第25話:思い出のミートボールで甘酢あん

2023年8月6日


 ベランダのカーテンを開くと激しい日差しが寝起きの目に突き刺さる。顔をあげると絵の具を塗ったような青空と入道雲。家の前の道路を自転車に乗った子供たちが通り過ぎていく。夏休みの真っ最中だ。


 *


「おはようございます!」

「おう、おはよう!」


 身支度を整えて、麦茶を飲んでまったりしていると呼び鈴が鳴った。SNSなどを見る限り、夏休みはそれなりに満喫している様子である。


「今日も暑いから、なにかさっぱりしたのがいいですね。例えば酸味が効いてたり」

「そうだな、前に話した名古屋風あんかけスパを作ってみようか」


 といっても、実際に店で食べたりレトルトを取り寄せてみたわけではない。ネットのレシピを参考に自分なりに作ってみたものだ。


 *


「とりあえず、お湯わかしちゃいますね」

「ああ、頼んだ」

「ちょっとがっつり目の気分なんで、合計240グラムくらいいっときましょうかね」

「いいな。夏こそ食わなきゃバテるし」


 俺はその間に材料を用意する。まずはピーマン2個と玉ねぎ1個だ。


「ピーマンは細切りに、玉ねぎは縦に薄切りにしていく。まあ切り方は好みだけどな」

「うちはどちらかといえば、玉ねぎは横に……つまり繊維と垂直に切ることが多いですね」

「俺としては、食感的には縦に切る方が断然好みなんだよな」


 横に切ると食感が曖昧になるのがあまり好きではない。みじん切りにするのでも無い限り、縦切りのほうがいいと思っている。


「切ったら炒める。ちょっと調味料を用意するから、フライパンを任せた」

「はーい」


 後輩がフライ返しを振るっている間に、俺は冷蔵庫から調味料とメイン食材の袋を取り出した。


「にんにくチューブを少し……小さじ2杯ほど入れるか。味付けは砂糖、酢、醤油、ケチャップを各大さじ2」

「わかりやすい分量ですね」

「ま、ここから好みに合わせて調整するといいだろうな」


「あんかけにするから水を1カップ半、つまり300ミリリットル入れる」

「結構、お水を入れるんですね」

「本場のレシピだと、もっとつゆだくにするみたいなんだけどな」


 ついでに、本場だと酢をほとんど使わないらしい。俺としては甘酢あん風にしたかったのでこのくらい入れてみたのだが。


「ここで今回のメイン食材、ミートボールを入れる!」

 2袋で、合計20個のミートボールをタレごと投入する。当初は2人分を1袋でやろうと思ったが、パスタが多めなのでちょっと贅沢に増やすことにした。


「あ、イシイのおべんとクン! 子供のころから大好きですよ!」

「これが弁当に入ってると嬉しかったよな」


 ミートボールと言えば昔から弁当の定番である。今となっては無添加調理を前面に押し出していることが鼻に付くのだが、幼少期からの馴染みで多めに見てやっている。


「1人で1袋、ちょっと贅沢ですね。子供の頃は妹と半分ずつだったなぁ」

「うちも、3兄弟で2袋を分けてたっけ」


 一人暮らしを始めてから、大人買いして食べたのを思い出す。


「そういえばミートボールは普通のやつなんですね」

「ああ、照り焼きやカレー味もいいけど、基本のトマトベースが一番合うと思ったからな」

「あまり意識してなかったんですけど、材料を見ると酢豚の甘酢あんっぽいですね確かに」


 袋の裏を見ながら彼女が言う。ソースの主な材料は砂糖にトマトペースト、酢といったところだ。甘酸っぱいあんかけ風である。


「ちょっと味見してみるか。どう思う?」

 この時点で、一人分の塩分量はケチャップで0.5グラム、醤油で2.5グラム、ミートボールで1.6グラムで、計4.6グラムとなる。普段の料理よりも濃いめだが、ソースの分量が多い上にパスタが120グラムあると考えると、若干薄く感じるかも知れない。


「うーん、粉チーズとかタバスコを入れるなら全然ありだと思いますよ」

「それじゃ、このままでいいか。物足りなければ少し醤油を足そうかと思ってたんだけどな」


「軽く煮込んだら水溶き片栗粉でとろみをつけて、っと。パスタのほうはもう少しかかりそうかな」

「ですねぇ。やっぱりアルデンテより柔らかめのほうが合いますよねこの場合」


 名古屋のほうでは太さ2ミリを超えるスパゲットーニが主流だと聞いたが、今使っているのはいつもの1.4ミリのフェデリーニである。太いほど茹で時間が長くなるので、どうしても敬遠してしまう。あらかじめ一晩水につけておくなどの手もあるようだが。


 *


「よし、そろそろだ」

 パスタを湯切りして皿に盛って、あんをかける。


「ちょっと盛りきれませんね」

「だな。食べながら足していくか」


 いつもの皿にパスタを盛り、あんを全部かけようとしたらこぼれそうになってしまった。


「それじゃさっそく、いただきます!……うん、結構甘酸っぱいかも」

「もっと酸味を抑えてもいいかと思ったけど、夏だからさっぱりしたのがいいと思ったんだよな」


 このようにして食べてみると、ミートボール自体も意外と酸味があることに気づく。メインのおかずというよりはアクセント的な役割が似合ってるかも知れない。


「粉チーズをかけるとマイルドになってまた違いますね」

「だな。逆にタバスコでシャープにするのもいい」

「せっかくだからバジルの葉も散らしてみましょうか」


 あんの味をシンプルにした分だけ、他の調味料がよく合う。


 **


「あんが結構ボリュームありましたね。食べすぎたかも」


 食べ終わって片付けを済ませた後、彼女は満足げにクッションに体を投げ出しながらそう言った。


「ま、しばらくのんびりゲームでもやるか? 午後は予定なかったよな」

「いいですね。どこか出かけるのも好きですけど、こういうのも夏休みっぽくて」


 くつろぐ彼女を横目に、俺はアイスコーヒーでも淹れてやろうかと思って台所に戻るのであった。


***


今回のレシピ詳細

https://kakuyomu.jp/works/16817330655574974244/episodes/16817330661490968827

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