第12話 危険な賭け

 二人だけの時間。

 喋ることもなくテレビを見ていた。

 なんの刺激もない。

 でもなぜか居心地がいい。

 もうこのまま平和な時が流れればいいとさえ感じた。

 余りの心地良さにカーテンを閉め忘れていた。

 外は夕焼け色に染まり二人は恋焦がれた。

 気付けよと言わんばかりに部屋に灯りが点いた。

 この時に初めて二人は時間という概念を思い出した。

 それでも二人はまた明日がくると信じテレビを見ることを止めた。


「料理の時間……か?」


 テレビの電源をリモコンでオフにしながら言っていた。


「うーん。気が変わっちゃったな。もう少しだけいいかな?」


 せっかくの平和な時だ。もう少しだけ会話がしたかった。


「分かった。もう少しだけ楽しもう」


 二人はソファから腰を外し床に敷いてあるカーペットの上に座り込んでいた。

 最初はソファに座っていたがテレビを見るにつれて疲れが増していった。

 それでも離れることなく二人は隣り合い夕暮れ時になるまでテレビを見ていた。


「ね? 猪俣くん!」


 今までにない明るめの声を出していた。

 内容のない問い掛けに猪俣 智司はつい聴き入ってしまった。


「今から散歩でもどうかな?」


 いざとなって一ノ瀬 涼香の言葉に拒絶を覚えてしまった。


「私ね。少しでも猪俣くんに外の良さを知って貰いたいんだ。駄目かな?」


 急な出来事に猪俣 智司は困惑した。

 自分で動く分には不自由がなかった。

 ただ他人からの誘いにただならぬ怖さを感じた。


「ごめん。俺……駄目なんだ。あれから人が信用出来なくて」


 心の底から謝りたかった。でもそれでも社会にトラウマを持っていた。


「あれって……就職氷河期のことだよね? 猪俣くん?」


 核心を突かれた。もうそれ以外に理由なんてなかった。

 猪俣 智司のとって最大の禁忌であり踏み込まれたくない領域だった。

 そこに一ノ瀬 涼香が果敢に挑もうとした。


「ぐ!? 頭が!?」


 相応の痛みが頭を過ぎった。頭を挟むように両手で持ち支えた。


「苦しいよね? 辛いよね? 怖かったよね? 全て受け止めてあげたかったよ、この私が」


 一ノ瀬 涼香の必死の想いがどんどん溢れてきた。


「もう……すれ違わないで。一ノ瀬さん。俺のこと……見捨てないで。一ノ瀬さん」


 頭痛が勝っているのにも関わらず猪俣 智司は最後まで言い切った。


「うん! もうすれ違わないし! 猪俣くんのこと……これからも見捨てないよ!」


 天使が寄り添うように一ノ瀬 涼香も相手が気にする言葉を避けていた。


「俺も逃げないから。俺から逃げないで。一ノ瀬さん。約束……してくれよ」


 むしろ猪俣 智司は一ノ瀬 涼香と色々な出来事を得たために独りになるのが怖くなっていた。


「うん! 逃げないから! 頑張ろうよ? 猪俣くん! 約束するから! もう迷わない! 私!」

「本当に?」

「うん! だから! だから猪俣くん! 明日の午後でもいいから散歩しよ? 今じゃなくてもいいから! ね?」

「有難う。一ノ瀬さん。俺……頑張るよ。頑張って見せるよ」

「私はさ。夕食の準備するからさ。猪俣くんはベッドの上で休んどきなよ」

「そうするよ」

「ごめんね、猪俣くんの気に障るようなことをして」

「ううん。いずれしなくちゃいけないことだ。逃げたくない、もう」

「安心して。私がいる。どこまでもついていくんだから」

「頼もしい限りだよ。一ノ瀬さん。んじゃ」

「うん」


 一途な想いだけが先行しても旨く行くはずもなかった。

 亀が慌てても亀は亀だと一ノ瀬 涼香は痛感した。

 むしろあれ以上に慌てさせていたら兎だと言われていた。

 矛盾に気付いた時には遅かった。

 だからこそに一ノ瀬 涼香は誘惑に負けまいと頑なに亀のままでいようと思った。

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