時間売ります 後編

「おま。今まで話してたじゃん」

「あはは。時瓜ときうりくんさっきから面白すぎー。藤井沙織だよ。佐藤くんの友達」

「会ってほしくて途中から来てもらったのにさあ」

「うん。ジョーク」


 佐藤と沙織が大笑いした。


「つか、高校時代からコミュ力上がりすぎじゃね?」

(買ったヤツのトークがうまくて助かった)




 休日の駅の前。多くの人が行き来している。

 スマホを見ながら、チノパンの太郎は立って待っていた。きれいにした沙織がやってくる。


「時瓜くん、待った?」

「いや。今来た」


 スマホの画面をちらっと見る。


『紹介された女性とデート 2万円』


(やっぱ彼女じゃないと安いのな)


 ポチッと販売。

 すると、夜のレストランから沙織と出た。月がきれいだ。


「今日は楽しかったね。また行かない?」

「うん。ていうか付き合わない?」

「ええ?」




 ホテルの一室。シャワー室から、タオルを巻いた沙織が出る。太郎はベッドに座り、ひたすらスマホをいじっていた。


「太郎も入りなよ」

「うん」


 それより大事なことがある。それはスマホの画面に表示されている。


『彼女との××× 10万円』


(彼女、コスパ最高)


 ポチッと販売。


 気づいたら、ベッドで仰向けになっていた。沙織に抱きつかれている。


「太郎、よかったよ」

「ふーん」

(買ったヤツ、うまかったんだな)




 結婚式場。純白のウェディングドレスの沙織。腕を組んだタキシード姿の太郎は、スマホを持っていた。


「結婚式のときくらいスマホはやめてよ」

「ああ、うん」


 スマホ画面に表示されている。


『結婚式(初婚) 1000万円』


(会社辞めるか)


 ポチッと販売。




 マイホームを買った。

 リビングで、お腹の大きい沙織がDVDを再生する。太郎はスマホを見ながら、ソファに寝そべっていた。

 画面に映るウェディング姿の沙織と、腕を組むタキシードの太郎。この上なく笑っている。


「このときめっちゃ幸せだったなあ。太郎もさ」

「あー」


 沙織はアルバムを開く。海を背景にピースしている太郎と沙織の写真。


「新婚旅行のグアムでバナナの炒め物食べたよね」

(まったく記憶ない)

「ていうか、仕事やめたんだから家事手伝ってくれない?」

「ああ」

「『ああ』じゃない! この子が生まれるのになんで仕事やめちゃったの? お金はどうするの!」


 沙織はヒステリックに泣き喚きだした。


(めんどくせ)


 スマホのネットオークションで出品すれば、すぐに値がついた。


『妻の家事を手伝う時間 10円/分』

『転職活動 6000円/1社』


(なんでこんな時間買いたがるんだ?)


 ポチッと販売。




 分娩室で、沙織がいきんでいる。

 スーツの太郎が入った。看護師が話しかける。


「お父さん、もうすぐ生まれますよ」

「はい」

「来れてよかったですね。大切な時間ですから」

(そうそう。大切な時間)


 台の上でいきむ沙織が、太郎を見上げた。


「あ、あああ。太郎」


 太郎はスマホを見下ろした。オークションの出品に値がついている。


『妻の出産(第一子)に立ち会い 2000万円』


(大切な時間は、売れるんだよなあ)


 ポチッと販売。




 生まれたばかりの赤ちゃんを抱っこしている沙織。それをよそに、太郎はスマホをいじる。


「あなたも抱っこしたら」

「ああ、うん」

「なに? さっきはあんなに喜んでたじゃん」


 沙織はむすっとした。


(めんどくせーなー。セット販売しとけばよかった)


 べちゃっとつぶれた真っ赤な赤ちゃんの顔。パシャリと撮影した。オークションの出品にその写真もつけておく。


『産まれたての我が子 初めて抱っこ 2500万円』




 太郎は家のベッドで目を覚ました。朝日が差し込んでいる。

 キッチンからは、ジュウっとフライパンでなにか焼く音。沙織が朝食を作っているのだろう。赤ちゃんの泣き声がする。


「パパ、ミルクあげて!」


 太郎はスマホしか見ない。


(もう起きるのもめんどくさい)


 スマホの画面には、

『コスパ最高 お得な1dayセットパック

①嫁の手料理を食べる時間 朝食・昼食・夕食 3000円

②仕事(専門職) 3万/日

③家事・子育て(男児 1ヶ月 一人っ子) 15円/分

④風呂・トイレセット 10円/分

⑤安眠 20円/時』


 幸せそうな家族団らんの写真もつけてある。


(昨日出品したの、売れてるー)


 ポチッと販売。


 太郎はまたベッドで目を覚ました。

 沙織が赤ちゃんに授乳している。


「よちよち。かわいい。今日はパパ早く帰ってくれるって」

(最高よな。これ)


 セットパックをまた販売、そして出品。


 目覚めて、出品。目覚めて、出品。

 ベッドで寝ながら繰り返した。

 晴れの日。雨の日。曇りの日。

 赤ちゃんの泣き声は幼児のギャン泣きに。小学生のはしゃぐ声に。中学生のケンカの声に。高校生の友達と遊ぶ声に。いつしか聞こえなくなった。


(さすがに飽きた)


 太郎は起き上がった。

 ベッドから降りると、体が重く、ズキズキ鈍く痛い。


(あー。だりー)


 立てかけられた姿見には、腰の曲がったシワシワの老人が写っていた。


「え?」


 となりには仏壇が。沙織に似た、年取った女性の遺影。


「は? え?」


 スマホがヴヴっと震える。メッセージが来ていた。


『ごめん親父。子供の世話で実家いけねえわ』




 シワシワの太郎は杖をつき、街中をよたよた歩いた。


(することない。腰が痛い。眠れない。おしっこが出ない)


 ベンチに座り、ハローワークの雑誌を見た。


(暇つぶしに仕事でもしよう。頭がおかしくなる)


 似たような単語が並んでいる。


『35歳以下』

『経験者歓迎』


(できることない。女と付き合おう)


 スマホの画面のマッチングアプリを見た。

 若い女性の写真がズラリ。


『30代以下希望です☆』

『同世代の方を探しています』


(相手にされない)


 通りすぎる家族連れ、会社員、カップル、制服の学生。

 みんな若い。軽々歩き、笑い、楽しそうにしている。

 もう取り戻せない。なんの充足感もないまま、あとは老いきって死ぬだけだ。

 太郎はぶるぶる震えた。


「……返せ。返せ返せ返せ」


 街の人々が、太郎を振り返った。


「おれの時間、返せよおっ!!」




 家に帰り、スマホを凝視した。何度もそうしたように、スクロールして出品物を漁る。


『友達 趣味……

『専門職 仕事……

『トイレスッキリ……

『ラブラブデート……

『家族 旅行……

『安眠……

『楽しい……


 片っ端から購入した。購入した分だけ、知らない誰かの体験や感動を味わえた。

 友達と食事。

 やりがいのある職。

 スッキリトイレ。

 恋人とデート。

 家族と旅行……。


「はは、ははは。金ならあるんだよ。金払えば満足なんだろ。時間よこせよ」


 時間が終わると、ヨボヨボの老人になって、ひとりの家にいる。


「もっと、もっと時間よこせ!」


 ひたすらに、スマホをいじり続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

時間売ります Meg @MegMiki34

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ