第2話 戦闘公務員と保険

 デンジャラスマート魔王城支店では公共料金支払いにも対応しており、今日もその支払いや申し込みにくる戦闘公務員達がいた。子供の頃から家のコンビニを手伝っていたマオは魔王城支店の端末の扱いにも慣れており、普段はテキパキと業務をこなしている。だが。常連客の中年男が差し出した用紙を見たマオは、ため息を吐いてなかなか業務処理をしようとしない。後ろの客をセルフレジに誘導すると、マオは重い口を開いた。

「差しでがましいのですが…イイトウさんはこの保険に入る必要はないと思います」

「なんでだいマオちゃん?」

「……イイトウさんはとても死にそうにないですし、多少安定したとはいえ…トモコさんのこれからの治療費や学費を考えたら、この死亡保険の保険料は高すぎます。奥様もイイトウさんも普段から倹約なさっているのに……」

 中年男は本人なりに清潔感には気をつけているのだが、穴の空いた鎧に色褪せたシャツやスラックスなど、どこかみすぼらしい印象であった。よく買うものも比較的安いおにぎりや生活必需品ばかり。例外は自身の妻や娘の誕生日やクリスマスプレゼントくらいだ。

「こないだはトモコの体調が安定する薬をくれてありがとう。マオちゃんが心配して言ってくれてるのはよくわかるよ。でももし私が死んだらトモコもママコも露頭に迷うんだ。だから入らないといけない」

 その表情はマオが普段見ている痩せ気味で弱々しい顔の中年男ではなく。家族を守ろう

とする意志の強い父親の顔だった。

「大好きなお父さんがいなくなったら、トモコさんは悲しみます。こんな保険に入るなんて!それに……」

 感情的になりそうな思いを抑えて、マオは深呼吸すると、筆談用の紙にマオはサラサラと字を書いた。

「実は魔王城での正式な死者はいない、保険に入るかはよく考えて」と。

 結局イイトウは高額な死亡保障付き保険は諦めて、マオが勧めるケガや病気に関する保険のパンフレットをダウンロードして帰って行った。

「お父さん…お母さん……」

客がいなくなって、静かになったコンビニで、マオは掃除を終えたロボットを労るように拭きながら、ポツリと呟いた。そんな彼女に冷えたペットボトルの棚の裏から艷やかに響く声が降り掛かった。

「マオ……両親を思い出したのか。我にも悲しい過去があったような無いような気もするようなしないような気がするからわかるぞ!」

 頭に透明に近い氷柱のような角が生えた長髪の若い男は、振り向いたマオにペットボトルをふわりと飛ばした。

「我の好きなシャインマスガットジュースを飲んで元気を出せ」

「ありがとう…あれ」

柔らかく微笑んだマオだったが。あまりにも冷たく固いペットボトルに触れて舌打ちした。

「飲めねえよ」

 マオは無表情で男にペットボトルを投げつけ、男は華やかに整った顔を歪めて叫んだ。

「お前らはなんでそんなに暴力的なんだ!これだから人間は!」

「ごめんごめんちょっと八つ当たりしちゃった」

マオは軽く謝ると低く呟いた。

「この保険、いつまでもつかな。さすがに良心が咎めてきたわ」

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デンジャラスマート @pandaningen777

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