楠木まだら
一人でいる時に、電車の中で眠ってしまうという危機的状況を生き延びたのは、もはや奇跡と言えるだろう。いくらこの日本という国が安全であろうと、一般人ではない私が一般的ではない事件に出くわす可能性は十分にある。
まあとにかくセーフだった──真っ昼間の平日だったのもあって、人が少なかったのも助かった...待て、人が少ない?
いや、人がいない…? 眠る前には確かに、まばらだが人影はあった。買い物袋を持ったおばあちゃんとか、絶望的な顔をしたサラリーマンとか。この車両だけ、たまたま独占してしまったのだろうか?身を乗り出して、前後の車両を確認する、が。
いない。誰一人、乗客がいない。
冷や汗が噴き出るのが分かる。この感覚は、まずい。今までに何度かこういう事はあったが、今回は度を越してまずい気がする。そんな予感があった。
…いやいや、たまたまだね。寝過ごして、誰も利用しないほどの辺境まで来てしまったのかもしれないし。都会のビル群を映す窓を見つめながら、現実逃避に走る。
「そんなに忙しなくて、みっともないですね」
甲高い声。
若い女性の、いやもっと幼い様な、子供の声。
とうとう狂ってしまったのだろうか。そうだこれは幻覚、幻聴…クスリに手を出した覚えはないが、目が覚めたら自首でもしようか…。
「へらへら笑ってないで、正気を取り戻してください。ほら、こっち向いて」
こっち、とは。私の対面の席に一人の少女が座っているのを、ここで気づいた。
黒いワンピースに黒いリボンを胸に付け、肩にかからない長さに切り揃えた黒い髪。その深黒の瞳は、微弱な困惑を浮かべている。
「なんですかその顔は。まるで私が突然現れたかの様な驚き方は」
困惑を呆れに切り替えて、その少女は言葉を零す。
「自己紹介をしましょう」
少女は続ける。
「私は
続ける。
「貴方は
おお、と思わず声が出てしまう。
第二学会のセキュリティは万全だと聞いていたが、これでは如何なものか...。不安が増していく中、いつの間にか電車は暗闇の中へ突入する。地下へ潜ったのだろうか。全身を黒く染めた少女は、まだらちゃんは窓の闇と同化して見える。
「貴方に依頼をしたいのです」
「依頼?」
想像とはまるで違うその要件に、思わず聞き返してしまう。
「てっきり暗殺にでも来たのかと」
「そんな物騒なこと、私の様なか弱い少女に出来っこないでしょう?」
こんな盛大な人払いを披露しておいて、か弱いことはないだろうが。まだらちゃんは小さく咳払いをして、
「貴方の様な部外者に頼るのは本来不本意なことです──私も反対しましたが、しかしそういう指示ですので」
そして。
「お願いです。
それを人形と呼ぶのか 春乃よど @yodo77
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。それを人形と呼ぶのかの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます