ACT.04/司祭ロイド


「見えたぞ、魔女殿。あれが港町ライルだ」


 カルラがそう言って指をさす。広がる大海原に沿うように続く道の先に、その町はあった。沈みゆく夕暮れが、海に反射し、町全体を橙色に染め上げているようだった。


「といっても、魔女殿はもう来たことがあるんだったか」

「いえ、以前は、昨日泊まった――ハグミの村までしか来ませんでしたから、見るのは初めてです」

「ドザン殿と知り合ったのも、ハグミの村なのか」

「そうですね。ちょうど村で仕事をしてきたときに、行商に来ていた彼に声を掛けられました」


 港町ライルは、遠くから見てもかなり大きな町であった。港を中心として、幾つもの建物が長く連なっている。最初は小さな港であったらしいのだが、百年ほどの時間をかけて、すこしずつ成長していき、いまでは王国でも優秀の貿易港となっている。


 町に近づくにつれ、道幅が少しずつ大きくなり、綺麗に舗装されていく。


 大型の馬車が余裕で三台は横に並べるほどの広さの道を、ふたりは進んでいく。交易都市ということもあり、平時はこの道も様々な商人や旅人が行き交うことが予想された。だが、いまはここを通るのはナキアとカルラしかいない。単純に人が居ないという事実よりも、普段は人がいるであろう場所が無人であるというギャップが、ナキアの居心地を悪くさせた。


「私、あんまり詳しくないんですけど」ナキアが、寂しさを紛らわせるために会話を切り出す。「ライルって、どんなところと良く取引してるんですか?」

「そうだな……。一番多いのはやはり西方諸国連合の商業ギルドだろうな。加工品や日用品に食料品。珍しい宝石やら貴金属やら――騎士団が関係するところでいうと武具なんかもあるな。次いで、砂漠の国――アレーナか。アレーナからは香辛料や酒、趣向品が多いと聞く。他にもドラグライドやリーシェットの船なんかもよく見るが――そんなところだろう」

「なるほど」

「魔女殿はどうなんだ? 呪術に使う薬品なんか、それこそ異国のものを素材にしてそうだが」

「そうですね……。たぶん、魔女連盟も利用してるとは思います……。私は、そういう珍しい素材とかが必要になったら連盟へ申請するので」


 城壁の中、そこかしこから黒い煙がたなびいているのが見えた。〈渇きやまい〉で亡くなった患者を、火葬しているのだろう。それでも追いつかないのか、屍肉を目当てに飛び回る鴉が、ぎゃあぎゃあと不吉な鳴き声を上げている。


 堀に掛かった橋を渡り、大門へとさしかかる、そこに、男がふたりいた。

 軽鎧に身を包み、こちらへ鋭い視線を向けている。ナキアは自然と背筋が伸びた。


 警戒をしていた見張りの二人だったが、距離が近づくにつれ、緊張がほぐれていくのが見て取れた。


「〈アザリア剣誓騎士団〉の人間だ」カルラが説明する。「人が減ったライルの、主に治安維持にかり出されている。夜盗や魔物の侵入を防いだり――あとは、軍備だな」

「軍備?」

「現在、呪いの感染を防ぐために、諸外国との交易は停止している。ライルの事情は、各国に知れ渡っているだろう。可能性は低いが、弱っている状況を見て、どこかから海戦を仕掛けられないとも限らない。そのために、戦力をここへ置いておく必要があるわけだ。ここからだと城壁が邪魔で見えないが、いまここの港は騎士団の軍船ばかりだな」

「ふむん」


 などと話をしている内に、見張りの許へたどり着いた。二人とも、若い。カルラと同年代か、少し上くらいに見えた。


 男のうちの一人が、女騎士へ声をかける。


「カルラ! 待っていたぞ!」

「ヒリバ。サグ。ただいま戻った」

「王子より連絡は受けている。そうすると、後ろのかたが……?」

「〈焜耀こんようの魔女〉エルトナキア殿だ。今回の異変の解決に、協力いただけることになった」


 おお、と見張りの二人が破顔する。

 その顔を見て、ナキアは少し気が重くなった。それほどまでに、自分が期待されているという事実が、プレッシャーになったからだ。


「その反応からするに、事態は好転していないのか」カルラが尋ねる。

「そうだな。お前が出発してから、まったくと言って良いほど進展はしていない。……むしろ悪くなったとすら言える。順当に呪いの感染が広まっているからな」

「そうか……」

「今日はもう遅い。どうする? 魔女様には騎士団の詰め所を利用していただくか?」

「いや……、その前に、教会に顔を出しておこう。魔女殿を連れてきたことを、後からとやかく言われたくない」

「そうか。ロイドはこの時間だと庁舎にいるはずだ」

「ありがとう」


 見張りと別れを告げたナキアたちは、大門をくぐり町の中へと入った。

 ナキアは、町の中を見渡す。


 なるほど大きな都市ということもあり、建物は多く、通りも広い。特に入って直ぐの目抜き通りは、通りの左右に屋台も並んでおり、平時であれば日中はここが一つの市場のようになるであろうことが、容易に想像できた。


 しかし、いまは、その面影はまるでない。


 出歩いている人影はほとんど見当たらず、人の気配がしない。ぽつぽつと何人かが息を潜めるようにしてこちらの様子をうかがうのが見られるばかりだ。

 屋台はすべての店を閉じていて、木組みの店舗だけががらりと並んでいる。近くを通れば、机は誇りが被っており、柱には蜘蛛の巣が張っているのが見えた。

 通りの一角には、襤褸をかぶせられた人の遺体らしき者も転がっていた。


 不気味だった。「町が滅びかけている」というのは、比喩でもなんでもなく、純然たる事実であるということを、自身の目で見て、初めて実感として――否応なく理解させられたのだ。


「さっきの話で出てきた、ロイドさんっていうのは……?」ナキアは、町の様子を観察しながらカルラに尋ねる。

「ロイド・ガーナット。聖東教会の司祭だな。今回の件での、聖東教会側の――一応の責任者だ」

「一応の?」

「元々この町の司祭だった男だ。それ故に、責任者の立場を押しつけられたというべきか――教会側の生け贄の羊スケープ・ゴートだろうな。今回の〈渇き病〉の件が解決しなければ、その責任を取らされる役だ」

「それは……その……なんと言って良いか」

「有能ではあるし、気の毒な立場の男ではあるが、敬虔な信者でもある。魔女殿への当たりは厳しいだろう。気は許さない方が良い」

「あっ、はい」


 目抜き通りを進んだ先に、高い建物があった。石造りで、堅牢さもある。庁舎だ。

 入り口の近くで馬から降りる。庁舎の入り口には、大門と同じように見張りがふたりいた。しかし、先ほどの軽鎧とは格好が違う。鎖帷子に、灰色の外套。手に持っているのは、剣ではなく鎚矛メイスだった。騎士団ではなく、聖東教会の僧兵である。


「剣誓騎士団十二番隊隊員、鶺鴒のカルラだ。帰還報告の件で、ガーナット司祭にお目通り願いたい」


 呪いの感染拡大を防ぐため、現在港町ライルでは町への出入りが厳格に管理されている。剣誓騎士団であろうと、増員として町へ入るときや、町から出なくてはならない場合は、聖東教会への報告が義務づけられていた。


「カルラ殿。無事でなにより」僧兵のひとりが言った。「司祭への報告なら我々がやっておきますが……そちらの方は?」


 僧兵たちの視線は、ナキアへと向けられていた。僧兵はふたりとも大柄で、威圧感と迫力がある。ナキアは思わず視線から隠れるように、外套のフードの位置を直した。


「今回の〈渇き病〉の一件について、解決に協力いただける専門家の御仁だ」カルラが答える。「彼女の紹介もできればと思い――可能であれば直接面会をしたいのだが……どうだろうか。難しければ、明日、また出直すが」

「いえ、そういうことでしたら。どうぞ、お入りください」

「失礼する」


 堂々とした態度で、カルラは庁舎へと入っていった。ナキアは、その後ろを続く。

 庁舎の中は人が多かった。教会関係者たちが、書類や医療道具、なにやら大きな荷物などを手に走り回っている。入ってきたナキアたちと入れ替わるように、これから患者の許へ向かうのか、医師たちの集団が外へと出て行った。



 †


 ロイド司祭の部屋は、庁舎の三階にあった。

 カルラがノックをすると、中から「どうぞ」という声が返ってくる。


「失礼します」


 ロイド司祭の自室は、文机とベッドが置かれただけの、簡素な部屋だった。机の上には紙の山がいくつも連なっている。ベッドの上も開かれた本が乱雑に置かれており、ここしばらく使われた形跡がない。床の上には、書き損じて丸められた紙くずが、いたるところに散らばっていた。

 要するに、散らかっていた。


「ああ、君は、騎士団の……」


 机に座る男――ロイド司祭がこちらを向いた。

 ナキアの、ロイドに対する第一印象は、『疲れている』だった。


 年の頃は、五十歳くらいだろうか。栗色の頭髪は、頭頂部が薄くなっている。落ち窪んだ眼下に、痩せこけた頬。彼の異様な相貌が、精神的なストレスから来ていることは、容易に察せられた。満足に睡眠が取れていないのか、目の下の隈もひどい。饐えた臭いが鼻につく。おそらく多忙により、湯浴みもできていないに違いなかった。


「はい。剣誓騎士団所属。鶺鴒のカルラです。任務を終え、ライルへと帰還しました」

「お疲れ様です――たしか、任務にはもう二人、参加していたはずですが? 王都に戻ったんですか?」

「ディオル、ゲーニスの両名は、任務中に殉職しました」

「あー、そうですか」


 特に反応を見せないまま、ロイドは机の上の紙束をひっくり返した。しばらく書類を漁った後、目当てのものを見つけたのか、それを手元に置くと、側らの羽根ペンにインクを浸した。


「えっと……君たちは、何番隊でしたっけ」

「十二番隊です」

「十二、十二……、ありました。えー、カルラが、帰還。それで……誰と誰でしたか?」

「ディオル、ゲーニスです」

「はい、どうも。ディオル、ゲーニスが死亡――と」


 ロイドは、書き込みを終えると、紙から視線をあげる。


「それで、そちらの方は?」


 男の視線が、ナキアへと向けられた。


「今回の〈渇き病〉の災禍解決に向け、協力していただけることになった専門家の方になります」

「専門家、ねぇ――」ロイドの口調には、露骨に侮蔑の色がにじんでいた。「――彼女を迎えに行くのが、君たちの任務だった、ということですか。……それにしても、ずいぶん若く見えますが――フードをとっていただいても?」


 ナキアは、素直に言葉に従った。明るい藤色の髪が揺れる。


「まだお嬢さんではないですか。猫の手も借りたい現場ではありますが、失礼ながら、あまり役に立っていただけるとは――」

「見た目の年齢には意味がありません。彼女は魔女ですから」

「は?」


 ロイドの時が止まる。たしかに、魔女の中には若い見た目を保ちながら、数百年と生き続ける者もいる。実際には、ナキアは見た目通りの年齢――十七歳ではあったが、ややこしくなりそうなので黙ったままでいた。


 ロイドが、目頭を押さえる。しばらくそのままの姿勢でいて――ようやく、カルラへと言葉を投げかける。


「すいませんが、いま、なんと?」

「彼女は魔女です」一方のカルラは、一切たじろぐ事なく、同じ言葉を繰り返した。「我々が協力を要請した『専門家』――それが、彼女、〈焜耀の魔女〉エルトナキア様です」


 ロイドは天を仰ぐ。


「――嘘だろ」

「嘘ではありません」


 司祭は立ち上がり、そして、頭をかきむしる。ぶちぶちと、数本の頭髪が音を立てて抜け落ちた。


「ふざけるなよ、ふざけるな、ふざけるな……お前、自分が何をしたかわかっているのか? なんてモノを呼び寄せてしまったんだ。なんてモノを入れてしまったんだ、この町に。ふざけるな、イカれてるのか。イカれてるんだな――」最初は小さかったロイドの声が、少しずつ熱を帯びていく。「莫迦なのか。確認するまでもなく莫迦だ。いやもう頭が悪いとかそういう問題では無い。理解できない。何をやっているんだお前は。私がどれだけ苦労してると思ってる。くそが。ぶち壊しだ。もう終わりだよ、おしまいだ。何もかも全てが――」


 怒りに顔を歪ませていたロイドが、そこで、ぱっと、花が咲いたような笑顔になった。


「――そうか。処刑か。処刑だろ。その魔女を処刑するために連れてきたんだな。それならば辛うじてわかるぞ。できれば町の中へと連れてきて欲しくはなかったが、大目に見よう。それくらいの寛容さは私だって持ち合わせているさ。さぁ殺せ。許可しよう。許可の必要もないがな。一刻も早く、殺しなさい」


 今にも倒れそうな足取りで、ロイドがカルラへと詰め寄る。横から押せば容易に倒れてしまうのではないかと心配になるほど、その動きには力がなかった。


「処刑をするために連れてきたわけではありません」カルラは、きっぱりと言った。「エルトナキア殿には、この町にはびこる呪いを解いていただくため、その知識と呪術の力をお貸しいただくために、足を運んでいただいたのです」

「いい加減にしろ。世迷い言につきあっている暇はないんだ。それともお前も魔女の仲間なのか。それならば得心がいく。ああ、そうか、そういうことだな。全部理解できた。謎は解けたぞ。お前も魔女だったのか。見た目ばかりの美しさで騎士団を誑かし、仲間の魔女を呼び寄せて、そして、アザリア剣誓騎士団も、この町の民草も、聖東教会も、すべて全部皆殺しにする算段だったんだ。そうだろう。はじめから、全て巧妙に仕組まれた罠だったんだな。女狐め、背信者め、穢らわしい売女め。私は騙されなかったぞ。どうする? 真実に気づいた私から消すか? だが私を殺したところで、神を欺くことはできないぞ。いずれ貴様らはその罪を償うことになるだろう――命を以てな」

「私は魔女ではありません」カルラは首を振る。「また、騎士団も、この町も、教会も、滅ぼすつもりはありません。私が願うのはただひとつ、呪いが解け、この町が救われることだけです」


 ロイドは、ふらついた足取りのまま、カルラから一歩、二歩と距離を取った。光の無い目で、女騎士の方を見つめる。


「……滅ぼすつもりはない?」司祭は、確認の言葉をカルラに投げる。

「はい」カルラは答える。

「……魔女では無い?」

「はい」

「町を救いたい……?」

「はい」


「ぢぃやああああ!!! さっさと処刑しろっ!!」ロイドは突如、鬼の形相で叫び出す。「――とっとと殺せっ! いますぐその魔女の心臓を抉り出し火に焼べろっ! 首を落とし、目を潰し、身体を九十九の肉片へ分け、香油を掛けて灰にしろっ! 町を救いたいんだろ? 滅ぼすつもりはないんだろ!? だったら今すぐ腰の剣を抜き、後ろの女の首を刎ねろっ! ホラやれ! イマやれ! スグやれ! ――どうした? 何故やらん? やらなきゃ!」


 声を荒げ、肩で息をするロイド。

 対照的に、カルラは微動だにしなかった。涼しい視線で、じっと、男を見つめている。一切顔色を変えない彼女が頼もしい。だが、その態度が、余計にロイドの神経を逆なでしているようにも、ナキアには感じられた。


「……そうか。任務か」ロイドが言った。「お前は騎士団の剣。ただ与えられた役割をこなすだけの駒だからな。いるはずだ。お前らに命じて、魔女を迎えにいかせた阿呆が。そいつを教えろ。ここに呼べ。それくらいならできるだろう。やってもらわねば困る。そいつに責任を取らせないといけない。頭蓋を割り、脳みそを取り出してぇ、替わりに犬の糞をたっぷりと詰め込んでやるッ。そちらの方がまだマシだろう? 下手な思いつきでとんでもないことをされるよりは、何も考えられない方がな!!」


 カルラはそこで、一枚の書状を取り出した。

 破られたりしないよう、ロイドに渡すことはせず、しかし、何が書いてあるのかは読めるように、目の前で広げて見せた。


「――莫迦な」


 ロイドが、言葉を失う。


「今回の任務は、第八王子ディルヘルム・XXXX・ハーザイト様より承ったものです。証拠としては、この書状と――王家の指輪も、エルトナキア殿に託されています」


 ロイドが凄まじい勢いで、こちらに顔を向ける。

 ナキアは慌てて、首から提げた指輪を、胸元からひっぱりだして見せた。


 ロイドは、恐る恐る指輪を検める。そして、指輪が本物であると確証が持てたのか、ナキアから距離を取った。もう一度、カルラへ視線を向け、再度、ナキアの方を見て、そして――床にうずくまった。


「なんなんだよぉ~! いい加減にしてくれよっ、どいつもこいつもッ!!」

 頭をかきむしりながら、呪詛を吐き出す。


 ぶちぶち。ぶちぶち、と。

 今度は大きな音を出しながら、髪の毛が毟られていった。


 ロイドは、そのまま動かなくなった。

 ただ、荒い吐息だけが、部屋の中に響いている。


「未曾有の呪的災害の最前線にて、長い期間指揮を執られる、ロイド殿の心的負担は想像に余りあります」カルラが、動かなくなったロイドに語りかける。「その心労を鑑み、今日この執務室では、何も見なかったことにします」

「…………」

「どうか、エルトナキア殿の協力を、許してはいただけないでしょうか。人が欲しいというわけではありません。物が欲しいわけでもありません。ただ、存在を黙認してくれるだけでよいのです。お願いします」


 カルラが、頭を下げた。ナキアも続いて、深く頭を下げる。

 黙り込んでいたロイドが、立ち上がる。


 その表情からは、なにも読み取れなかった。先ほどまでの怒りも無い。ただ、人形のように、虚ろな瞳をしていた。


 ナキアがこの部屋に入ってから、さらに十年は歳をとったのだろうかと錯覚するほど、衰えて見えた。


「南区の一角。パーム河沿いの大通りの角に、ビンスという商家が元々使っていた空き家がある」

「はい」

「滞在中、魔女はそこを使うこと。日が暮れてから、外に出ることは許さない。太陽が落ちたあとは、決して出歩かないようにすること」

「寝床ならば、騎士団の詰め所でも――」

「駄目だ。騎士団が毒でも盛られ、無力化された場合、この町は終わる。必要以上の接触は許可できない」

「……わかりました」

「二つ目。お前は魔女がこの町にいる間、片時も目を離すな。ひとりで魔女を行動させることを許さない。寝るときも、食事中も、常にだ。いまは人手が足りず、教会から見張りに人員を割くことができない。お前が監視するんだ。万が一、魔女がひとりでこの町を歩いているところを発見したら、裏切りとみなす。そのときは即座に殺処理を行うよう、僧兵たちに言い含めておく」

「はい」

「最後、三つ目だ。その魔女が、この町の人間を害することのないよう、お前が町の人間を守ることを――剣に誓え」

「――わかりました」


 カルラは腰の剣を抜く。

 剣を垂直に、目の前に掲げて見せる。


 左手の親指を、そっと剣の刃で切る。薄皮一枚、わずかに血が出る程度だ。その血を、掲げた剣に塗りつける。

 目を閉じ、ひとつ大きく呼吸をしてから、唇を開いた。


「戦乙女アザリア=ヴァルキュリアの名のもとに、〈焜耀の魔女〉エルトナキアの手より、港町ライルの住人たちを守り抜くことを誓う」


 ナキアは息を呑んだ。


 血と〈言葉〉による誓約。

 剣の誓いは絶対だ。

 誓いを破ること――それは、死を意味する。


「私はこれより正式に、教会を通して議会へ抗議をする」ロイドは幾分か落ち着きを取り戻した様子で、椅子へと腰掛けた。「直訴状を書き、早馬を飛ばし――まあ、どのような結論になるかはわからないが――事前に私への通達がなかったということは、魔女の介入は議会の正式決定ではなく、第八王子殿の独断である可能性が高い――だとすれば、遅かれ早かれ魔女の退去命令か、拘束指令か――抹殺指令が届くだろう。それまでがタイムリミットだ。私が譲歩できるのは、そこまでだ」

「わかりました。感謝いたします」

「わかったのならばとっとと出て行け。私の気が変わらないうちにな」


 そうして、二人は部屋を出た。

 開いた扉の閉じる音が、ナキアの耳には、やけに大きく響いた気がした。

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