3章ー地下とは、パンケーキ
27本目ーダルマァさん、ころんだ
抹茶ラテラスにて。
地下への招待がある日まで、まだ数日ある。ここはしばしブレイクをとることにした。
「あの、シマミちゃんにキリミちゃんってどうしましょう?」
アメがカーペットに女の子座りして、ペットの羽を優しく撫でている。
イーヴンがそこに口を挟む。
「持っていかない方がいいっすよ、モモンガってもはや、一部のひとの食料っすからね」昼になってもパジャマ姿のイーヴン。アメの髪を弄りながら答えた。……まずは君は自分の髪をやろうよ。ボサボサだよ。
「えー」とアメが残念そうにする。
「キノコは?」
私がコーヒーを一口飲んで手を挙げる。
するとアメとイーヴンから「「キノコじゃなくてシマミです」っす」と声を重ねて押し返された。なんか、ごめんね。
丸っこい羽はね?可愛いの。
でも羽を解いて中からキノコが現れるのは勘弁して欲しい。
アメとイーヴンの激推しがなかったら、絶対に返していた。まあ、ペットだから、育てれば育てるほど愛情が湧くのだろう。
それを信じて、私が再度口を開く。
「その、シマミはだめなの?」
「シマミはおっけーっすよ」
大丈夫のマークを指で作るイーヴン。
「ただ条件がありあすよ」
「なんですか?」とアメは心配な表情を浮かべる。
「キリミもそうですが超猛毒なので、一般の生物が触ったら即死っす」
「「……ああー」」
一瞬で希望が消えた。
これはどうしようも無い。アメが大丈夫、私が大丈夫でも、地下のひとたちが大丈夫ということにはならない。
結局イーヴンに頼んで、フィンラにペット二匹は預かってもらうことにした。改めて考え直せば、彼が猛毒を平気とするのはよく分からない。
私は他の世界から来ている。仮にその効果があって、毒が効かないとする。では、彼は……?彼、一般人だよ?
本当にアメのためだけに裏で血のにじむ努力をし続けてきたと思うと、その心意気に感心すると言うより、ちょっとゾッとしてしまった。元気とやる気の塊である。
そしてメンバーはついに決まって、アメ、ウスメ、イチゴ、イーヴン、そして私の五人になった。
商店街に向かって、必要そうなものや、お土産などをみんなで探しに行くことにした。やはり私たちの顔は覚えられていて、よく声をかけられた。
それ自体は嬉しいのだが、青果屋のおじいさんおばあさんが私たちをめぐって毎度のように喧嘩をするのは、正直やめて欲しいと思った。
……気持ちは素直に嬉しいけどね。
ふと遠くの方に目をやると、変な光景が見えた。
口争いしている青果屋たちをついでに止めて、聞いてみた。
「あの」
「おう、なんだい旅人のお嬢ちゃん」
……そんな通り名になってたんだね。
「あのひとたち、何してるんですか」
「ああ、あれはな」
おじいさんが腰を擦りながら教えてくれる。遠くに見える人々は全員同じ方向を向いて、ヘンテコなポーズで体を止めている。
先頭には筋肉男がみんなを睨んでいる。
「だるまさんがころんだ」を脳裏に浮かべる。
「あれは『ダルマァさんが転んだ』だよ」
だ、だる?
「だるまさんがころんだ?」とおじいさんに耳を近づけると、カカカッと笑って、
「『ダルマ』じゃねぇ、『ダルマァ』だ。最後に舌を巻くんだよ」と訂正された。ついでに、だるまってなんだよと聞かれてどもってしまった。
「だるま」を説明しろと言われると難しいのだ。
「うちの村の伝統だ」微笑ましそうに目を細めて彼が続ける。「勝ったヤツがあのザルのなかにいるダルマァさんから日用品が貰えるんだよ」
男の手元を自慢の目でよく見ると、確かにザルを抱えている。そして中には髭もじゃのゴブリンがメイスを握って立っていた。
一筆追加しておく。
私が今いる場所、つまり最初に宿を借りた場所は王都の周辺市「アルノウシャ市」のうち、「山脈街」と呼ばれている。かつては山脈があったがドラゴンが均して街づくりに貢献したとか何とか。
そして私が来た時に廃村っぽくなっていたところは「森林街」と呼ばれていて、別名「教養の
つまりこの立ち止まっている人達は、伝統の遊びをしているのだ。……日用品を貰うために。
日用品となると、旅行先でも使えるものはあるはずだ。参加してみてもいいかもしれない。
ほかのメンバーを見ると「やりたいです!」「やってみたいっすね」「面白そうですわ」と目を輝かせていたので、全員で参加することにした。
ルールは簡単!
ザルにいるダルマァさんが見えないうちにダルマァさんをタッチする!
ダルマァさんが見ている間に動いたらアウト!
最初にタッチした人が勝ち!
筋肉男をタッチしたら景品はタワシ!
以上!
(筋肉男……!関係あるんだこの人!)
タワシはいらない。家に二個ある。出来ればほかの商品がいいので、筋肉男は触らないようにする必要がある。彼はスキンヘッドなので、頭上から飛んでいくのもありなのかもしれない。
群れの中に各々溶け込む。
私はアメに目をやった。
アメは股を開いてしゃがんでいる。カエルポーズと言えばいいだろうか。
「だぁ〜る〜マァ〜さんがころんだ!」
男の声がした。
そして振り返る!
「あっ」
アメが声を漏らす。
間違えて、振り返るタイミングで飛び上がってしまったのだ。
前にいる男に顔をぶつけ、男がバランスを崩す。右にいる男の手をつかもうとして右の男も動いてしまう。そして彼が倒れ込み、前にいる二三人のグループを崩す。そして次なる被害へと……。
「今動いたひと全員アウト!」
砂埃が立ち、判決の声が上がる。アメ、及び多くのプレイヤーが脱落した。悲鳴が上がる。アメが泣きそうな顔をしてほかの脱落者に謝っている。彼らは「大丈夫大丈夫、また頑張れ」と彼女の頭を撫でてあげた。
……優しい……。
─────アメ、脱落。
その後、順調に前へと進んでいき、たまに連帯でアウトを食らう人も結構いた。そのタイミングで私もアウトになってしまい、横で見守っている。
うちの残りはあと残機二回だ。イーヴンとウスメである。イチゴは自ら参加を控えた。
「だぁ〜る〜マァ〜さんがころんだ!」
イーヴンが右足を引いて構える。自信満々の顔だ。
二三秒みんなを観察してから、背を見せる男。そのタイミングで、イーヴンが土に潜った。
(そんなのあり!?……いやモグラだけどさ!)
老若男女みな騒ぎ、「すげぇな」「あれはなんの武術かしら!」と褒めている。モグラだよ。モグラだから。
土の中は速い。
イーヴンが男の横へ素早くやってきて、ザルに手を伸ばす!
「……わっ!?」
突然男がひょいと身を逸らした。ゴブリンに当たるはずの手が男のモリモリの上腕二頭筋に弾かれる。
(は!?そんなのあり!?)と驚く私だが、もっと目を見張ることが起きた。
小爆発を起こすような音が男の頭上で響いた。そしてスキンヘッドだった彼に、ぼっさりと髪の毛が乗ったのだ……!!
男が「オトコタッチ!景品タワシ!」と喚く。周りから拍手が広がる。
「「……」」
アメとベンチに座って拍手しながら、私は頭の中で髪の毛が生える瞬間を記憶の中で反芻していた。……なんなの、この当たり判定……。
手のひらサイズのタワシを握って、私たちのところへ駆け寄るイーヴン。
「イーヴンお疲れ」
「やったっすよ!タワシ取ったっすよ!」
「うーん、タワシ以外がいいかなー」
「あれぇ?ラメは何をとったんすかぁ?」
私がぼそっと文句を言うとからかわれた。これでも握っとけと、私が缶ラテを渡す。ついでに自分とアメの分も買った。
「あとは……」
「ウスメっすね」
「ウスメどこ?」
「あそこっすね」
指さす先。最後尾に、信号が立っていた。ほかの人々と同じ高さに揃えて、照明を縦に倒している。彼女なりの気遣いなのだろう。
だが、気遣いのあまりに、動けていない。
完全に立ちすくんでいる。青いライトを見せている。
じっと待つのは信号の十八番(?)だが、動くのは別だ。きっと今も「ぶつかったら怒られるわ……」「嫌われるわ……アメとわたくしでは違うんだわ」と考えているんだろう。ネガティブな気持ちが圧勝している。
「……?」
横でぐらりと
受話器を取った。
それをウスメの方へと向ける。
続いて耳鳴り音。
そして、全体放送で少女の大きな声がした。
『ウスメちゃああああん!突っ立ってないで動いてくださぁあああい!お、応援してまああああす!!』
「い、イチゴちゃん!?」
かつてない大声だった。
自動販売機から、信号機へのエールだった。
すると信号はすぐに赤に変わった。
心に何かを決めたような顔。
「わたくし……頑張ります!!」と笑った。
ウスメは飛び上がった。
「だぁ〜る〜マァ〜さんが……」
ノロノロ動く人々の間をすり抜け、先頭に立つ。
「ポンッ」と音を立てて、少女になる。
ん?
……少女!?
「ころんだ!」
だが遅い。
かつてはウスメ、今は少女姿の彼女は素早い。男の腕をもすり抜け、ゴブリンを握る!!
ゴブリンが「あーっ」と叫ぶ。
ウスメの勝ちだ。
観客は既に満員。
拍手がウスメを包んだ。
彼女は恥ずかしそうに頭をかいた───。
「……」
もはやなんと言えばいいか分からない。
私たちのところにやってくる彼女。
両手には景品ボックスを抱えている。
「ウスメ……その……その……」
言葉が出てこない私。
「ウスメさん、おめでとうございます!」
アメが拍手する。
「さすがっすね」
イーヴンが腕組して頷く。
『やりましたね』
とうっすら受話器からイチゴの声がする。
いや、確かにおめでとうではあるよ。
あんな当たり判定が厳しいゲームでゴブリンを触れるのはすごいと思う。景品も嬉しい。全員分の歯磨きセットだったんだね。あ、ストローも入ってる。良かった、タワシじゃなくて───。
でもね。
……そのさ。
私は思ったことを直接ウスメに言った。
「ウスメって……人?」
【ご報告:次回更新 3/10夜ごろ】
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