a key.pwl

ユキが死んだ。


突然の交通事故、即死だったらしい。


結局俺たちはただの友達のまま終わってしまった。


ユキは普段から危なっかしいやつだった。危機管理能力がまるでなく、こいつはあっさり死にそうだなとは思っていた。が、まさかこんなにも早く死んでしまうとは。


写真ファイル、"ユキ"と検索し表示された728枚の写真と960本の動画たち。


初めて出会った小学校の頃の写真。

一緒に遊園地に遊びにいった時の写真。

高校の合格発表を一緒に見に行って、二人揃って落ちてた時の写真。

カブトムシを取ろうと木を登り、うっかり落ちてしまった時の動画。

誕生日パーティーのサプライズ動画。

一緒にカラオケに行った時、一番の盛り上がりのところで店員が入ってきて気まずくなった時の動画。


どの写真も、どの動画も、いつでもそこにはユキの笑顔が写っていた。


明かりの消えた俺の部屋の中で、一から順番に、早送りもせず見返して、気づけば一日が終わってしまう日もあった。


そんな空白の日々を過ごしていた。


だがある日、止まった時がまた少しだけ進み始めた。


ユキのストレージが公開されたのだ。


俺には一つだけ心残りがあった。


ユキは俺のことをどう思っていたのだろうか。


本当は今度の花火大会を一緒に見に行って、そこで告白する計画だった。


だがその告白も結局できず終い。

ユキの気持ちもわからぬまま終わってしまったのだ。


もし、ストレージを見れたら、もしかしたら俺への気持ちもわかるかもしれない。


今更知ったところでもう何も変わらない。そんなことは分かっているがどうしてもそれだけが気がかりなのだ。


ユキのストレージを国営のサイトから見つけ出し開いてみた。


[パスワードを入力してください]


画面にそう表示された。


そりゃそうだよな、パスワードを知っている人しかストレージなんて開けるわけがない。


...そういえば一度二人のパスワードについて話したことがあったよな。


動画ファイルから"パスワード"というワードを加えて検索してみた。


すると一件、2285y8m2d.mp4というファイルが表示された。


ドキッとした。ここにパスワードがあるかもしれない。


再生すると騒々しい蝉の鳴き声とともに、太陽にキラキラ照らされ輝く川が映された。


自分は足を川につけて座っており、すぐとなりには白いワンピースに麦わら帽をかぶったユキが同じように座っていた。


「...私達もいつか死ぬ日が来るのかな。」


ぽつりとユキがつぶやく。


「そりゃ、人間なんだから。いつかは死ぬさ。」


そう昔の俺が答えるとやはりユキは寂しそうな顔をする。


「...ユウタのストレージのパスワード教えてよ。もしユウタが先に死んじゃっても寂しくないように。」


「えぇー、やだよ。...ユキも教えてくれるんなら良いけど。」


「んー、じゃあ絶対教えてあげるから先教えて。」


「ほんとに?」


「ほんとほんと!」


「...286384963728837466」


「なっが!」


「普通みんなもこんぐらいだって。ほら、俺も言ったんだからユキも教えろよ。」


「うーん...実は私パスワード無いんだよね。」


「おい!ごまかすな!ずるいぞ!」


「ほんとだってー。」


そういってユキが川の中の方へと逃げていく。――――


そうだった。結局このときもはぐらかされてわからず終いだったんだよな。


つかんだと思った手がかりが空振り、思わずため息をつく。


ところでパスワードは全部で何桁なんだろう。


もういちどさっきのサイトを開く。


表示されたアンダーバーは一本。


...一桁?


冗談だろ...0から9まで試せば開いちゃうじゃないか。


まさか自分が死んで、誰かにストレージを見られるとは微塵も思ってなかったんだな。


フッと思わず鼻で笑う。あいつらしいといえばあいつらしい。


早速順番に試していった。一回一回自分がロボットかどうかテストされてるのは面倒だったが、順調に一つ一つ試していった。


いよいよ最後の数字、9と打ち込み、実行を押す。


[パスワードが間違っています。もう一度お試しください。]


あれ...?どれか飛ばしたか...?


もう一度0から9まで試していったがやはり開かない。一体どうして...?


一桁しか無いのは間違いない。それなのにどの数字で試しても開かない。


自作の隠しコマンドでも用意したのだろうか。でもあのユキが?そっちのほうがよっぽど不可解だ。


もう一度自分のストレージから検索してみることにした。こんどは音声ファイルから、"ユキ"と"パスワード"というワードで検索してみる。音声ファイルは容量が小さく済むからより多く残ってるはずだ。


検索すると28件の.mp3ファイルが表示された。


一つ一つ聞いてみたがどれも外れ、パスワードに関することは何も言ってなかった。


もしかしたら、パスワードという言葉じゃなく、別の言葉で話していたのかもしれない。


俺はまた一からすべての動画を見返すことにした。



―――― 2286y10m2d.mp4


ユキの玄関でチャイムを鳴らすと、インターホンから「鍵開いてるから勝手に入ってきていいよ」


という声が聞こえてきた。


玄関のドアを開け、靴を脱ぎ、二階のユキの部屋へと登っていく。


ドアをノックし「入るよー?」と声をかけ、ドアを開く。


すると「誕生日おめでとー!」と元気に誕生日ケーキを持ってユキが飛び出してきた。


だが勢い余って持っていたケーキがこちらの方に飛んでくる。


バチャ!というともに映像が真っ暗になる。


「...ありがとう」


真っ暗になった視界から「テヘッ」という声が聞こえてきた。――――


こんな事もあったな。これは確か中2の俺の誕生日だよな。


―――― 2283y7m29d.mp4


ちょっとこれ持ってて!とユキが俺に水筒と虫かごを渡すと、周りの物より一回り大きい木をよじ登り始めた。


セミがうるさく鳴くなか、ユキは汗を流しながらせっせと木を登っていく。


木漏れ日の光に目をくらませながら、危ないよー!なんて俺が声をかけるが、大丈夫だって!と、ユキはさらに上の方へと登っていく。


上の方まで登り、ユキが何をしているのか見えなくなった頃、上の方から、捕まえた!というユキの声が聞こえてきた。


無事に登りきれたことに安心したが、その瞬間、きゃあという悲鳴が聞こえてくる。


上を見るとユキが木の上から落ちてきていた。


とっさにキャッチしようと手を出すが勢いを殺しきれず一緒にころんでしまう。


ゆっくりと目を開けるとユキがびっくりした顔で固まっていた。そしてゆっくりこちらに目線を合わせるとそのまま二人して思いっきり笑ってしまった。――――


こんな事もあったなぁ、結局捕まえたカブトムシも逃げちゃってたんだよな。


また一人でくすりと笑った。


それ以外にもいろんな動画を何回も何回も見た。平均約一時間、計1027時間もの動画たち。どの動画を見てもたった一桁のパスワードについては話していなかった。


だけど、ひとつ、答えを見つけた気がする。


一ヶ月ぶりにまたあのサイトを開いた。


ユキのページを開く。


一本のアンダーバーと0から9までが表示されたボタンたち。


だが俺は、一桁も数字を打たずに実行ボタンを押した。


画面にはloadingの文字。


「...開いた。」


まさか本当にパスワードがないとは...。あまりにも常識から外れていて、試そうとも思わなかった。


大量のファイルが表示される。適当にファイルを開こうとする。が、思わず手が止まった。今更だが勝手に開いても良いのか...?


葛藤していると一つのフォルダが目に止まった。


"ユウタへ"


これは...俺に当てたフォルダ...?俺に送信する予定だったのだろうか?


恐る恐る開いてみる中には一つだけファイルが入っていた。


タイトルは"ユウタへ(ユウタ意外は絶対見ないで!!!).mp4"


2285年8月2日、今から約三年前に撮られたものだ。


動画を再生すると鏡越しにユキが映された。


「えーとこの動画をユウタが見ているということはユウタは私に本当の気持ちも何も言えぬまま私は事故か何かで死んじゃったんだと思います。なのでね、これはそんなのんきなユウタ君に向けた遺書、というか遺動画ということになります。」


そう言ってこちらにぴーすして見せる。


「えーと、まずテスト合格おめでとう!まさか本当にパスワードなしだとは思わなかったでしょ?私のことをよく理解している人だけ、パスワードを知らなくてもストレージを見られるという仕掛けだったんですねー」


そういってユキはドヤ顔して見せる。


「ユウタはわたしがわざわざこんな動画を残していることに驚いていると思います。どうせ私の危機管理能力の低さは無自覚だと思ってるんでしょ?ざんねーん!自覚してまーす!!」


体の前で腕を交差させバツを作って見せる。


「どうせわたしはあっさり事故とかで死ぬだろうから念のためこんな物を撮っておきました!えーと結論から言います...えー...私はユウタのことが大好きです!」


ユキが顔を赤くする。


「自分で撮ってて言うのも何だけどかなり恥ずかしいな...でもほんとに好きなんです。どうせユウタも私のこと好きなんでしょ?でもなかなか伝えられずムズムズしてるだろうからね。私が先に死んだときだけ私から告ってやるよ!」


またこちらにぴーすして見せる。


「ただ、今もうそこに私はいないしきっとユウタと付き合えてもないと思う。それは何だがすごく寂しい!でも大丈夫!私はとっとと天国に行くから!あんたは浮気し放題!私のことなんかさっさと忘れて楽しく暮らすこと!わかった?」


画面が滲んだ。泣いているのはユキだろうか...それとも俺が泣いているのか。


「話は以上です!またいつか会いましょう!」――――


動画はそこで終わりだった。またいつかって、どんだけ先のことだよ。


窓の方を見ると、夜にも関わらずやけに外が明るかった。


カーテンを開けると遠くで行われている花火大会が見えた。


「...花火ぐらい見てから行けばよかったのに。」


花火の写真を撮る。


またユキのストレージを開き、一枚の写真を添付したフォルダーを新しく作成した。


フォルダー名は"愛してる"。

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ストレージ 偽物 @Orio1014

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