冥契
夜桜くらは
電球人間との遭遇
私が彼に出会ったのは、ある夏の夜のことだった。
その日、私は婚活パーティーに参加した後、一緒に来ていた友人から「もう一軒付き合ってよ」と誘われて居酒屋へ行った。そこでしこたまお酒を飲み、気付けば終電を逃していたのだ。
仕方なく私は徒歩で自宅まで帰ることにした。繁華街から少し外れた裏路地には街灯もなく、人通りもまばらだった。
ふらつく足取りで、人気のない道を進んだ。普段ならこんな道は通らないのだが、酔っていたせいか、はたまたコンパの成果が散々だったからか……今となってはよくわからない。
とにかく当時の私は、この暗い道を一人で歩くことへの恐怖心などまるでなかったのだ。
月明かりだけを頼りに、たまに電信柱や
不意に、足元が明るく照らされたのだ。
街灯でもなければ、民家から漏れる明かりでもない。それは私の頭上から降り注ぐように光っていて、不思議に思った私は思わず上を見上げ──そして声を失った。
そこにいたのは、電球人間だった。
いや、正確に言うならば、白熱電球を頭部に持つ人物だ。
黒っぽいスーツで身を包んだ、長身の人間。スーツのボタンを見る限りでは、どうやら男性らしい。
だがそんなことはどうでも良かった。重要なのはその人物の頭部だ。
私のような人間なら、本来頭があるべき場所。そこに頭は無く、代わりにサッカーボールほどの大きさの白熱電球があったのだ。
「ひっ……!?」
喉の奥から悲鳴が漏れ、私はその場に尻餅をつく。一気に酔いが覚めていく感覚と共に、心臓が大きく脈打ち、全身の血流が加速する。
しかし目の前にいる人物は、そんな私の様子にも全く動じる気配がない。それどころか、ゆっくりとこちらに向かって手を伸ばしてきたではないか。
怖い!気持ち悪い!!
恐怖心に支配された私は、慌てて立ち上がってその場を走り去った。
追って来るだろうかと不安になったが、背後を振り返る勇気はなかった。
今見たものはきっと夢か幻覚に違いない。そう思い込むことにした。でなければ怖くて仕方がなかったからだ。
そう決めつけた私は、一目散に自宅へと逃げ帰ったのであった。
◆
翌朝。
昨夜の恐怖体験のせいで寝不足気味だった私は、重い
正直言って、出勤するのが
いつもより時間をかけて仕事を片付けた私は、定時になると同時に会社を出た。昨晩のことがあったので、なるべく明るい道を通って帰ることにする。またあの変な男と遭遇したらと思うと気が気でないからだ。
しかし、そんな心配は無用だったようだ。
特に問題が起きることもなく無事に家に着いた私は、玄関の鍵を開けるために
……おかしい。鍵が無い。
どこかに落としたのかもしれないと思い、慌てて周辺を探し回る。だが、いくら探しても見つからなかった。いよいよ焦燥感に襲われた私が途方に暮れていると、不意に背筋が凍るような悪寒を覚えた。
まさか……と思って振り返ると、例の男がいた。
昨日と同じ格好をした、あの電球人間が立っていたのだ。
男は私の姿を認めるなり、無言のまま近づいて来た。そしてスーツのポケットから何かを取り出したかと思うと、それを私の方に差し出した。
それは
「えっ……?」
突然の出来事に
『駅のホームに落ちていました』
男が見せてきた紙には、そんな言葉が書かれていた。
どうやら私の落とし物を届けに来てくれたらしい。でも、どうして私の物だと分かったのだろうか。
疑問に思っていると、男はさらに続けて書き込んだ。
『あなたが鍵を落とされたのを見かけたので、こうして追いかけて来たのです。昨夜に引き続き驚かせてしまい、申し訳ありませんでした』
私が読み上げるのを確認した後で、電球男は深々と頭を下げた。オレンジ色の光が私を照らし、その
私は受け取ったばかりの鍵を握り締めたまま、しばしの間固まっていた。すると男は、再びメモに書き込みを始めた。
『それでは失礼します』
そう書かれたページを見せてくると、電球男は
結局最後まで、男が喋ることはなかった。
◆
とある夜のこと。
私はベッドの上で横になりながら、スマホを操作して調べ物をしていた。
あの電球人間についてだ。
あれ以来、私は何度か彼の姿を見かけるようになっていた。
仕事帰りの電車の中で。
駅前のコンビニの前で。
時にはスーパーのレジ袋を片手に歩いているところも見掛けたことがある。
周りの人間には見えていないのかと思ったこともあったが、どうやらそういうわけではないらしい。すれ違った人の中には、彼を見てギョッとする者もいたからだ。それに、たまにではあるが彼に話しかけている人もいた。
どう見ても普通の人間ではないはずなのに、周囲の人々は彼を当たり前のように受け入れていた。
私の知らないところで、一体何が起きているというのか。
気になった私は、ネットを駆使して情報を集めた。その結果、ある事実を知ることになる。
彼が
電球以外にも、様々な頭部を持つ人間が存在するということ。
そしておよそ一万人に一人が、そうした特殊な頭部を持っているのだということを。
私は衝撃を受けた。
まさか自分が
そして同時に、そんな彼らに対して強い興味を抱くようになった。
また、知らなかったとはいえ変人扱いしてしまったことに罪悪感を抱いた。
謝りたい。会ってちゃんとお礼を言いたい。
そんな衝動に駆られるようになった私は、勇気を振り絞って行動に出ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます