三途の駅発常世行中継駅の駅員さん

バルバルさん

ただ、天の光は彼と駅を照らす。永遠に

 今日は天気がいい。

 青く広がる空には生命を吹き込む光があり、その周囲には純白の雲が点々と。

 その光が照らしているのは、こぢんまりとした、古びた木造の駅舎だ。

 線路が一本、山側に走っており、少々雑草などが生えているのは、あまり列車が通らないからか。

 そして駅舎側には、一本の道路と、さらに少し白ペンキの剥げたガードレールをはさんで外側には海が。潮がさざめき、奥のほうまで青く澄んでいる。

 駅舎内の小さな待合室には壁に沿って古びた木製の長椅子が並べられているが、誰も座っていない。券売機は無いが、券買用の窓口はあるようで、駅員から券を買うようだ。

 列車の時刻表も張られていて、二時半、四時四十四分、十六時四十四分の三本、片路のみのようだ。

 駅舎外には少し錆びの浮いた、飲み物の自販機と古い公衆電話。そしてゴミ箱もあるが、その内部にはごみは入っていない。

 この駅舎、確かに古びてはいるが、蜘蛛の巣やら埃やらがほとんど無い。きちんと人の手の届く範囲はきれいに整備や掃除がなされているようだ。

 ホームには黄色い線が掠れて残っており、行先を示す看板があり、彼岸花や菊が咲いている花壇がある。

 そのホームで一人、箒をもって掃き掃除を行っている青年がいた。駅員服と帽子に身を包み、顔は優しげで、人好きするような整い方をしている。

 彼がホームの塵を一か所に集め、塵取にいれていると、足元に一匹の猫がやってきた。

 この猫、見た目は三毛猫だが、尻尾が二つある。そして駅員服の青年に向かい。


「よう如月。今日も今日とで掃除かい」


 そう低く錆びた声色で口をきいたではないか。それを聞くと、如月と呼ばれた青年は、驚く様子もなく、しゃがんで二股尻尾の猫の頭を撫で始める。


「おお。やはりお前は猫の撫で方を分かっている。あごの下も撫でてくれないか?」


 そうゴロゴロとかすかに喉を鳴らしながら猫は心地よさそうにしている。この猫は、猫又という化け猫なのだ。

 だが、化け猫であっても猫らしく、撫でられるのが好きなようだ。

 その様子を、目を細めながら眺め、あごの下も撫で始める如月。しばらくそうしていると、化け猫は満足そうに。


「ふう。心地良かったぞ、如月」


 それを聞いた如月は手を放して、優しく低い声色で。


「満足してくれたようで光栄だよ。ジロキチさん」


 そう語りかけた。ジロキチと呼ばれた化け猫は、フンと鼻を鳴らし。


「お前がこの駅の駅員でなければ、飼い主にしてやってもいいのだが。いやはや、残念だ」

「ありがとう。でも、俺はこの駅の駅員。それが俺の選んだ仕事だからね」


 その言葉を聞き、ジロキチは悲し気に首を振り。


「まったく。未来ある若い死神が、こんな駅の駅員になるとは。無欲というかなんというか」


 その言葉を聞き、何とも言えない苦笑を浮かべつつ、如月は塵取と箒を片付け始める。


「まあ、それがお前さんの選んだ選択なら、俺には何も言えないがね」

「そうそう。この駅で働く。それが俺の選んだ道なのさ。さて、ジロキチさん。ミルクでも飲むかい」

「うむ。頂こうかな」


 ジロキチは待合室へと入り、椅子に乗る。券買用の窓口隣の扉が開き、如月が猫用ミルクの入った小皿を持ってくる。それをジロキチの前に置き、自身は隣に座る。

 そして、ジロキチがチロチロとミルクを飲み始めたのを見ながら、ふぅと息を吐き、時計を見やる。

 この駅では現世日本の時計を使用していて、現在十一時。次の列車まであと五時間ほどか。その間に、次は表の掃除でもしようかな、なんて考えている。

 天には、天界の生命を吹き込み育む光が、現世と死者の世界をつなぐ路線に存在するさびれた駅を照らしている。

 ここは駅。本来の役割が忘れ去られ、名前すらも失った、ただの駅。

 そんな駅の中で如月は、今日はどこを掃除しようか。なんて悩んでいた。

 これが、この駅の止まってしまっている日常。日々、ここの駅員をしている青年死神が掃除して、花壇の世話をして、死者を乗せた列車を見送る。そんな一日を過ごすだけの時間しか流れない、そんな駅である。


 今日は曇っている。

 天界の光を覆うかのように、雲が多くなってきている。そんな空を眺めながら、如月は駅員服に軍手をして、手を土で汚しながら彼岸花の世話をしている。

 土は、三途の川付近の彼岸花に合った土質の土を取り寄せて使っている。そのおかげもあってか、誰に見せても恥ずかしくない。そんな彼岸花が咲いている。

 その後ろに、二股の尻尾を持った猫のジロキチがやってくる。


「よう、如月。今日は天気が悪いな」

「ああ、ジロキチさん。こんにちは」


 あいさつを交わし、如月はジロキチをいつものように撫でようとする。だが、ジロキチはその手を避ける。


「おいおい、その土だらけの軍手で撫でる気かい?」

「おっと、すいません」


 如月は軍手を外し、ジロキチを撫で始める。ゴロゴロと気持ちよさそうにするジロキチだったが。


「そういや、この世界の雲って、現世のとは違うんだよな?」

「はい、違いますよ。確か、現世の雲って、水蒸気の塊のようなものですよね」


 如月は空を見上げ、雲に隠れた天界の光を目を細めて見やる。


「この世界。この駅から見上げる空の雲は、感情の塊なんです」

「へえ。感情」

「そう。あんなことがあって楽しかった。嬉しかった。そんな上向きの感情や、あんなことがあって悲しい、嫌だった。そんな下向きの感情とか、そういった、魂宿る者の感情があの雲なんです」

「じゃあ、曇っているってことは、それだけ現世で強い感情を持つ人が多くなっているってことかい」

「そういうことになりますね」


 如月は花壇に腰掛け、その膝の上にジロキチを乗せる。そのまま、優しく背中を撫でやる。


「何か、大きな災害が起こったのかもしれないし、逆に、多くの人が喜ぶような、そんな大きなイベントが起こったのかもしれない。まあ、ここの駅員である俺には、ただ考えるしかできないんですよね」

「なるほどなぁ」


 ジロキチもまた、曇り空を見上げる。この、空を覆うまでに育った感情。一体何が起こったんだろうなぁなんて二人、いや、一人と一匹は思いをはせる。

 だが、ジロキチのほうは早くも飽きたようで。


「あぁ。久しぶりに頭使ったら腹が減ったな。如月。ミルクかなんかあるか?」

「あはは。俺も喉が渇きましたし。少し待っててください」


 そう言って、駅舎に入る。そこには、天界から配布されるカレンダーが張られていた。今日は五月一日。ちょうど、令和元年を迎えた日であった。

 だが、それも彼らには関係のない事。現世にいない如月にとっても、猫であるジロキチにとっても、関係のない事であった。


 今日も、天界の光が眩しいくらいに輝いて、古びた駅舎を照らしている。

 現在、現世発、常世行の列車が止まっている。といっても、いつもここで降りる魂はいない。

 誰も、この駅で魂の列車が止まる理由は知らない。だが、それでも如月にとって、列車を見送るのも、降りる人がいないかを見るのも大切な仕事であった。

 列車の外、じっと開かない扉を眺めている。現在、四時四十二分もう二分で発車だ。


「今日も降りる人はいない、か」


 そう呟いた時だった。列車の扉、それがゆっくりと開いていく。そして一人の、弁当の入った籠を持った老人が降りてきた。


「やあ、如月」

「あ。山本さん」


 山本と呼ばれた老人は、よっこらせとホームにある古びた待合用の椅子に座る。

 そして、時間が四時四十四分となり、列車が発車する。

 それを、じっと黙って、山本は眺めていた。


「どうしたんですか? 山本さん。あなたは、三途の駅で……」

「この駅は変わらねぇなぁ」


 如月の言葉を遮り、山本は、海の側を向いて呟く。


「完全に止まったような世界だ。たまに来る電車と、海のさざめき以外は」

「ええ。それが良いと俺は思っているんですがね」

「ははは。ほんっとうに変わった奴だよ、お前さんは」


 そう言いながら、山本は如月へ、弁当の籠から、一つ、小さな釜の形をした弁当箱を渡す。


「ほら、次の電車まで時間があるだろ。一緒に食おうぜ」

「え、でも。それは売り物でしょう」

「あはは。良いんだって」

「……まあ、あなたがそう言うんでしたら。では、お茶を用意してきます」


 そう言って、如月はお茶を用意しに駅舎へと向かい、質のいい茶を用意してくる。


「どうぞ」

「ありがとさん」


 暫く、弁当箱の中身、茶色く炊かれた味飯を食べつつ、二人の時間が過ぎる。


「……なあ、如月」

「はい」

「俺はこの仕事、やめるつもりだ」

「え」

「やっぱ、この仕事。最初から間違ってたんだよなぁ……」


 そう語り始めた山本を、優しく、静かに見つめる如月。


「死後の世界、常世に行っちゃあもう飯は食えねぇ。なら、最後に一食、食ってもらおうって思って、弁当屋なんて始めたんだがよ。飯を食うと、現世に未練が生まれちまうんだな。苦しい顔になっちまうほとけさんをたくさん見てきた……全く、バカだよ。俺」

「山本さん。俺は、そうは思いませんよ」

「はは、ありがとう。でもな……」

「あなたの行動が間違いなら、なぜ、天に輝くあの光はあなたの仕事を認めたんでしょうか」


 そう言いながら、如月は天に輝く命の光を、眩しそうに見る。


「我々死神は、死を司る神です。そう、神なんです。神とは、現世に生きる生者の望みが生んだもの。そして、あの生命の輝きが消えるまで。生者のために働くのが、神なんです」


 そう言いながら、弁当箱に目を落とす。


「この美味しい弁当。もしかしたら死者の方々にとって、辛い味かもしれない。でも、常世へと向かい、あの輝きの一部になる前に、死者に、彼らが「人である」と思い出させる、最後の思い出をあなたは作っているんですよ」

「最後の、思い出……」

「ええ。ですから、山本さん」


 そして、山本のしわがれた手を、自身の手で優しく包み。


「お仕事、もう少し続けてみませんか? 俺は応援しますよ」

「……はは。全く。俺より何百歳と若い奴に諭されるたぁな……」


 その後、山本は駅を出て、線路沿いの道を常世から逆の方向へと歩いて行く。

 その後ろ姿を眺めつつ。ふと如月は思うのだった。

 そういえば、先代の駅員へ挨拶をしなきゃなぁ……なんて。


 現世を生きる者たちは、死すれば常世を経て、天に輝く生命の光となる。

 その生きる者たちが望み、生まれた神々にもまた、死に近いことが起こる。

 そう、その役割を、生きる者たちに忘れ去られた時だ。

 駅とは反対側に広がる海。さざめき、澄んだこの海は無の世界。

 神々は、この海から生まれ、この海へと消えていく。

 如月は、彼岸花と白菊でできた花束を持ち、海岸へ。


「先代」


 そう呟く如月の目は遠い。


「駅はきちんと整備していますよ」


 遠くを見る目には、かつての先代駅員との思い出が、ふわり、と浮かんでいた。

 海から生まれたばかりの如月を一番に発見し、良くしてくれた先代の老駅員の神。

 彼は、この駅の歴史も、名前も、何故あるのかも知っていたようだが、それを誰かに伝える前に、この駅の事も、その老駅員をしていた神の名前も忘れられ、この海へと還ってしまった。


「だから、安心してください……なんて、無に言っても、仕方がないんですがね」


 そう苦笑しつつも、前に広がる海に向かい。


「いつか、俺も無の中に溶け込むんでしょう。その時は、駅の思い出話。もしできるんだったら、させてくださいね」


 そう言って、花束を海へと放り投げた。

 すると、花束は消滅し、それを後目に、如月は駅へと帰って行った。


 今日も、駅の時間は止まっているかのように、決まった時間が過ぎていく。

 かたん、かたんと電車が三本。二十四時間のうちにやってきて。

 如月がその対応をし、たまにやってくる化け猫のジロキチの世話をする……

 この営みは、きっと如月という死神が生きている者達から忘れられるまで続くのだろう。

 だれも、もうこの駅の名前を知らない。

 この駅の役割を知らない。

 だが、如月は今日も整備する。

 自分の存在が、終わる日まで。

 そんな彼と駅を、天の光は、ただ照らす。

 永遠に、照らし続けていた……

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