第2話(修正版) 都入り
ここが世界の中心だ。
わたしたちは西門から入城し、碁盤目状の大通りを馬車で進んだ。
馬車の窓から街路を眺める。
通りには老若男女多くの人があふれ、露店には大陸各地の品が並ぶ。城内は活気に満ちていた。
わたしが倫安を訪れるのはおよそ一年ぶりだった。安家を訪れる前に立ち寄って以来だ。
初めて倫安を訪れた
「
翠玲がわたしにたずねた。
「そうですね。攻めるに難く、守るに易い、素晴らしい城塞です。ただし交易路の維持が鍵でしょう。城内で食糧を完全に自給できない弱点をつけば、意外にもろいかもしれません」
大真面目に答えると、翠玲が腹を抱えて笑った。
「あはは。雨雨はいつも
「どうせ、わたしには戦しかありませんから」
わたしは少しすねた口ぶりで答えた。
翠玲がわたしに腕を絡めて微笑む。
「いよいよだな、雨雨」
「ええ、翠玲。いよいよですね」
わたしも笑顔を返したが、内心では緊張感が高まっていた。
そうだ、これは戦だ。
わたしと翠玲にとって、倫安は戦場だった。
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わたしたちは
四間続きの
「あぁ、疲れたぁ。もう駄目」
翠玲が部屋に入るなり、天蓋のついた寝台に倒れ込んだ。仕方あるまい。何日もずっと馬車に揺られていたのだ。
「雨雨も一緒に横になろう」
翠玲が寝台から腕を伸ばす。
「いえ、わたしには仕事がありますから」
後ろ髪をひかれながらも断ると、翠玲が口をとがらせた。
やることは山のようにある。
わたしは従者や屋敷付きの侍女にあれこれ指示をして、馬車から荷物を下ろした。
しばらくして、大声が屋敷に響いた。
「翠玲さま、お待ち申しておりました!」
あの声は、
安家から中央に出仕し、文書行政の役所である
翠玲が顔をしかめる。
「
まもなく控えの間に、白髪を束ねて長い髭をはやした大柄な老人が入ってきた。
「これはこれは曹先生、ご機嫌よう」
「こら、
曹文徳とは面識がある。翠玲の都入りについて、ちょうど一年前にも倫安で顔を合わせて協議したのだ。
わたしは円卓に座って茶を入れる。
「曹先生、ちょうど茶釜の湯が沸いたところです。香り高い南方の茶葉ですよ。一杯いかがですか」
「小雨、何を呑気なことを言っておるか。都からお前あてに、さんざん
「まあまあ、落ち着いてください」
わたしは適当にあしらおうとしたが、曹文徳は椅子にどかりと座り、孫ほども年齢が違う私をにらみつける。
「小雨、ごまかすでない。なぜもっと早く、翠玲さまを都に連れてこなかったのだ」
わたしは嘆息を漏らした。
曹文徳は悪い人物ではない。安家を長く支えてきた功績と忠誠心は尊敬に値するが、頭がやや固いのだ。
「曹先生、お言葉ですが。わたしはこの件について、ご当主さまから全て一任されております。考えあってのことですので、どうぞご安心を」
「侍女のくせに、何を生意気なことを言うか。うかうかしていたら、他の三家に東宮妃の座を奪われるぞ」
「侍女はあくまで役割のひとつ。わたしは安家には軍師として雇われております」
わたしは卓上にあった
そのとき、奥の間に続く扉ががらりと開き、翠玲が現れた。
「爺!」
「翠玲さま。ようお出でなされた」
相合を崩して立ち上がった曹文徳の顔つきが強張った。
翠玲の上衣がはだけている。寝転がっていたからだろう。胸元から下腹までが
翠玲というのは、身だしなみに無頓着なのだ。衣が崩れていても全く気にしない。
「翠玲さま、わ、わたしは、何も見ておりません!」
曹文徳が真っ赤になって、両手で顔を覆っている。面白いからしばらくそのままにしておこうかと思ったが、翠玲の肌を無駄に人目にさらすのも嫌だ。
「お嬢さま、帯がほどけております」
「ふふ、どうりで風通しが良いと思った」
翠玲は、どんな乱れた格好をしていても美しくみえるのだった。
わたしは翠玲のそばで立膝をつき、彼女の衣を直す。つい何時間か前まで、わたしが触れていた白い肌が目に入り、嗅ぎ慣れた翠玲の匂いが鼻腔をくすぐった。
翠玲の帯を手早く締め直し、衣服を直してやった。整ったところで、翠玲が言った。
「爺、あまり雨雨をいじめるな」
「いじめている訳ではありませぬ」
「わたしは雨雨の言うことを聞く。それで万事問題ない」
「いや、しかし」
「曹先生」
わたしは向き直って真面目な顔で呼びかけた。このあたりできちんと説明し、老人にも納得してもらう必要があるだろう。
「何じゃ、小雨」
「先ほど言われましたよね。東宮妃選抜はもう始まっていると」
「うむ。四家のなかで候補が宮中に入っていないのは安家だけだ」
わたしは羽扇を持ち直すと静かにこう告げた。
「それは違います。東宮妃選抜は、まだ始まってはおりませぬ」
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