『年齢イコール彼女居ない歴の俺が、狐と結婚して子どもが出来た話』―日本霊異記『狐を妻として子を生ましめし縁』Remix

小田舵木

『年齢イコール彼女居ない歴の俺が、狐と結婚して子どもが出来た話』

 生物の義務とは何か?―

 我が母はそうのたもうたが。どないせいっちゅうねん。

「なあ。なりとしさんや」と俺は散歩させてる柴犬に独り言。

 

 いい歳こいて彼女が居ないのは罪らしい。

 30歳、素人童貞、歳イコール彼女居ない歴の俺は…生物界の出来損ないらしい。

 んな事言われても。と思わんではない。女なんて―かざおごそしり…な存在でしかないのだ。俺にとって。

 メスが出産という大きな仕事を負うてるが故に優遇されるのは。多くのオスと交渉しより良い遺伝子を求めることが本能なのも


 しかし―その前にのだが。多くの文脈がそれを許さない…不細工で低学歴低収入というのはアイコンとして最悪なのである…


「犬とふたりで死んで何が悪い」と俺はこの近所の稲荷社いなりしゃの森でつぶやく。

 先日母に宣言したのだ。このなりとしさんと2人で慎ましく暮らしていくぞ、と。すると母は―

「オスとして恥ずかしくないのか?」的な事を言っていた。いやさ。今日日きょうびジェンダーなんかフリーであるわけで。異性婚なんて数ある内の1つでしかないんだが。

「孫の顔が見たい、かあ…なりとしさん、お前はオスだもんなー」と俺は前を歩く柴犬の肛門を見ながら言う。なりとしさんはそんな言葉を無視して、足をちゃからかいわせながら歩いている。

「何処ぞに綺麗な女の人が居ないかなあ…俺にも優しくしてくれる」なんて。早朝なのを良いことに、俺は願望を垂れ流す。


 

 そんな訳で―ある種の女性恐怖症になりつつある俺。

 10代、20代の頃は性欲があり、何とか女性へ向かっていけ、罵られようが何度でも起き上がったものだけど…30を超え、性欲が減退してくると。どう頑張っても罵られる無理ゲーに挑む気概きがいは失くなってしまった。


「負ける戦に挑むのは阿呆あほうだ…」と俺はなりとしさんのウンコをトイレバッグにしまい込みながら言う。

 なりとしさんはウンコをキメるとハイになる猫みたいな犬である。リードが絡まるくらい暴れだしたので―周りに誰も居ないことを確認してリードを外す、そして放つ。

「ぐるぅうぅ…うわお〜ん」とか言いながら明後日の方向に走るなりとしさん。それを眼で追っておく。誰かきて飛びかかったら大変だからな。

 

 俺の存在は―今のなりとしさんみたいにアテもなく彷徨さまよっているのだ…

 自分の存在にいた、ひと1人分の穴。それは…異性でしか埋められないのか?

 …多分。そうなんだが。

 それが限りなく不可能だと言う事も分かっていて。代わりに柴犬型のピースで埋め合わせようとしていて。

 ! 

「ギブミー妙齢みょうれいの女性!!」やけになって叫ぶ男。それが俺だ。


「呼びましたか?」

 そんな声がして。

 顔を向ければ―目元がやや吊目つりめ気味の美しいじょせいがそこに居た…


                  ◆


「…ええと」童貞はエクスキューズを挟まないと喋れない生きものだ。

「なんですか?」なんて、その美しい人は問う。あまりじっくり見つめられるのは恥ずかしい。

「…俺の妄言もうげんを聞いてましたか?」やっと言う台詞のズレ具合がもう。

「聞いてましたよ?」そいつはすげえ行動力だな…まずは変質者ヘンタイを疑ってほしい。

「アレは―本気じゃ…ない…です」なんて本心とは逆の物言い。

「その割には声が必死でしたけど?」笑いながらそういう彼女。

「まあ?色々ありましてねえ」相手を気にせず語る俺の哀れなこと。

「色々…まあ人生ですから」そんな言葉と共に聞き耳を立てる彼女は天使か何かに思える。

「いやあ…俺は人生りてます」うん、話を進めすぎな気が。

「どうして?」

「結婚とか諦めようかと」初対面の美女に言ってみる。

「まだお若いのに?」純粋な突っ込みが痛いぜ。

「でもまあ―このツラで低学歴低収入…ささやかに孤独に死のうかと」と吐露とろする俺。ここまで素直に吐露するのもどうかと思うが、ま、知り合いでもなんでもないし。今回だけのえんだろうし。

「それは―もったいない」

「そう?」

「ええ。だって。貴方あなただもの」勝手に?言ってくれるじゃないか?

「いいや…絶望するには十分だが?顔をよく見てくれ…パーツの不揃い具合が凄えだろ。自分でも笑えるぜ?それに学歴だって高校中退…学校に馴染めなかったんだ…そしてやってる仕事は非正規ハケンときた。何時でも誰かに替わられる代替品な訳」一気にまくし立ててみた。これが俺のかいする俺の現実…


?」そう彼女は問い返した。


「いや…誰も…まともな女性は相手してくれないってこと」と俺は言い訳。

「そうやって。貴方は言い訳してるんです…世界に」凛とした声で彼女は言う。

「否定はしない。言い訳だな。確かに」否定出来ない。

「貴方は自分に飽き飽きして…目をつむって…でも。寂しいなんて言うです」なんて遠慮のない言葉。

「結局は俺の1人相撲だと?」

「ええ。勝手に降りてる…なら。言い訳せず独りを貫くべきですね」と彼女は言い切って。

―なんて甘えだよな?」俺は問い返す。

おお甘え…ですね」

「お厳しい」


                 ◆



「だから貴方はチームメイトを探したほうが良いんじゃないかな」と彼女は急に言う。

「募集すれど人はずってオチが見えた」と俺は返す。相変わらずの凝り固まり具合。


「私が…応募しちゃダメですか?」そう眼の前の美女はおっしゃった。最初は意味が分からんかったが―「俺と?チームメイトになりたいと?」


「ふつつか者ですが」そう彼女は言うのだが。

「…美人局つつもたせ?」と返してしまう位にはヒネているのだ俺は。

 

                  ◆


 かくして。

 俺とそのの美女は結ばれた。

 何の縁かは知らん。前世で狐でも助けてて、その恩返しに来たとか?ありえねえ。


「貴方は…素敵なひと」なんて言葉をかけられる日常はこそばゆい。

「何か盲目されてる感がなくはない」と俺は返す。

「盲目にもなりますよ」なんて彼女は言うけれど。その無根拠っぷりが俺は恐ろしくもある。まるで盲信みたいだからだ。

「洗脳はしたつもりはないけどなあ」と俺は晩飯を食いながらこたえる。何故かおいなりさん。油揚げの大豆の旨味。

みずからには自らの善さが分からないものです」自らからは自分ジブンは見えない…まあ、そうだが。

「俺はこの、おいなりさんみたいな奴かもよ?」油揚げ上っ面

「それなら。私は無条件に好きになりますよ?」この人は。何故かおいなりさんマニアだ。

「…琴音ことねさん。俺は…そんな価値ないって」なんて結ばれといて言う台詞でもないけれど。

「…勝美かつみさん。そういう問題ではありません」と琴音さんは返す。ちなみに勝美とは俺の事だ。三乃勝美みのかつみ…美に勝つ。皮肉過ぎて笑えるぞ?

。そういう価値を追い求めるのは間違いです」なんて彼女は言う。

「とは言え。資本主義なこの世じゃ、価値を喧伝けんでんしないと場所を追われる」だから俺のような者は色んな所から追われ…逃げに逃げてた所をこの不思議な琴音さんに拾われて。

「貴方は貴方です。どんな事があろうと、どんなにけなされそこなわれようと、。そこに輝きがあるのであって。貴方が気にするような世俗的な属性なんて…それこそ切り売りするだけのつまらないもので…そんなモノに規定きていされてはいけません」必死に彼女は言う。

「…ありがとう」俺は素直にこたえることにした。

「こちらこそ。こんな詰らない女の口上こうじょうを聞いてくれてありがとう」そういう彼女も…なに何処どこか屈折しているような。

「あのさ」

「なあに?」

「嫌なこと―あったのかい?」そう俺はく。

「最近のこと?ないわよ」なんて彼女はかわすけど。

「そうじゃない…琴音……」


                  ◆



 私は。狐で。何故か人の形を真似る事が出来た…それは狐の社会では特別なことらしい。

 そんな訳で。意味もなく排斥はいせきされてきたものだ。出る杭は打たれる…人はそう言ったそうな。至言しげんだな、と思う。


「やーい人もどき」なんて周りの狐にそしられて。

「でも狐だよ?」私はそう返すのだけど。

「お前なんか―」そう言う誰か。

「違う!!私は―」!!そう言いたかったけど。言ってた子達は蜘蛛の子を散らすみたいに散って居なくなっていて。

 孤独を感じたものだ。。それは生物の本能でもあるのかもしれない。自らと同質なモノ以外と交じることを避けるような。


 私は住んでる森からフラフラと出てきて。いつもの稲荷社の境内けいだいへ。

 そこの目立たない所で念じる―可愛いと思える人をして化ける。


 化ける事は巧くいったけど。そこには喜びなんてなかった。

 ただ。

 私はく。いつもの声と違う声で―「なんでえ…私を…受け入れてくれないの?」いてる。私の心は泣いている。

「…どうした?」なんて少年の声。

「…誰?」参った。人に聞かれていたなんて。

「俺か?三乃勝美みのかつみ…お前は?」

「…教えない」私には名前はないんだ。人の声で発せるような。

「そうか。まあええ。自分なんで泣いとった?」そう彼はくけど。

「…別に良いじゃない?貴方には関係ない」なんてトゲトゲしくこたえる私。

「つってもね?泣いてるヤツ放っとけるほどでもない」と彼は顔をクチャクチャにして言う。

「…仲間はずれにされてねてただけ」と私は言う。

「ほうか―んじゃ、俺と遊べ!!」なんて手を差し伸べる少年。

「いや、何するの?」

「なんでもええやろ…鬼ごっこでもするかあ?」

「…付き合う」なんて私は応えた。


 それから私は彼と遊ぶようになった。とは言え彼が中学に上がるまでだったけど。

 その間に私は彼から。こう言われのだ―

鹿」と。

「ありがとう。勝美くん」なんて応えた私は―嬉しかった。


 そんな言葉を贈ってくれた彼をじゃない?


 しばらく会えない日々が続いた。

 彼も忙しくなったんだと諦めた。なんせ私は狐だし。

 寂しくなかった訳ではない。半身を引き裂かれたような苦しみがそこにはあった。

 けど。私は―諦めざるを得なかった。

 人と狐が交わるなんて。

 まさしくおとぎ話のそれ。テクニカルタームで言うなら異類結婚譚いるいけっこんたん。ハッピーエンドは待っていなくて。

 

 だけど。十数年たったある日―あの人はまた、私の前に現れた。

 …苦手な犬をともなって。


                  ◆


 お互い久しぶりだけど。私は彼を忘れてなかった…珍しい顔してるし。

 だけど。彼は―変わってしまっていて。すっかり卑屈になってしまっていたから。

 私が彼に向かっていってしまっていた。昔の懊悩おうのう他所よそにやって。

 幸せになれはしない、異類結婚譚へと自分を押し進めたんだ。

 そうでもして―もとに―

 

                  ◆


 12月15日の事である。俺は―父親になろうとしていた。驚いたかい?

 いや、俺の方も半信半疑なのだけど。

 

 久しぶりになりとしさんを散歩させる俺。

 …家に置いとくと…嫁と喧嘩するもんだから…一時的に実家に預けていた。母は―「無責任じゃない?」と俺を罵った。そう思う。

 だがペットホテルに預けるのも金が掛かり過ぎるし、里子に出すのは持っての他…そんな訳で折衷案せっちゅうあんの実家退避…もっと琴音ことねと仲良くしてくれると俺は幸せなんだが…


「ふんっふんっ…」そう鼻息を漏らしながら俺と歩くなりとしさん。済まんな。色々。 

 この件を考えるにつけ、人生はトレードオフなのだな、と思わざるを得ない。

 。代償として。それが今回はなりとしさんだった…うん。辛かった。正直。神経質な柴犬のきょを移すというのは一大事な訳で。

「お前が琴音と仲良くしてくれればなー」とか言ってみるんだが。

「ふんす」という返事しか得られなかった。


 そして。俺のスマホは鳴る。

「奥さんもうじきですよ」と電話のスピーカーは告げた。

「今、いきます」なんて。俺はなりとしさんを連れたまま―病院に向かった。


                 ◆


「元気な男の子ですよ」そう言われた。

「頑張りました」そう琴音は言う。

「ありがとうな」と俺は琴音と子どもに言う…

「っと。なりとしさん忘れてた」そう。病院の駐車場に繋ぎっぱなしで。

「あのね」と琴音は言う。

「どうした?」俺は問う?どうかしたか?

。もう構わないで…」そう彼女は言う。

「…色々あって疲れてるだろうから。あまり目くじらは立てたくないけど。アイツは俺らのキューピッドでもあるから、多めに見てやってくれ。実家に置いとくからさ」と俺は応える。済まんが

「…ごめんなさい。貴方の気持ちを無視して」と謝る琴音。

「…いいよ。こっちこそ済まん。ワガママ押し通させてもらう」


                 ◆


 琴音は俺の実家をことごとく避けていたが―1つどうしようもない話が在った。

 おめである。

 我が息子―実結みゆのお食い初め。こればかりは年長者がる訳で。孤児だという琴音にはどうしようもない。なんで結局は俺の実家でやるハメになった。


「なりとしさんは―ペットホテルに預けてもらうか…」のだ。

「…頼んで良い?」そう琴音は言う。

「オッケー…電話する…」「もしもし母さん?お食い初めの件で相談が―」「いや。別に段取りの話じゃなくて」「なりとしさんだ…琴音苦手だから1日ペットホテルに―」「今言うな?確かにそうかも知らん…」


 結局。

 ペットホテルを抑える事が出来なかった。

 とりあえずは家の外に繋ぐ。という線に纏めたが―どうなることやら。



                   ◆



 事件というのはあっという間に起きる。

 お食い初めの日。お膳に載せられた祝の食。それがひっくり返り―俺の結婚までひっくり返るとは思ってもなかった。


 お食い初めの膳の鯛を実結みゆに父が食べさせようとしていた時の事。

 興奮し我を忘れた、なりとしさんが我が家のリビングに闖入ちんにゅうしてきたのだ。

「ぐるおおおおおおお」と言いながら―琴音に向かって行って…そこでのだ―


 琴音が居るはずの空間に。一匹の女狐めぎつねが居た。黄金こがね色の美しい毛並みの狐。それが琴音であることを理解するのに時間は要らなかった―


 そして。琴音はなりとしさんに追われ―


                  ◆


 偽造された書類の山。

 それが俺と琴音の結婚の客観的な証拠で。

 お破算になるのは時間の問題だった。

 

 かくして。子どもだけが残った…いや実結みゆが居てくれるのは大変有り難いが―なんとも言えない気分であるのも事実で。

 なりとしさんは―相変わらず実家だ。狐の実結にそれなりに反応してしまうから。

 まあ、実結自身はなりとしさんが好きで。なりとしさんも子ども相手だからか噛みつきはしないけど…どうにかしないとな。


「狐の語源…とは聞いたことはあったが―まさか自分が経験するとは」と俺はかつて琴音と会った稲荷社いなりしゃ境内けいだいで独りつぶやく。


「…異類の結婚は祝福されない」そう琴音の声で聞こえて。


「よお」なんて俺は言う。何処に居るのかは分からない。

「ねえ。貴方?昔ココで出会った女の子覚えてる?」そう何処からともなく声。

「済まん…ガキの頃は案外あんがい友達いたからさ」

「…よくココで遊んだ女の子…一人ぼっちの女の子…最後まで名乗らなかった女の子…」そう重ねるように言う琴音。ああ。なんだかぼんやり思い出して―

「アレが君かい?琴音?」

「ええ」

「今まで忘れててごめんな」そう俺は言う。本当に失念していた。あのはかなげな存在が彼女だったとは。

 だからこう言うのだ―


                 ◆


 かくして。異類は結ばれた。

 その先は―どうなったかは定かではない。

 しかし実結みけつ―御狐(みゆ)と名付けられた半じんが私達の世界に居ることだけは確かだ。


                  ◆

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