儀式の代償

らきむぼん/間間闇

儀式の代償


 深夜の大学、もう使われなくなったオカルト研究部の部室で僕たちは儀式の準備をしていた。

 白装束の四人が、それぞれ床に正座して四角形の陣を作る。中央に置かれた一台のスマホ――それは昨年、この部屋で消えた後輩のものだった。

「本当にこれで彼女は戻ってくるの?」

「大丈夫、文献には手のひらを左右に擦り合わせる動作は『魂の扉』を開くって」

 声が震えている。本当は、この儀式自体を疑っているわけではないのだ。昨年の冬、彼女は確かに僕らの目の前で消えた。取り落としたスマホだけが、その場に残された。僕らは彼女が戻ってこなかった時に、どう責任を取ればいいのか。その利己的な焦りへの担保が欲しかったのだ。

 古い蛍光灯が明滅し始めた。僕たちは陣形の中心に向かって、横向きにした掌を擦り合わせる。次第に強くなる振動音。誰もが息を呑む。

 ・・・・・・・・・ブウウ―――――――ンンン――――――ンンンン・・・・・・・・・・・・・・・。

 蛍光灯のノイズに呼応するように、スマホから音楽が流れ出す。奇怪な旋律が部屋に充満していく。おそらく、着信音が逆再生されているのだ。

 陣形の中央で黒い靄のようなものが蠢き始めた。

 その異様な儀式は十分ほど続いた。黒い靄は次第に密度を増し何かの気配が犇めいていたが、決して人の形は成さない。やがて音楽は途切れ、照明は安定した。

「また失敗か」

「仕方ないよ。できることはやったんだから」

「うん、私たちはやれることは全部――」

 仲間のひとりが発した言葉が、途中で喉に詰まる。言葉にしない事実と、言葉にする嘘は、どれくらい違うのだろうか。仲間たちは互いの視線を避けるように立ち上がり、肩を寄せ合って部屋を出ていく。

 仲間たちを見送り、独りになった僕は中央に残された黒い気配に目を遣る。まだそこに、何かがいる。とうに電源も切れているはずのスマホが、突如として明かりを放った。着信音が鳴る。

 僕は思い出す、彼女が消える瞬間を。体の半分が透明になったかのように消えていた。何かが彼女の体を食むように。彼女は抵抗するように踠いたが、次第にその何かに飲み込まれていった。最後まで伸ばしていた彼女の左腕から取り落とされたスマホだけが、その場に残された。床に落ちた衝撃で点いた画面の明かりが、暗い部室で眩しいくらいに光っていた。

 一瞬の躊躇いを断つように首を振り、通話ボタンを押す。

「ごめん、今回も失敗した」

「いつになったら出してくれるの」

「また来るから」

「本当は、もう戻したくないんでしょ」

「そんなことは――」

「あなたたちのせいなんだから」

 通話が切れる。

 手のひらが凍えるほど冷たかった。

 帰り道、僕らは卒業したらどうやって廃部になる部室に侵入するかを話し合った。

 彼女を助け出すために話し合う時間だけが、僕らの「醜い本音」を、打ち消してくれた。



 了

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