それを人形と呼ぶのか

春乃よど

ドールズの4番目

 朦朧と暗闇の中を抜けていく。何がしたかったのかを思い出す過程で、私は目の前の人影に気付く。

『それ』は人の形をしていて。

長く美しい白髪を有していた。

その瞳は明らかに私を捉えていて、私は今まで気付かなかったことを猛省してしまう。

彼女は困った様に、口を開く。

「貴方は、誰?」

貴方は、誰。

私は…誰?

その言葉を反芻しても、上手く飲み込めないのは何故だろう。こんなにも単純な事なのに。

彼女は一層困った様子で、短くため息をついた。

「いいわ、私から話しましょう──私はドールズのNo.4、正確な名前は覚えていないのだけれど、苗字が無いことは覚えてる。理解している」

彼女は淡々を説明を続ける。

私はそれを聞きながら、横目に、辺りを見回してみる。

 薄気味悪いほど白い部屋だった。豪邸とはいかずとも綺麗に整った部屋で、内装は西洋風の白い家具だけで構成されていた。何もかも整っている。もはや生活感さえ、除外された様に。

よそ見をしている事がばれたのだろうか。先ほどよりも速い口調で、彼女は説明を続ける。

「貴方がここにいる理由は知らないけれど、私は妹に呼ばれてここへ来たの。妹っていうのは、No.6の事なんだけど、関係ないか──とにかく、この状況において異質なのは貴方よ。本当なら今すぐヒステリーを起こして、出てけって言いたいところなんだけど、貴方、そこのドアの前で倒れていたから…」

 私は倒れていた?

ここでやっと、私は自分の状況に気づく。白い西洋風の家具の中でも、とびきり高価そうなベッドの上で、私は横になっている。彼女は椅子をベッドの横につけて座り、私に話していたのだ。

段々と視界が晴れていく様な感覚。

私は彼女に介抱でもされていたのだろうか。彼女に対して感謝の旨を告げると、

「まあ倒れている人がいたなら、多少は世話くらいするわ。これでも人間性は持っているのよ?多少だけど」と、小さく微笑んだ。

彼女は立ち上がって、窓の方へ向かう。白いカーテンを開けると、途端にノイズが部屋を埋める。

雨が降っているのだ。恐ろしい白の中に、薄汚れた黒が混入する。私はそれに少しばかりの安心を覚えて、窓の外を見入ってしまう。

「体は起こせるのね、良かった」

 ああ、これが私の体か。

常識的な認知を取り戻しつつあることに、感動を覚える。

震えるね。

「そろそろ、貴方のことも教えてくれない?見た感じ、だいぶ体調も戻ってきてそうだし。とりあえず名前は?分かる?」

そうだなあ。

姓名判断は一度だけ試したことがある。確か散々な結果で、二度とやるもんか、絶対に信じないぞ、と怒りに任せてサイトを閉じた。

当たり前だ。

俺の人生がそんな不幸なはずがない。

「ねえ、何をしてるの…?どこからそんな物…」

愛着のあるものには名前をつけてあげる習慣があって、例えば頻繁に使うスマートフォンは「ヤハウェ」、お気に入りの拳銃には「オシリス」、いつも一緒に眠る人形には「アーリマン」と名付けた。

我ながら、ネーミングセンスには自信がある。

著作権は語れないがね。

「止まりなさい…これ以上近づくのなら、容赦しないわ…!」

決断は速い方で、レストランで注文する時は家族や友人に、もう決めたのかと驚かれる。何も驚くことはないだろうに。

あの方が全てを決めてくれるのだ。

「No.6は溶けていった…いや逃げたのか?形容し難いが、俺にとっては重要じゃない。過去を振り返るより、現在を、しっかり見つめてやる方が大人らしいじゃないか。人間として生きてきて、もはや20年以上経つようだが、正しさをいつも見誤ってしまう──ここまでくると、個性の領域だね。彼女はそう言うさ」

「は…?何を__

形容し難いが、とても感動的な悲鳴と硝煙で。

私たちはもうひとつ、正しくなったね。

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