第6話

 わたしの大好きな人が故郷に旅立ってから数日。


 大好きな人の、素敵な手によって生み出され、魂さえ宿ったカラクリ人形は、今夜もわたしに嫌味を言う。

 本来なら、彼の忘れ形見である、このカラクリを、大切に思ってしかるべきだと思う。


 ——けれど、この男は、作り手と姿かたちこそそっくりなのに、なぜか性格はまるで別物。


 素直で優しかった彼とは全く別の生き物だ。

 生き物というのには、もしかしたら語弊があるかもしれないし、そもそも別の存在だけれど。


「見ようによっては喜劇かな?」


 クスクスと笑う嫌味な男。

 彼が作ったとは思えないほど、ひん曲がった性格をしている。

 わたしはたまりかねて、男をキッと睨みつける。

 彼そのもののような姿なのに、彼とは似ても似つかないカラクリ人形。

 あの人がわたしの相棒にと、作り出してくれた、忘れ形見。


「やあ、やっと反応してくれたね? 僕のお嬢さん」


 男は驚いたように眉を上げたあと、すぐにニヤニヤ笑いを浮かべる。

 この男の作り主が、絶対しなかったような嫌な顔。

 

 そう、彼がいなくなったあの日から、わたしは一度だってこの男の言葉に反応しなかった。

 第一声が「君、振られちゃったね」だったからだ。

 こんな男と友好など築けるわけがない。

 言葉も交していないのに、わたしの秘めた恋情を暴き出した、憎きカラクリ人形。


「そうだ。お近づきの印にいいことを教えてあげよう」


 男は足を投げ出すように伸ばして、わざとらしく人差し指を立てる。


「君の想い人はね。君を……」


 わたしは咄嗟に男の口を両手で塞いだ。

 男の青い瞳が驚いたように見開かれる。

 

「聞きたくないわ」


 聞きたくなかった。

 どうせ嫌味だろう。

 これ以上、こんな男の戯言に付き合いたくはない。


 男は、両手をゆっくり上げて、自分の口を塞ぐわたしの手をやんわりと外した。

 そうして、覗き込むようにわたしの瞳を見つめた。

 それから、真剣な表情になって、口を開きかけたが、言葉を発さぬまま、目を伏せた。


「?」


「いや、君の救いになるかなと思ったんだけど。でも……今更、何を言ったって、君の望むものは手に入らないものね」


 そう言ったきり、男は黙り込んだ。

 わたしは居心地が悪くなって、いつもの格好に戻る。

 けれど、男の思わせぶりな言い様に反感を覚え、それでいて、いつもと違う妙な調子になぜだかそわそわしてしまう。

 自分の選択が間違っていたかのような、そんな錯覚に陥る。


 そのとき、さっと目の前に何かが飛び出てきた。

 よくよく見ると、男の腕だ。

 腕を辿るようにして首を捻ると、男が不敵な笑みを浮かべている。


「じゃあ、改めて。お近づきの印に、握手だ」


「はい?」


「ほら」


 男は無理矢理わたしの手を取って、ぶんぶんと上下に振った。

 手を引き抜こうと思ったが、男の力が思いの外強くて抜けない。


「放しなさいよ」


 この男と握手などする気は毛頭ない。

 お近づきになどつもりなどさらさらない。

 そう思って、睨みつけても、男は一向に放してくれない。

 

「世界でふたりだけだ」


「なに?」


 男が呟くように言う。


「世界でふたりだけなんだよ」


 男は暗がりの店内をぐるりと見回し、少し寂しそうに目を瞑った。


「この世界でたったふたりだけ」


 その声は、不思議とよく通って、静かな店内に響き渡る。

 わたしもつられたように見慣れた店内に目を向け、それから男の横顔に視線を戻した。


「何の話?」


「いや、何でもない」


 ゆっくり目を開けると、男はこちらに顔を向けて、優し気に微笑んだ。

 刹那、その顔に、私の大好きな——あの人の顔が重なった気がして、胸が詰まった。

 わたしを抱き上げ、髪や衣服を丁寧に整え、座らせてくれるときに見せる、彼の笑顔が。


 ああ、これだけで良いのかもしれない。


 彼の傍にいられなかった。

 この先、二度と会うことはない。


けれど、この想いは消えない。

わたしの胸を満たす、甘くて温かい感情は、今もここにある。



「どうかした?」


 わたしが男の顔を見つめたまま、しばらく黙り込んでいたからか、男は不思議そうに目を瞬かせた。


「いいえ、何でもないわ」


 この男とも上手くやっていけるかもしれない。

 なぜだか、そんな根拠のない考えが浮かび、わたしは自然と口元に笑みを浮かべていた。


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カラクリ人形の恋 雨宮こるり @maicodori

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