第24話:夏を乗り切れ!オイルサーディンのペペロンチーノ
2023年7月30日
「おはようございます!」
一昨日の金曜日で大学の前期が終わり、夏休み2日目となった日曜日。今日も朝から強い日差しが照りつける中、後輩はやってきた。
「おはよう」
「先輩、おみやげです! 後で食べましょう」
「お、アイスか。たまにはいいな」
彼女は保冷バッグを取り出し、中に入ったカップ入りのバニラアイスを見せてくれた。さっそく冷凍庫に入れる。
*
「先輩、冷たいのもいいんですけど、夏に負けないようながっつり系もできますか?」
「そうだな。にんにくもあるし……この前買ってきた缶詰を使おうか」
オイルサーディンの缶詰を取り出す。特売で1個100円もせずに買えたものだ。
「これでペペロンチーノでも作ってみるか」
「ペペロンチーノ、久しぶりですね」
以前、唐辛子とにんにくだけのシンプルなペペロンチーノを作ったことがある。今回はイワシ入りだ。
*
いつものようにパスタを茹でるお湯を沸かし、その間に具を準備する。
「にんにくと唐辛子。2かけと2本でいいか」
「結構、大粒ですからね」
「まあな。ちょっと奮発して青森産のいいやつを買ってきておいた」
輸入ものと比べると同じ重さでも倍以上もする国産にんにく。夏休みに入ったということで、ささやかな贅沢をしたくなったのだ。
「フライパンには、まずオイルサーディンの油だけ入れる」
1人分で1缶として、2缶分の油を注ぎ入れた。
「さすが、全部を無駄なく使うのが先輩っぽいですね」
「香りが全部溶け込んでいるからな。ツナ缶なんかでもこうやって油を使うといいぞ」
逆に言えば魚臭いということだが、にんにくと唐辛子を入れるので問題はない。両者を入れたら、弱火で加熱していく。軽く焦げ目がついたところで、オイルサーディンの本体であるイワシの身を入れる。
「結構、油が跳ねますね」
「油だけじゃなくて水分もあるからな。ちょっとフタをしたほうがいいかも知れない」
オイルサーディンは種類によって漬け液の配分が異なる。以前、瓶詰めのものを使ったときはこんなに油は跳ねなかったと思うのだが。
「ほぐすかと思ったら、崩さずに使うんですね」
「それでもいいんだけどな。今回は食べごたえを重視しようと思った」
身を崩さないように両面に焼き色を付けてから、いったん取り出しておく。
*
「パスタ、そろそろですね」
「ああ、時間通りだからな」
この手のレシピだと少なめの茹で時間で取り上げる例が多いが、お互い柔らかめが好みなので時間通りにする。湯切りする前に茹で汁をお玉1杯ほどフライパンに入れる。
「あとは水分が飛ぶまで炒め合わせれば完成ですね」
「そうだな。ちょっとベランダのバジルを摘んできてもらえるか?」
「はーい!」
炒めながら彼女に頼む。バジルの鉢植えはすくすくと育っている。最近はサラダ感覚でそのまま食べたりもしているが、消費ペースが追いつかないくらいだ。
「この缶詰は塩分が2グラムだから、1人分で0.5グラムとして、合わせて1グラムくらい足したほうがいいな」
小さじの先ですくったひとつまみの塩を振りかける。パスタ料理を作る場合、一人分の塩分量は3グラム弱が良い。この調整をしやすくするため、パスタを茹でるときには塩は入れないのがいつものやり方だ。
*
「こんなもんか。皿に盛ったらさっきのイワシを乗せて、バジルを散らして……」
「完成! ですね」
「といいたいところだが、もうちょっとオプションがある」
冷蔵庫からレーズンの袋と、バルサミコ酢を取り出した。
「好みが分かれるとは思うけど、オイルサーディンにはレーズンが合うと思うんだ」
「へえ。やったことないですけど、私も甘じょっぱいのは好きだから試してみよっと」
「あとはバルサミコ酢もあるから使ってみようか」
このバルサミコ酢も先日買ってきたばかりのものだ。バジルの葉をサラダとして食べるにあたって、バルサミコ酢とオリーブオイルで簡易的なイタリアンドレッシングを作ることを思いついたのがきっかけである。
「それじゃ、いただきます!……ちょっとしょっぱ目のサーディンにレーズン、たしかによく合いますね! どこで思いついたんですか?」
「実家の親父が、よくレーズン入りのパンにオイルサーディンを乗せて食べてたんだ」
父は自分で思いついたと言っていたのだが、本場イタリアでもイワシとレーズンの組み合わせはシチリア料理などで定番のようだ。なお、母や弟たちはこの食べ方を好まない。レーズンとしょっぱいものの組み合わせは人を選ぶところがある。俺も子供の頃は良さがわからなかったが、酒を飲むようになってから好きになった。
「美味しそう! 私も今度やってみよっと」
「パンを軽くオーブンで焼いてから、油と一緒に乗せるのがコツみたいだな」
この部屋にはオーブントースターがない。レンジにもオーブン機能はついていないので、こんがり焼いたトーストというのを長らく食べていない気がする。お盆で実家に帰ったら、久しぶりに父と一緒にワインでも飲みながら食べてみるか。
*
「ごちそうさまでした! さて、食後のデザート……」
冷凍庫から、自分が持ってきたバニラアイスのカップを取り出し、テーブルの上に並べる。
「そうだ、バルサミコ酢にはこういう使い方もあるんだ」
俺はバニラアイスの真ん中をスプーンでくり抜き、まずはそのまま口に入れる。そして、そのくぼみにバルサミコ酢を注ぎ入れた。
「なんかおしゃれですね。私も! ……なるほど、こうやって食べるとすごく"ぶどう"って感じしますね」
「本当は軽く煮詰めてから使うといいらしいんだけど、そのままでもさっぱりしていて悪くないよな」
この食べ方も父の直伝である。母のほうはアイスはそのまま食べるのがいいと言って譲らなかったのだが。なお、上の弟にも受けが悪かったが、下の弟にはそれなりに受けていた。
*
「そう言えば先輩、今日は土用の丑の日ですけど、うなぎは食べないんですか?」
「うーん、もともと家でも習慣がなかったからなぁ」
うなぎが嫌いなわけではないし、むしろ好きな方だ。ただ、自腹で買ってみようとは思わない料理の筆頭である。端的に言えば、コスパが悪い。
実家にいた頃は祖父母のおごりで地元の老舗にたまに連れて行ってもらっていたのだが、最近になってネットで調べたら「この値段でこのクオリティは破格」と評判の名店であるようだ。おかげで、こちらに来てからは余計にうなぎで満足するのは難しくなってしまった。
「うちもそうですね。それに、資源保護の話も聞きましたし、無理に食べる必要もないかなって」
「そうだよな。今はスタミナが付く食材がいくらでもあるんだからな」
健康には一応気を使っているし、旬の食材も積極的に食べるようにしている。ただし土用のうなぎについては、もともと「夏場に売れ行きの悪かったうなぎをさばくためのマーケティング」に由来するらしく、あまり乗る気にはなれない。
**
「それじゃ、今日もありがとうございました!」
「ああ、俺のほうこそアイスありがとな」
彼女を見送り、この夏にすることを考える。バイトやら就活やらで、まとまった休みは意外と少ない。むしろ9月以降のほうが余裕があるかも知れない。もし、後輩を誘って遊びに行くとしたら暑さのピークが過ぎてからがいいだろうか、などと考えるのであった。
***
今回のレシピ詳細
https://kakuyomu.jp/works/16817330655574974244/episodes/16817330661152745637
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