彼が放つは優しい光

 翌日。

 いつものように仕事を終えた後、駅へと向かった私は改札口の近くで待機していた。帰宅ラッシュの時間帯ということもあってか、大勢の人々が行き交っている。皆一様に疲れた顔をしている中、一際目を引く存在がいた。

 そう、例の男である。


 私は緊張しながらも彼に近付き、意を決して声をかけた。


「あ、あのっ!」


 声をかけられた相手は、ゆっくりとこちらを振り返った。私の姿を認めた途端、電球の頭がまたたいた。まるで驚いているかのような仕草だった。

 私はドキドキしながら次の言葉を探したが、なかなか出てこなかった。それでも何とか声を絞り出し、謝罪の言葉を口にする。


「……先日は、失礼な態度を取ってすみませんでした」


 頭を下げると、彼は無言で首を横に振った。そして、ポケットからメモ帳を取り出すと、そこに文字をつづっていく。


『気にしていませんから大丈夫です』


 そう書かれたページを見せてきた彼は、そのまま立ち去ろうとした。私は慌てて呼び止めた。まだ肝心なことが伝えられていない。


「待ってください! その……もしよろしければ、一緒にお茶でも飲みませんか?」


 我ながら大胆な誘い文句だと思ったが、他に思いつかなかったのだから仕方がない。断られたらどうしようかと思ったが、意外にも彼はあっさりと了承してくれた。



 こうして私達は近くの喫茶店へと移動した。店員に案内されるがまま席に着き、注文を済ませた後で、改めて自己紹介をする流れになった。


「えっと……まずは名前を教えてもらえますか?」


 そう尋ねると、彼はペンを走らせてから紙を差し出してきた。そこにはこう書かれていた。


『僕は頼人といいます』


「えっと……ヨリトさんですか?」


 私が聞き返すと、彼は首を横に振って否定の意を示した。


「なら……ライトさん?」


 今度は首を縦に振る。見た目そのままの名前に少し驚いたが、不思議と違和感はなかった。むしろしっくりくるような気さえした。


「素敵な名前ですね」


 素直に思ったことを口にしてみると、ライトさんはうつむいてしまった。心なしか、放つ明かりが強くなったような気がする。


『あなたの名前も教えていただけますか?』


 すると、ライトさんが質問を投げかけてきた。そういえば名乗っていなかったことを思い出し、慌てて答える。


「あっ、ごめんなさい! 私は橙花とうかっていいます」


『トウカさん。漢字はどう書くんですか?』


「え? あ、はい。ダイダイに花っていう字を書きますけど……」


 追加の質問に戸惑いながらも答えると、ライトさんは再びメモ帳に何か書き始めた。そして、それを私に見せてくる。そこにはこんな文章が記されていた。


『橙花さんですね。とても綺麗なお名前だと思います』


 お世辞かもしれないが、褒められて悪い気はしなかった。つい口元が緩んでしまう。


「ありがとうございます」


 礼を言うと、ライトさんはゆっくりとうなづいた。その後で話題を変えようとしたのか、別の質問をしてきた。


『ところで、今日はどうして僕を誘ってくれたのですか?』


 その問いに、私は正直に答えた。どうしてもあなたにお礼を言いたかったのだと。

 また、失礼なこととは思いつつも、あなたがどんな人なのか知りたかったとも告げた。


 それを聞いたライトさんは少し考える素振そぶりを見せると、何かを思いついたかのようにペンを走らせる。


『それなら、お互いのことを知るために話をしませんか?』


 思わぬ提案に驚くと同時に、嬉しくもあった。願ってもない申し出だったので、喜んで受け入れることにする。


 それからしばらくの間、私達は他愛のない会話を楽しんだ。主に話すのは私の方だったが、彼も時折相槌あいづちを打ったり、話を振ってくれることもあったので退屈することはなかった。


 外見こそ異質ではあるが、ライトさんはごく普通の青年だということが分かった。歳が近いことや、読書が好きということなど、共通点が多くて親近感が湧いた。



 しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので、気づけばかなりの時間が過ぎていた。名残惜しい気持ちはあったが、これ以上引き留めるのは迷惑だろうと思い、私は別れを切り出すことにした。


「あの……そろそろ帰らないといけない時間なので、これで失礼しますね」


 そう言って立ち上がろうとしたが、不意にライトさんに肩をつかまれる。驚いて振り向くと、彼はメモ帳に何かを書き込んだ後、それをこちらに差し出してきた。


『よかったら連絡先を交換しませんか? あなたともっと話がしたいです』


 それは私にとって思いがけない提案だった。驚きつつも、断る理由なんてあるはずもなく、二つ返事で承諾しょうだくする。


 こうして私達は連絡を取り合うようになった。彼とのメッセージのやり取りはとても楽しく、毎日の日課となった。次第に会う回数も増えていき、いつしか休日にも会うようになっていた。


 そんな風に過ごす日々の中で、私は話さずとも彼のことが何となく分かるようになってきた。それはちょっとした仕草だったり、光の強さの変化だったりするのだが、そういった些細ささいな変化から感情を読み取ることができるのだ。

 機嫌がいい時は、いつもより明るく光ることが多い。逆に不機嫌になると暗くなる傾向があった。

 他にも、落ち込んだ時や眠い時はぼんやりとした弱々しい光を放つようになる。


 私はそんな彼の一面を知る度に、ますますかれていった。そしていつしか、彼とずっと一緒に居られたらいいなと思うようになっていった。



 そして今日、私はついに彼に想いを伝えることに決めた。

 深呼吸をして心を落ち着けた後、ライトさんの元へと向かう。彼はいつものように待っていてくれた。


「こんばんは、ライトさん」


 挨拶すると、彼もそれに応えてくれた。相変わらず優しい光が放たれている。

 私は覚悟を決めると、緊張しながら口を開いた。


「実は……伝えたいことがあるんです」


 そこで一旦言葉を切り、大きく息を吸う。


「あなたのことが好きです! どうか、私の恋人になってください!」


 ありったけの勇気を振り絞り、自分の気持ちを伝えた。心臓が早鐘はやがねを打つように高鳴る。


 しばらく沈黙が続いた後、ライトさんは静かに輝き出した。今まで見たことがないほど強く輝いていた。

 見惚みとれて言葉を失っていると、彼はゆっくりと近づいて来た。そして、そっと抱きしめてくる。


 突然のことに驚いていると、彼は二回、またたいた。まるで返事をするかのように。

 私は嬉しくて、彼を抱きしめ返す。ぬくもりを感じ、幸せをみ締めるのだった。

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冥契 夜桜くらは @corone2121

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