魅せるマジックに人気が集まった。

 タネは? 仕掛けは? それを暴く楽しみが、国民の興味を引いたのだろう。


 マジックを見ているのか、粗を見ているのか分からない。


 だが、楽しませていることは事実だった。


「画面の中の花瓶をよく見てて」


 黒姫が顔を近づけると――パリィン! と、花瓶が割れた。

 画面の中で、木っ端微塵だ。


 それはコメントで『叩かれた』から。


「――わっ、なにこれっ!?」


「花瓶を砕いたのは、罵倒のコメントよ。たとえばアカウントが炎上していれば、画面の中に入れた骨付き肉なんてすぐに焼けるんじゃない?

 叩かれているアカウントに『叩いて欲しいもの』を投げ込めば、ハンズフリーで相手が勝手に叩いてくれる……そういう魔法なんだけど」


 商品にはならないだろう。

 炎上しているアカウントの用意が前提になってしまうからだ。


 だけど、技術としては公開する。ただ炎上している、叩かれているだけは勿体ない。それを有効活用する手段はないか? と考えた星姫の提案だった。


「うちの国では、炎上とコメントでの叩きは日常茶飯事だからね……、毎日見ていれば、これが当たり前になってきちゃったのよ。

 水車とか太陽光発電と一緒で、止まらないなら利用しちゃった方が得するよねってことで――黒姫、叩かれたいものとかある?」


「餅つき!」


「餅つき?」


 黒姫の提案で、餅を用意し、スマホの中に入れてみた。……すると、


「たくさんのコメントで餅が叩かれていく……まったく疲れない餅つきだ!」


「最後に炎上で燃やせば、焼き餅になるから一石二鳥になるわね……我ながら良いアイデアだったわ。……無理やりにでも商品にしちゃおうかしら」


「その考えは、炎上もコメント叩きも改善する気がないってことになるよ?」


 星姫が肩をすくめた。


「無理よ。止められないわ。もう自然災害って思うしかないでしょ。科学が見つかった段階で、こうなることは運命だったのかもね――もう魔法でも収拾がつかないわ」


「ふーん、そういうものなのね……」

「まあ、方法がないわけでもないけど」


「え、あるの?」

「まあ……――ただ、国が一つなくなることになるけど」



 全てを処分し、リセットする……これが最も早くて、確実だ。



 ―― 完 ――

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新参黒姫の【先行】謝罪動画 渡貫とゐち @josho

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