起――3

「遅かったじゃねぇか」


「遅かった、じゃない。このカバン、重すぎなんだけど。何入ってる訳」


「そりゃあ夢とか希望とか、仰山入ってるぜ。だから重いんだ。愛と荷物は重い方が良いってな。どっちもアタシを成長させてくれる」


「ワタシは重すぎる愛も荷物も、どっちもゴメンなんだけど。成長なんて望んでないし」


 手ぶらで下駄箱に佇むユキネと軽口を叩き合うと、ワタシ達は校舎を出て帰路に就いた。向かう先は同じ方向。夕焼けも霞み始めた西空の方角。


「で。ワタシが先生達の視線を浴びながら、悪いコトしてるような気分で鍵を返してる間にユキネは今回の悲劇の真相に辿り着いたの?」


「なんでミライちゃんは悪いコトした気になってんだよ」


「そりゃあ悪いコトしてたから。生徒会室の不当で私的な利用は十分悪いコトだと思うけど」


「悪いコトのボーダー低過ぎねぇか? それじゃあ車のいない真夜中に車道を横断するコトすら躊躇いそうじゃんか」


「それも十分悪いコトでしょ、法律違反。咎める者もいなけりゃ被害を被る人もいないけど、十分悪いコト」


 ま、ワタシはその悪いコトを自覚した上で躊躇わずにするタイプなんだけど。


「……近づいている気はするぜ。だが、どうにもピースが足りない気がする。一手だ。将棋やチェスで言う一手分だけ、何かが足りない。その所為で真相に手が届かない」


「じゃあ、もう1つだけヒントをあげる。直接的なヒントじゃない、真相に辿り着くための道しるべを示してあげる。魚を与えるんじゃない。漁の方法を、釣りの方法を教えてあげるみたいに」


「さっさと魚が欲しい時に、これまた厳しいコト言うね」


「厳しさってのも時には優しさだよ。なにせ、ワタシの7割から8割は優しさで出来てるから」


「マジかよ、優しさってのは水分のコトだったのか」


「原始の生命は海から生まれたからね、水こそが優しさだよ」


 なんてね。

 閑話休題。


「今回の悲劇、不幸だけど、フィアーズ・フェノメノンが使われてるって所に着目してみて」


「フィアーズ・フェノメノン」


「そう。弱い者だけに許された異能。欠点の中の欠点。なんでもありの特殊能力」


「なんでもあり、だよな。ホントに。んで、着目ってのはどういうこったよ」


「その、なんでもありってとこだよ」


 だって、『フィアーズ・フェノメノン』は心の欠点の象徴なんだから。


「人の心は文字通り十人十色の千差万別。だから、推理する側の立場で考えるとその能力はなんでもありになっちゃう。でも、心の欠点から生まれた能力なんだよ。だから、使う側の視点から見れば限られた欠点でしかない。ユキネのソレと同じでね」


「使う側の視点……今回の場合、不幸の原因を生み出したヤツの視点ってことか」


「そ」


 簡潔にまとめようか。


 今回の不幸、悲劇のあらましは実に単純。

 だって、ただとある球児がバットをぶん投げて他の球児に当てただけ。ただそれだけなんだから。


「じゃあここで推理してみよっか。バットを他人にぶつける能力って、どんな異能だと思う?」


「バットをぶつける能力って……例えば、引力か? もしくは磁力か?」


「不正解。漫画かアニメに毒され過ぎじゃない? なんでもありの異能って言っても、フィアーズ・フェノメノンは心の傷から生み出される能力なんだよ。何に恐怖したり何にトラウマを抱えていたり何にコンプレックス持ってれば引力とか磁力とかそういう方向に行くのさ」


 ……いや、まぁ。なくはないのかな? 高所恐怖症から重力への恐怖、ひいては万有引力への恐怖意識に繋がったり。あるいはMRI関連の事故……消化器とかの金属製品が高速で突っ込んでくる事故現場を目撃して、それで磁力にトラウマを持ったりとか?


 ま、一般的ではないよね。


「ともかく。素敵な欠点を持ってるユキネからしたら意外かもしれないけど、フィアーズ・フェノメノンってのは基本的に地味な能力として発現しやすいの。ま、恐怖心とかその手の名状しがたい抽象的で曖昧な概念が根幹にあるからだろうけどね」


「……つまり、直接バットを動かすような異能ではないってことか?」


「ピンポン。正解。ミライちゃんポイントを10点差し上げましょう」


「溜まったらどうなるんだ、それ」


「100点溜まるごとによしよししてあげましょう」


「ゴミかよ」


 イヤそうな表情を浮かべるユキネ。可愛い。


「ってことはだ。滑らせる能力とかか? 摩擦を奪うとか。あるいは握力を弱めるとか」


「ユキネは物理的な側面を捉えがち。合理的で現実主義なのもいいけど、もっと頭を柔軟に使わなきゃ」


「あぁ?」


「いい? フィアーズ・フェノメノンは大それたコトなんて大抵の少年少女には出来ない欠点。だって、使うのは自分の弱さをさらけ出すコトに他ならないし、コンプレックスとか恐怖心を刺激されるのは誰だって嫌だから使いたがらない。それに、自分のイヤなことに関わる能力しか使えない、とっても使い勝手の悪い特殊能力。でも、なんでもありなんだよ。本人にとってはそれだけでも、ワタシ達推理する側からしたらそれこそなんでもあり」


「……分っかんねぇよ」


「精神だよ」


 ワタシの家は、閂学園からそう遠くない場所に位置する。帰路の終着点たるソコにはもうすぐ辿り着いちゃう。

 だからワタシは、ユキネがお魚を取りやすいように、捕りやすいように誘導する。


 今回の事件で得、利益を得る人物はいっぱいいる。可能性の話まで含めれば、推測の範疇であれば尚更だ。

 例えば、被害者。野球部にいることが内心しんどくなっていたかもしれない。怪我をすればその間だけ野球を忘れられる、と短慮を起こしたとすれば利益だ。

 例えば、加害者。彼が内心暴力性を抱えていて、どうにか発散できないかと常日頃から考えていたとしたら。事故に見せかけた欲望の発散、成就はこれまた利益だ。少なくとも、直接的に暴力を振るうよりも社会的信用……今回の場合は部活動内での立場とかかな? そういうのの失墜を抑えることが出来る。

 例えば、野球部の監督。重大な事故に繋がりかねない些細な事故を二番手三番手、あるいはそれ以下の選手に起こさせることで、部活内の気の緩みとかそういうのを引き締めて、一軍レギュラー選手の本格的な事故の発生を抑制できるかもしれない。損失を抑えることも立派な利益だ。


「今回の関係者で得をする人物は数人。複数いる。でも、今回の事件を起こせる心の傷を持ってるのはたった1人。勿論当事者2人じゃない。野球部の直接的な関係者でもない。彼らのクラスメイトでもない……あと残ってる関係者は?」


「……被害者と、加害者の親族、あるいは交際相手、か? 態々書いてた辺り、後者って可能性が高そうだけどよ」


「正解」


「だったら、消去法的に今回の犯人は加害者側――祐樹の彼女か?」


「正解……って言ってあげたいところだけど」


「違うのか?」


「消去法で、ってのが気に入らない。ちゃんと推理して。推測して。憶測でも構わないから、動機と犯行手順を……この悲劇の真相を紐解いて」


「めんどくせぇ」


 面倒じゃない。折角の娯楽なんだから、味が抜けるまで噛みしめなきゃ勿体ないじゃん。


「それに、ユキネは正義の味方でしょ? だったら、こんな悲劇2度と起きないようにしっかりと原因の追究を行うべきでしょ?」


「……別に正義の味方気取ったつもりはねぇよ。悪いモンは悪い、そんでもって被害者はなるべく少ないほうがいい。それが、人間社会にとっての正しさだろうが」


「主語が大きいね。それ、ユキネにとっての正しさでしょ」


 ま、悪辣なワタシなんかよりもユキネの方が人類の正義に、社会の正しさに近しいってのは事実なんだろうけどさ。


 ワタシの戯言を無視したユキネは唸る。


「だが、そうだな。原因を突き止めなきゃ犯人を突き止めたとしても再びの犯行が起こらないとは限らねぇ……動機と犯行手順か」


「そう。推測して。もし自分がその立場だったら、なんて陳腐な仮定じゃなくって。そんなコトを、悪いコトをするような悪い子はどんな理由で悪いコトをするのか、それを想像してみて」


「…………」


「簡単なコトだよ。だって、悪いコトをする悪い子ってのは、正しくいられない弱い人間なんだから。目先の欲求に抗えない、損得勘定の出来ない、あるいは他人の気持ちを推し量ることが出来ない。そんな弱者なんだから。弱い者なんだから」


 そう。

 悪い子は、悪いコトをするような人物は総じて弱者だ。


 たとえそれが大規模な犯罪――例えば国家に対するテロリズムのような壮大なスケール――であっても、正規の手段では何もできない弱者だからこそ、あるいはその正規の手段を行えない弱い心の持ち主だからこそ。

 だからこそ、人は悪事に手を染める。短絡的で、とっても楽な道のりを選んでしまう。一見最短で、けれど実はそうではない旅路を進んでしまう。


「動機は……ミライちゃんが例に挙げた恋愛絡み。そう、普通の女の子ってのは付き合っている相手が自分を見てくれていないことに対しストレスを感じる……それも何時頃からなのかは分からねぇが、長い時間付き合っていた相手から見られていない、優先順位が低いってのは、めっちゃ辛いはずだ」


「ん。男って生き物は付き合うまでは一生懸命だけど付き合ってからテキトーになるタイプも多いみたいだしね。これは男女差なく人柄の話かもしれないけど、少なくとも傾向としては男の人の方がそういうのが多い」


「だからか? だから、自分より優先度の高いモノを。今回の場合、野球っていう存在を祐樹の心から押し出すためか? そのために、祐樹に野球部内でなんらかの加害行為をさせる必要があった? ……好きな相手の立場を慮ってなのか? 今回の悲劇の被害が小さかったのは。矛盾してやがる」


「短慮だよね。浅はかだよね。確かに祐樹くんは彼女さんよりも野球を優先していたけれど、それを台無しにしたとしても彼が自分を優先するようになるとは限らないし。それに、その程度……って当事者の前では口が裂けても言えないけれど、バットがすっぽ抜けて誰かが軽傷を負ったって程度じゃ祐樹くんの心が野球から離れるとは、ワタシにはとても思えないな」


「……ミライちゃん、随分と楽しそうじゃねぇか」


「楽しいもの」


 だって、弱い人間が必死に頑張ってるんだよ? 弱いなりに、欠点を使って必死に生きてる。そしてそれを他人事として外から鑑賞する。これほど劇的な娯楽はないよね。


 そして、丁度そのタイミングでワタシの家の前へとワタシ達は辿り着いた。


「タイムアップ。じゃ、答え合わせといこうか」


 その言葉と共に、ワタシは意図的にかけていた思考のリミッターを解除する。

 情報が、思考が脳内を駆け巡り、ワタシの優秀かつ悪辣な知性は今回の悲劇の結論を瞬時に導き出す。


「舞鶴ミヤコ。16歳。宮本祐樹くんの幼馴染にして彼女さん。付き合ったのは中学生の頃、彼女から告白したみたい。それに対し祐樹くんは、彼女とかいなかったし気心も知れているしいいかな、と軽い気持ちで応え交際がスタート」


「どこからそんな情報持ってくんだよいつも。んでもって、必要なのか? そのミヤコとやらのプロフィールは」


「必要だよ。だって、彼女のフィアーズ・フェノメノンは『自分のコトを考えている人間の意識を乗っ取るコト』なんだもの」


「……これまた強烈な。ヤベェ能力じゃねぇか」


「そうでもないよ。乗っ取ることが出来る対象は『日常的に』自分のことを考えている相手で、『その時』自分のことを考えている相手じゃない。しかも、乗っ取れるのは10秒程度。対象も時間も制約が厳しい上に、乗っ取っている時の自分の体は意識不明状態。全然便利でも脅威的でもないんだよ」


「いや、十分ヤベェって。日常的にってことは家族の意識は乗っ取れるってことじゃねぇか。10秒とはいえ他人を操れるんだぜ?」


「ん? ミヤコちゃんは家族を操れないよ?」


「はぁ?」


「だって、フィアーズ・フェノメノンは心の傷、欠点、コンプレックスの象徴だよ? 自分のコトを日常的に考えている相手の意識に介入する欠点……どんな生活を送ればそんな傷が生まれるとユキネは思うかな?」


「……ネグレクト、ってことかよ」


「正解。生きていける最低限以外を一切与えられず育ってきたミヤコちゃん。両親から実質放置された彼女の情緒、性格は当然明るいモノになんてならなかった。暗くって卑屈でつまらない、友人も全然いないそんな可哀そうで弱いミヤコちゃん。ただ1人、幼馴染の少年だけが彼女の友で、今の恋人」


 寂しくって弱くって。

 そんな彼女がその幼馴染に好意を抱くのは、依存するのは自然な流れだった。


「ミヤコちゃんにとって彼は特別。でも、彼にとってはそうではない。気さくで明るい祐樹くんは友人もいっぱい、自分はその大多数の中の1人にすぎない。その事実に気付き恐怖した彼女は、祐樹くんに交際を迫ると同時にその欠点の才能を開花させた」


「それが、『自分のコトを考えている人間の意識を乗っ取る』能力って訳か」


「そういうコト」


「……祐樹は、自分の彼女のその、ネグレクトについて気付いていないのかよ? フィアーズ・フェノメノンについては?」


「後者は欠点だしミヤコちゃんが隠してるから気付いてないけど、前者の方は気付いてるよ?」


「はぁ?」


「いや、そりゃあ気付いてるでしょ。だって、中学の時から付き合ってる相手だし、『日常的にミヤコちゃんのコトを考えてる』んだから」


 ま、いくら交際相手とはいえど他人様のご家庭事情に介入出来るような力も欠点も祐樹くんにはないんだけど。


「皮肉なコトだよね。お互い不器用だよね。自分を見てくれていないと思い込んで想い人を悲劇に巻き込んで。そう、巻き込めてしまっている時点で彼女の不安は解消されているのに。祐樹君は、『日常的に』彼女のコトを考えていたっていうのにね」

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拝啓、深海より! チモ吉 @timokiti

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