28本目ーウスメと、乾燥キノコ
商店街、賑わう麺屋。
運ばれて来た熱々の太麺を辛めの汁に絡ませる。
いつも外食する時はアメ、イーヴン、そして私の三人分だが、今日からは四人分だ。そう、ウスメの分追加なのだ。
ダルマァさんがころんだ、をやっている途中に信号機だったウスメが突然少女になったのだ。
身長はアメよりも頭半個分小さい。茶色い長めのポニーテールで、前髪を七三分けで整えている。瞳も深い茶色だ。
私は【飲みすぎんどろーむ】で髪色も瞳の色も薄くなってしまったが、そうなる前の色あいに若干近い。
服装は裾長のパーカーのみ。
「いい下着見つけて良かったっすね」とイーヴンが麺の汁を掬った。
そう、この子、ウスメはさっきまでノーパン・アンド生足だった。さらに足にはルーズソックスのみ。出歩ける格好ではなかった。
で。
本題だ。
「ええと、食べながらでいいんだけど。……ウスメって、何?」
その質問の意図はしっかり伝わったようで、ウスメが縮こまったまま麺をすする。
「わ、わたくしは信号ですわ」
「え、いやそうじゃなくて」
「元々は、その……信号だったの。というより、今も信号ではあるけど……」
ウスメは私から目を逸らしながら、今までの経緯を話してくれた。
ウスメは本当に、信号である。
路傍に立つようになってから、信号じゃなかった日はなかった。
要所に立ち、日々交通を管理する。
青いライトは通行を示し。
黄色いライトで危険を示し。
赤いライトで通行を止める。
それが何年も、何年も続いた。
しかしある日、ウスメは自我を持った。
その日から、世界が変わって見えた。
時々暴走するトラックが気になるようになった。
事故で亡くなる人を見るようになった。
それがしだいに嫌になった。
注意できない自分が悔しかった。
声は出せるが、出そうとすると怖がられる。
「この交差点は、お化けがでる」と。
逃げたくなった。
ある日、子供を守ろうとして親子もろとも暴走トラックに轢かれたのをみた。
彼女らはやがて姿を消した。
ウスメは耐えられなくなった。
その深夜。
都会に流れ星はないから、ウスメは飛行機の光の軌跡に向かって祈った。
わたくしは信号であってもいい。
でも、声を出して注意をしたら──怖がらずに話を聞いてくれる世界がいい。
するとウスメの目の前で、不思議な現象が起きた。
前を歩く女性。
名前は知らないが、彼女を知っている。
いつも仕事帰りに、自動販売機で珈琲を買っている人。たまにウスメに寄りかかって、「仕事辞めたい……」「でも生きていける給料なんだよ……?」と話しかけてくる人。変な人だ。
その女性が交差点でふっと姿を消した。
ウスメは頑張って声をかけようとした。
そして気づけば───この世界にいた。
舗装された道路もなにもない。日本では無いのは確定だ。それに空には変なのが飛んでいる。たまに漫画を束にしてウスメの足元に置く人がいるので、鴉に開封してもらって見たことがある。
これはきっと異世界。
飛行機の光も、願いを叶えてくれるのだろうか。
……しかし自分は既に信号ではなかった。
とある少女だった。
自分の姿はよく見えないが、少女であるのは間違いない。
人の声がして、ウスメは自動販売機に隠れた。
……ん?自動販売機!?こんなところに?
ただ、いまはそんな場合では無い。
ウスメは念じた。
すると少女から、さらに別の姿になった。
光の集合体だった。
声主を見に行くと、まあびっくり。あの、女性じゃないですか。
彼女は自販機に寄りかかって、珈琲を飲んでいた。明らかに飲み過ぎである。
その後、自動販売機からもう一人の少女が出てきた。どこかに向かって走っていった。
ウスメも追いかけた。
が、道に迷った。
光では行けない。小さすぎる。
やっぱり、慣れた姿───信号の姿がいい。
ウスメは気づけば信号になっていた。
うん。これが一番いい。
ただ、既に時は遅し。森の中は暗い。よく見えない。
ウスメはさまよった。
時間が経った。
その間少女になったり、光になったり、そして信号に戻ったりした。
信号なのに、長くなったり短くなったりできることに気がついた。
たまに現れたモンスターをなぎ倒してみたり、ライトで威嚇したりする。
すると火の網や水の針が現れた。漫画パラ見だが、こんなにも便利な信号はこの世で初かもしれない。
時間は過ぎていった。
一日が経った。
信号のまま飛び回っていると、奥の方で沼が見えた。危なそうだったので避けていると、森の中で声がした。
この声……!
そう、あの女性、再びだ。
ウスメは高鳴る胸を落ち着かせながら、一直線で声の元へと飛んで行った。
途中でいくつものモンスターを串刺しにしてしまった。が、気にしなかった。
ウスメは開けた視界を希望と見た。
そして……。
───ラメの手に収まり、今に至る。
「……」
長かったような、短かったような。
ウスメの独白。
イーヴンが涙している。
アメが一生懸命麺を吸っている。
背後にいるイチゴが、やっぱり、という声を漏らす。
そして私はと言うと。
「……」
放心した顔をしていた。
なんというか、一気に今までの謎が解けて、新たな謎を吹っかけられた気分だ。
つまり、私が異世界に来たタイミングで、隣にあった信号も異世界について来たのだ。
だから、スタート地点で私の周りを妙にうろついていた光は、決してなにかの生物ではなく、ウスメだったのだ。
そしてウスメはずっと、私を探し回っていた事になる。
「……なんか、ごめんなさい」と頭を下げた。
ウスメが慌てて、「い、いえ!……わたくしがバカで、マヌケだから……声をかけられなかったんです……」と言って、
「……その……怖がれてしまうって思って」と声を小さくした。
「まあ、びっくりはするけど」
「……」
「今更、ね」
笑ってあげた。
異世界に。トゲある自販機に。いい子毒ガエルに。鮫倒し。旅人になって。先生になって。地下に招待されて。もう、感覚が麻痺している。
ウスメが胸を撫で下ろす。
「ところで」と私は続けた。
「なんでさっきのタイミングで女の子に……?」
「そ、それは……イチゴちゃんに呼ばれたからよ」
「それだけ!?」
「……その、今こそ力を見せる時だ!って思ったの」
「え」
私は少し座ったまま転けそうになった。
君にも色々言いたいことがある。
あとさっきからドヤ顔で私の耳元に「これが中二病っすか」と囁いているイーヴン君、それは違う。
「……さ、鮫とかさ。……ドラゴンとかさ。もっと力を見せる時はあったよ……?」
思えば結構戦ってきた。しかも、雑魚相手ではなく、全員ラスボス級だ。君、ずっと武器だったよね。
するとウスメは怖気付いた顔をして残りの麺の汁を吸って、
「お、女の子の姿だと……弱いの」
「光の姿の時は?」
「それも……ただの照明にしかならないの」
それは照明に失礼だよ。
彼らも頑張っているよ。
ウスメの今の状態は、こうだった。
原型は魔法の信号。そして変化型として、女の子にも、光にもなれる。
彼女は異世界に来て、突然「光の精霊」としての意識が芽生えたらしい。
つまりこの信号は「光の精霊」の具現化である。
ついでにお腹空かないのか、という話を聞くと、どうやら信号である状態が一番省エネで、水しかいらなく、一番エネルギーを使うのは女の子の姿で、しっかり人らしい生活が必要だという。光はその中間で、葉っぱくらいは消費するらしい。
もう、お腹いっぱいだ。
麺以上に、ネタバレという「具」の腹持ちがいい。言い換えれば、消化しきれていない。
ほかのメンバーが平然としていることに、私は理解が追いつかなかった。……街の人たちも、こういうのは見慣れているのだろうか?
驚きでいっぱいなのは、私だけだろうか。
店を出る。
いつも以上に街が賑わっている。
ちょうどいい感じの昼下がりだ。
だが家にペットを寝かせているので、休憩がてら歩いて帰ることにした。
ちなみに帰り道にふと気になって、イチゴに「あなたももしかして」と聞いてみたら、『勝手にアイデンティティを押し付けないで貰えます?脳が退化したんですか?』と久しぶりに強めの毒舌を食らった。
それ以降イチゴは喋らずになにか考え事をしていたので、私も追究はしなかった。
まあ、いつかわかることだろう。
彼女が、今回の移転に関わっていない気がしないのだ。
さて、帰宅後。
ふらっと家にやってきたフィンラくん。
出迎えたのは私を筆頭にして、家族全員の土下座だった。
「……どうしたんですか?」
怪訝そうな顔をした彼に、アメが号泣しながら答える。
なんと。
私たちが外出している間に、キリミがシマミを食べたのだ───モモンガが、空飛ぶキノコを食べたのだ……!
しかも、残酷に一枚の羽根だけを残して……!
「不注意でした……フィンラ君……すびません……ぐすっ」
言い訳すらできずに空気を重くしていると、フィンラ君にこう言われた。
「ああ、よくあることです。シマミは無限に増殖するキノコなので、キリミのいいおやつなんですよ」
つまりこの空飛ぶキノコは決してペットではなく、モモンガのおやつだったのだ。
だが、さっきまで空を飛んでいたシマミちゃんが突然胃に入ってしまうのは……。
と悲しんでいるとフィンラから、
「もし気になるようでしたら、乾燥したシマミパックあげますよ」
と二パックの乾燥シマミを渡された。
(そういうことじゃないんだよなぁ?)
……と思うのは、私だけだろうか。
※乾燥シマミ……美味しい。甘い。ペットのいいおやつ。ちなみにアメも大好き。
珈琲ブレイクワールド かっこ @mokumetti1012
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