26本目ー【後日談③】スライム、そしてここに来て初の
結晶がうねり、そして私へと刃を向けた。
「ウスメ!」
……と手を伸ばしたが、信号はやってこなかった。しまった。信号を池の横に置きっぱなしにした。天井が低く、既にスライムが私を囲んでいるので、今すぐイチゴを出すのも危険である。剣も持っていない。
つまり私は今、素手でこのスライムたちを相手することになるのだ。
……無理……!!
……大ピンチだ。
スライムは集合する。
そして大きな口の形を作り、私を呑みこもうとする。
「……っ」
とっさに両腕で視界を塞いだ。
「……あれ、痛くない!」
不思議なことに、噛まれているのに、痛くなかった。スライムにパンチを食らわす。するといくつもの個体に散って、そして再合流した。
「キリないやつだ、これ」
ゲームでもある。
倒しても倒せない、ギミックに近い相手。無視するほうがいいのだろう。だが、上には抹茶ラテラスがある。
勝手には行かせられない。
スライムの発生源がここなら、早めに潰しておきたい。
私はスライムを一つ一つ殴りに行く作戦に出た。スライムは散るとすぐに元通りになる。ある程度ダメージを負うと、粉状になる。
「よーし、とことん付き合ってやる!」
そう宣言した私は……ドーピングすることにした。やってくる結晶の刃をイチゴで防ぎ、そしてその裏でいちごオレをグビっと飲む。そして三本目に達した時のことだった。
『ピピーッ』
うるさい音が耳元で鳴いた。
イチゴをシールドにしてスライムを捌きながらその音の続きを待つ。
『ポイントが溜まりました!ポイントを使いますか?』
「使う使う!」
『使い道が選べます。A……』
「Aで!」
『Aでよろしいですか?』
スライムすら対処しきれないのに、こんな突然な放送に対応ができるはずがない。見た感じ、イチゴからの放送だ。
『イチゴ!? なにしてんの!』受話器をとって叫んだ。
『私のせいですか!?いや、知りませんよ、違いますよ』
『え、じゃあなんなのこの放送!』
『Aを選んだならもう放送は来ないんじゃないんですか?話しているとやられますよ!』
───ガチャリ。
受話器を置く。
そして、「Aでいいよ!」と叫んだ。
私の言葉が降りた瞬間。
ピンポンパンポーン、と放送が入った。洞窟の中に回折する。
『Aを選んだあなたにはこの効果をプレゼント♪』
自販機の裏に表示された文字を睨む。
【カフェとお花】……《カフェイン摂取量とトイレに行きたさに比例して身体機能が上がる》
はぁ?とつい声に出してしまった。
カフェイン摂取量はともかく、ね。
トイレに行きたさって、なによ。
……と、疑問に思っていると体に寒気が走った。
「う、トイレに行きたい……」
当たり前である。朝から色々飲みすぎた。そして先程もいちごオレを三本飲んでいる。
膀胱に軽く手を当てた私はハッとなった。……これか!トイレに行きたくなったら強くなるっていう!
(誰が考えた……!このクソ効果……!)
と私は久しぶりに悪態をついた。
つまらないゲームでも律儀に遊んでいられるこの私にクソと言わせることが出来るこの声主、やるな。
しかもよく見れば、ゲームでいう頭の上の「HPバー」表示がされているところに、黄色いバーが八割まで登っていた。そして今も登っている。
私の予想が間違っていなければ、『トイレに行きたさ』のバーなのだろう。……この力に悪意を感じる。
問題なのは、バーが気になってしまうと、さらにトイレに行きたくなることだ。悪循環だ。早めに地上に戻りたい。おうちに帰らせて!
私がスライムにパンチを入れた。
するとスライムはプシューっと異様な音を立てて蒸発してしまった。再生はしない。
……が、私もいい加減内股気味になってきていた。
(……トイレ……)
ここはもうひと踏ん張りだ。
近寄るスライムを蹴る。殴る。そして再度合体した個体が、牙を向けてきたタイミングでもう一発パンチを入れた。
(……トイレ……)
氷の粒が飛散する。無数の雫となって、空気に溶けた。
「はぁ……はぁ……」
体力的な疲れはないが、精神的な消耗は大きい。イチゴを耳飾りにしまって、私は「あっ……」と泣きそうな声を漏らしてしまった。
そう。
忘れていた。
来る時はペットボトルの潜水艦で来た。
その時は一本飲むのが条件だった。
……つまり帰る時も。
…………。
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