第13話 世界一の幸せ者
一ノ瀬 涼香の手料理はもうすでに完成していた。
なのにその時になっても猪俣 智司は夢の中だった。
余りにぐっすりしていたので起こすのが可哀想と思ったようだ。
先に食べることも出来たのに口にしようともしなかった。
むしろ猪俣 智司を最優先に考えての結果だと自身を説得した。
ただこの時に一ノ瀬 涼香はカーテンを閉めようとしていた。
さすがにもう遅いと思いカーテンのところまで歩いて移動した。
それが原因で猪俣 智司は目を覚ました。余りに勢い良く閉め過ぎた結果だった。
この時の一ノ瀬 涼香はせめて室内に干した衣類などをどうにかしたいと考えていた。
「一ノ瀬……さん?」
一ノ瀬 涼香は声のする方を見た。確かにそこには目を覚ました猪俣 智司がいた。
ベッドの上で掛け布団を被り仰向けでいた。顔は出していたので二人は目線が合った。
「あ。ごめん! 起きちゃったか~」
実に残念そうに言っていた。
こうなるのなら寝る直前にカーテンを閉めとけば良かったと後悔した。
「ご飯は?」
起きてすぐに猪俣 智司は用意してくれていたはずの夕食を気にし始めた。
その後に今が何時なのかも気にしていた。
「出来てる。食べようか。猪俣くん」
今の時刻は夕食を超えて晩御飯に近かった。とっくに冷めた手料理になっていた。
それでも一ノ瀬 涼香は怒るような素振りは見せずに献身的な態度でいた。
電子レンジが故障中を除きほとんどが想定内だった。
「うん。一ノ瀬さん」
ベッドから上半身を起こし掛け布団から足を出し床に付けた。
するとすでに一ノ瀬 涼香の手料理が四角いミニテーブルの上に並んでいた。
見て分かった、もうすでに冷めていることに。
「あ。故障中なんだ。電子レンジ」
猪俣 智司は冷めている手料理を見て急に思い出した。
「だね! んじゃ私の愛が冷めないうちに食べようよ? 猪俣くん!」
一ノ瀬 涼香は料理の最中に電子レンジが壊れていることに気付いた。
もう冷めた手料理は諦めて今度は私の愛が冷めないうちにと言い始めた。
二人は四角いミニテーブルを挟む形で座り込んだ。これならテレビが見られる。
「一ノ瀬さん。テレビも見ずに俺が起きるのを」
ただひたすらに待っていた。一途な想いがなせることだった。
「うん! 寝顔……可愛かったよ? 猪俣くんの」
嘘だった。でもあの時のイタズラなささやきが今の会話になっていた。
「フフ。赤面上手に焼けました~だね? 猪俣くん」
一ノ瀬 涼香のイタズラが止まらない。
一方の猪俣 智司はそんなにマジマジと見られたのかと赤面していた。
「ハハ。そ、それよりも食べよう。一ノ瀬さん」
誤魔化す猪俣 智司は合わせることを忘れ手料理を食べ始めた。
「フフ。……どうかな? 猪俣くん」
味見をしながら作られた料理は冷めていても美味しかった。
大人になってこんなにも愛されたことなんてなかった。
自然と零れる涙を理解するのにこれといって時間は掛からなかった。
「うんうん。愛に飢えていたんだね、猪俣くんは」
これが愛の味なんだよと一ノ瀬 涼香は言いたかった。
「今日はね。私の分も食べていいんだよ? うわぁ。世界で一番の幸せ者だぁ、猪俣くんはぁ」
今まで我慢した分も食べていいと一ノ瀬 涼香は堂々と言った。
実にわざとらしい棒読みな台詞も吐いていた。
でもそれでもこの世には言われなければ分からないことがあると二人は思い込んだ。大根役者並みであっても冷めた手料理であっても言葉の真意に温かみがあれば伝わるものがあると信じたかった。
「信じるよ、だって俺は……世界一の幸せ者だから」
涙が止まりそうになかった、少なくとも食べているうちは。
この時の猪俣 智司は邪念が吹き飛び身も心も清らかな気分だった。
肩の上にあったはずの重荷も消え失せ今が一番の幸せ時だった。
ちなみに一ノ瀬 涼香の分も食べたことは二人だけの秘密になっていた。
絶賛ニート中の俺に不器用系天使が舞い降りた件 結城辰也 @kumagorou1gou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。絶賛ニート中の俺に不器用系天使が舞い降りた件の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます