時間売ります

Meg

時間売ります 前編

 明るい街のベンチに、よぼよぼの老人が座っている。足早に前を通り過ぎる、若く明るい人々。老人は彼らを暗い目で凝視した。シワシワの骨ばった体をぶるぶる震わせる。


「……返せ。返せ返せ返せ」


 街の人々が、異様な老人を振り返った。


「おれの時間、返せよおっ!!」





 高校。授業前のうるさい教室で、男子が大声で話していた。


「双流大学受けるわ。模試でB判定でたから」

「いいなあ。おれ部活で忙しいから塾とか行けねえわ」


 女子がキャッキャと話している。


「二組の佐藤と付き合ってるの」

「えー! すごいじゃん」


 高校生の時瓜ときうり太郎は、机に突っ伏し、彼らをながめていた。


(勉強。仕事。恋愛。めんどくせえ)




 夜、太郎は塾から家路に向かった。


(塾疲れたー)


 座りすぎてお尻が痛い。全身重い。疲労困憊だ。よたよた歩いていると、人とすれちがう。

 制服の学生。

 カップル。

 会社員。

 子どもを連れた親。

 杖をついた老人。

 太郎には、家までの道のりが長く長く感じられた。


(毎日毎日勉強。そのあと仕事。彼女作って結婚して、子どもの世話して学校行かして)




 家に帰ると、グダっとベッドに寝転んだ。


「めんどくせえ。食事も風呂も寝るのもめんどくせえ。生きるのがめんどくせえ」

(なんもしたくねえ)


 あおむけでスマホをいじる。


(決めた。将来は転売ヤーになろう。今のうちからリサーチしとこ)


 ネットオークションサイトを検索。

 するとこんな文字が。


『時間買います』


 ん?と思い、うつぶせになって画面をよく確認した。

 出品がずらり。こんな言葉やイメージ写真と一緒に。


『ポカポカお風呂の時間 500円』

『ぐっすり8時間睡眠 2千円』

『夜景デート(2時間) 50万円』


「夜景デート高!」


 見れば、どれもジリジリと値上がりしている。

 ふんっと鼻で笑った。


「つか時間なんて売れるわけないじゃん」


 うつぶせで腹を圧迫していたら、下腹部がムズムズしてくる。


(トイレ行こ)


 起き上がってスマホを切ろうとしたが、少し考えた。


「トイレの時間とか売れない?」


 ポチポチ画面をいじり、出品してみる。


『トイレ(大)の時間 500円』




 気づいたら、トイレから出ていた。


「え?」

(いつの間に?)


 腹にスッキリ感はある。でもトイレをした記憶がない。

 ベッドに放置されているスマホを確認した。


『トイレ(大)の時間 500円』。


「まじかあ」




 あくる日、中華の店に入り、太郎は友達とテーブルについた。


「この店、一回来たかったんだよー」

「ふーん」

「なに食う?」


 友達からメニューを差しだされたが、太郎はスマホを取り出した。


「そのまえに」


 オークションサイトの画面を見れば、値がついている。


『親友との食事の時間 3千円』


 次の瞬間、太郎は友達と店を出ていた。


「あの北京ダックうまかったな」

「うん」

(記憶ゼロだけど)




 家でスマホをいじっていると、新作ゲームを発見した。


「あ、このシリーズ新作出てたんだ」


 画面をタップし、ゲームを買おうとした。と、その前にオークションサイトにアクセスする。


「これも売れる?」


 気づけば、ゲームをクリアしていた。

 出品履歴にはこんな記録が。


『新作ゲームプレイ時間 5千円』




 寝る前にベッドに入り、スマホを見た。


『10時間睡眠 7千円』


「売れるなあ」


 即座に販売。

 すぐに朝日が部屋を照らした。


「はは」




 桜散る高校の門の前。看板が立てかけられている。


『××年度 〇〇高校 △△期 卒業式』


 制服の学生たちが門を通った。歩きスマホの太郎も。春の生あたたかい風をあびながら、オークションサイトをスクロールする。


『高校の卒業式 10万円』


(イベント系は値がつきやすい)


 販売ボタンを押した。

 次の瞬間、友達と肩を組みながら門を出ていた。


「卒業しても友達でいような」

「ああ。うん」

(勉強しなくても、働かなくても、これで楽に生きられるぞお)




 アパートで一人暮らしするようになった。

 太郎はトイレから出る。


(トイレ行きすぎてちょっとしか出ない。でもカネになるなら)


 スマホを見た。昼飯代くらいの値段はついているだろう。


『トイレの時間 5円』


「はああ?」


 カップ麺も買えないような値段に、思わず変な声を出した。



 これはどういうことだろう。

 ベッドに寝そべり、スマホをスクロールする。


『食事 100円』

『睡眠 200円』


「なんでだよお!」


 スマホで預金を確認すると、貯金がどんどん減っている。


「このままじゃ暮らせねえ」

(どうしたら時間が売れる?)


 よく見ると、オークションサイトの自分のアカウントにレビューがついている。


『この人の時間は最近質が悪い』


 舌打ちした。


(質ってなんだし。ほかの奴はどうなんだよ)


 他の出品を見てみた。


『友達と楽しくスポーツ 4千円』

『仕事(専門職) 1万円/日』

『大好きな彼女との夜 100万円』


「彼女との夜高くね?」


 スクロールしていった。食事にしても、トイレにしても、睡眠時間にしても、いくつかの単語がついた時間には高値がついている。


 友達、恋人、家族、仕事、やりがい、スキル、趣味、旅行、楽しい、おいしい、初めて、スッキリ、ホッと、良質、などなど。


 そういう出品には、笑顔の写真や、かわいい模様など、和むような写真もついていた。


「なるほどね。みんなこういうのを求めてるんだわ」




 その後、いろいろ考えて就職した。


 会社で、熱々のコーヒーを飲みながら、太郎はパソコンのキーボードをいじる。

 上司に話しかけられた。


時瓜ときうりくん、今日これもやっといて」


 パサっと分厚い書類を渡される。


「あ、はい」


 こっそりスマホを見た。オークションサイトの画面。


『仕事(専門職) 2万円/日』


 紺のスーツのキリッとしたサラリーマンが、背筋を伸ばしてパソコンを叩く写真をつけておいた。


(金もらえる仕事を売って金もらえるとか、コスパよすぎる)


 ポチッと販売。

 即夕方になった。

 上司が、「時瓜くんに任せた仕事、よくできてたよ」


 スマホを見れば、2万円入金されている。


「ありがとうございます」




 休日のカフェ。奥のソファの席に陣取ると、太郎は分厚い資格試験の本を開いた。


「さて、勉強すっかあ」


 やる気はマンマンだ。

 スッとスマホを取り出す。


『資格の勉強 1万円/時間』




 試験当日。会場に来ても、やっぱりスマホを取り出した。


『資格試験本番 8万円』


(クラスにいたわ。テストで無双したいヤツ)


 試験直前にポチッと販売。





 ある晩、友達と居酒屋に入った。


時瓜ときうりひさしぶり。高校の卒業式以来?」

「だな」


 ひさしぶりの再会をよろこぶ。もちろん、スマホの画面も見る。


『親友との呑み(3時間) 1万円』


(悪くない)


 販売した。

 まばたきすると、座ってビールジョッキを持っていた。

 前には気分よさそうに酔った友達が。

 となりには、見知らぬ酔った若い女性が。


「え? だれ?」

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