第16話(修正版) 李家の武姫
わたしは相変わらず後宮に通い、
街で得た、ある着想を実行するためだ。
まだ誰もいない宮城の広場で、朝焼けが辺りを赤黄色に染めるのを眺める。まもなく従僕が広場を掃き清めるのだが、その直後、皆が広場を利用し始めるまでの数十分間が勝負だった。
わたしはその時間帯に、ある日課をひとりで続けた。そして七日目、早朝の広場で、ついに皇后と対面することになるのだ。
さて、皇后については後述する。
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陽紗のもとで学ぶことは多かった。後宮には
その日も、陽紗と連れ立って後宮を歩いていたわたしは、興味深い場面に遭遇した。
昼下がりの広場で、剣の練習をしているものがいる。
「
「女同士ですね。これは珍しい」
女が二人、剣舞のような手合わせをしている。しかも木剣ではなく、鉄剣だ。剣が空気を切り裂き、ぶつかり合う激しい音が鳴り響いている。
女は二人とも
大柄な方が明らかに動きが良い。でも、小柄な方もしっかり動きについていっている。やがて手合わせが終わり、二人がたがいに拝礼した。
陽紗がいたずらっぽく笑って言った。
「小雨、あの二人をご存知?」
「いいえ、知りません」
「
「なんと、
「小柄な方が秀女で、大柄な方が侍女なのよ」
わたしは陽紗の言葉に微笑んだ。
「ふふふ、陽紗さまもお人が悪い」
「何のことかしら」
「逆でしょう。大柄な方が秀女ですよね」
わたしがそう答えると、陽紗が笑った。
「あら、ばれちゃった。冗談のつもりだったのだけど、すぐに見破るなんて、さすがね」
二人がこちらに歩いてくる。
わたしは剣技を見ながら、二人の関係について推理していたのだ。
大柄な方が技量は上だ。
一方、小柄な方は遠慮があり、大柄な方に気持ちよく剣を振らせている気がした。小柄な方は拝礼もより深く、常に少し後ろを歩いている。どちらが秀女かは明らかだった。
「小雨、彼女たちに挨拶しましょう」
「ええ、ぜひ」
「李家の
陽紗とわたしは広場に出た。
李家の秀女は陽紗を認めると、立ちどまって拝礼する。
「これは陽紗さま。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、李秀女」
わたしは背が高い方だが、李秀女はさらに高い。わたしが宮中で出会った女のなかで、間違いなく一番高かった。
陽紗が言った。
「李秀女、素晴らしい剣技を見せてもらったわ」
「お恥ずかしい限りです。宮中にいると気詰まりになるので、剣を振って発散しておりました」
彼女はそう言って快活に笑った。
目が覚めるような美貌で、意志の強さを感じさせる太い眉が印象深い。大輪の
秀女たちは東宮の離れに一堂に集められ、妃教育を受けていると聞く。その合間に気晴らしに来たらしい。
陽紗がわたしを紹介した。
「こちらはわたしの妹の侍女よ。妹はまだ宮中に入っていないけど、まもなく秀女になるわ」
「
「わたしは
夏風はに快活に挨拶すると、わたしを値踏みするように眺めた。
「ふうん。小雨、あなた、武芸のたしなみがあるわね。それもかなりの腕前だわ」
「夏風さま、少々たしなんでおりますが、たいしたことはありません」
夏風は瞳を輝かせてわたしに迫った。
「小雨、謙遜しなくていいわよ。ただ者でないことは、見たらわかるわ。ねぇ、わたしと剣の手合わせをしてもらえないかしら」
「コホン」
後ろにいた夏風の侍女がわざとらしく咳払いをする。
「夏風お嬢さま。いきなりそんなことを言うなんて、失礼でございましょう」
侍女はわたしの方を見て言った。
「
「ちょっと、春鈴。わたしは何も失礼なことは言っていないわよ」
頭をさげる春鈴に夏風が反論する。
「十分に失礼です。夏風お嬢さまに手合わせを頼まれたら、小雨さまは断るに断れず。かといって夏風お嬢さまを打ち負かすこともできず。困ってしまうではないですか」
春鈴はなかなか目配りが利くようだ。
それを聞いた夏風が頬をふくらませる。
武門の誉れ高い李家らしく、夏風はずいぶんと勇ましい。だが、春鈴にやりこめられているところは少女のようでもある。
わたしは二人のやり取りを微笑ましく感じた。
「夏風さまと春鈴さまは、とても仲がよろしいのですね」
「春鈴はわたしの
「はい、そんな訳で、小さい頃からわたしが夏風お嬢さまのお守りをしております」
夏風は微笑み、春鈴は嘆息をもらした。
夏風と春鈴が去ったあと、陽紗がわたしに言った。
「小雨、なかなか気持ちの良いお二人よね」
「そうですね。翠玲お嬢さまの競争相手ではありますが、好感を持ちました」
李家は後宮の最大勢力だ。
敵意をむき出しにしてくるかと構えていたのだが、意外にもそうではなかった。
「ところで小雨。李秀女と剣で立ち会ったら、あなたは勝てると思う?」
「正直言って、無理でしょうね」
わたしは即答する。
「あら、小雨でもそうなのね。じゃあ李秀女は強いのかしら」
「はい、実力は相当なものです」
夏風の剣技はわたしよりも上だ。「武姫」の二つ名も伊達ではないと思った。
だが、わたしは剣で負けることについては何とも思わない。それはわたしの領分ではないからだ。
どんなに勇猛な武将であっても、千人の兵士には叶わない。そして千人の兵士も計略には叶わない。わたしはそう思っている。
はかりごとを
計略を練って、千里先の戦場を勝ちに導く。それが、わたしの戦いかただ。
わたしは武将ではなく、軍師だからだ。
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