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カランカランと鈴の音がなる。


開いた扉からスケッチブックを持った小さな子どもが顔を覗かせている。


子供は店内をキョロキョロと見回しながら中へと入ってきた。


「あのー...」


声が店内に小さくに響く


「あのー!」


先程より声量を上げてまた声をかけてきた。


「...なんだ。」


「こ...ここはお絵描き屋さんですか...?」


「...画材屋だ。」


「クレヨン...ください」


「金は?」


子供はポケットに手を突っ込み500円玉を2枚取り出して私に見せた。


絵を描く手を止めて筆を置き、クレヨンを置いている商品棚へ向かう。


「20色入りでいいか?」


「...」


返事がないので子供の方を振り返ると、子供は私が描いていた絵をじっと見つめていた。


「俺の絵がどうかしたのか」


「この絵、おじさんが描いたの?」


ああ。と適当に返事をした。


クレヨンを袋に詰め、レジからお釣りの218円を取り出し、子供のもとへ持っていく。


「ほら、クレヨンとお釣りだ。」


「...すっごい上手だね。」


「あ?」


子供の手から1000円をとり、代わりにお釣りとクレヨンをもたせる。


「ほら、クレヨンとお釣りだ。とっとと帰りな。」


そういって絵の席に戻りまた作業を再開する。


筆に翡翠色の絵の具をつけ、キャンバスの上に色を伸ばしていく。


他にも藍に山吹、瑠璃に、灰、様々な色を乗せていく。


...


「...おい、いつまでそこで見てるつもりだ。」


「...ねえおじさん」


「なんだ」


「私にお絵描き教えてよ」


「は?」


ふざけているのか?なんで俺がわざわざ見知らぬ子供に絵を教えてやらんといけないんだ。


「断る」


「いいじゃん、ケチ。」


「とっとと帰れ」


「嫌だっ!」


子供は頬を膨らますとその場に座り抱えていたスケッチブックを開いた。


そしてさっき渡した袋からクレヨンを取り出すたと思えばその場で絵を書き始めた。


「冗談だろ...」


正直迷惑だ。これだから子供は嫌いだ。


仕方なく子供は無視して絵を描くことにした。




30分程経っただろうか、ふと子供の方を見た。


黙々と絵を描いている...が...


「...ひどい絵だな。」


「えー、ひどいこと言うなぁ」


「ちょっと貸してみろ」


クレヨンセットから黒を取り出し影を入れていく。


「うわ、全然違う!」


「このぐらい基礎だ」


「おじさん凄いね!じゃあここはどう描けばいいの?」


「調子に乗るな。私は教えないと言っているだろ」


「ちぇっ、」


子供がそっぽを向くとまた絵を描きはじめた。


「...そこはそんなにクレヨンを立てるな。」


「こう?」


「そうだ。力もあまり入れすぎるな。」


「なるほどー?」


「...だから力を入れるなと言ってるだろ、馬鹿なのか?もっとこう優しくだな...」




気づけば教えるのに夢中になっていた。ふと見ると既に外は暗くなり始めていた。


「...もう外も暗くなりだした。いい加減帰れ。そして二度とここに来るな。」


やっと子供はスケッチブックを閉じた。


帰り際、笑顔でまた明日ー!なんて言って。


ふざけるなと返してやろうと思ったがすぐに扉は閉められてしまった。



次の日、また扉からカランカランと鈴の音が鳴った。


嫌な予感。扉の方を見るとやはりそこには昨日の子供がいた。


「こんにちは!」


「...もう来るなと言ったはずだ。」


「まあまあ、いいじゃん!」


そう言って昨日と同じ場所に座りスケッチブックにまた絵を描き始めた。


「...どうして今時アナログで絵なんか描くんだ?」


「?あなろぐ?」


「...まあいい。今日はもう何も教えてやらんからな。」


はぁいと子供は不服そうに返事をし、また絵の続きを書き始める。」




数時間後。


「...だからそこは緑じゃなくて...そうだ...そこに...っておい。」


まただ。またこの子供に絵を教えるだけで1日が終わってしまった。どうして...


「もう教えないって言っただろ。」


「でも教えてくれたのおじさんじゃん。」


「っ...ほんとにもうここには来るな。」


「嫌だ。」


このクソガキっ...!


「...じゃあ、わかった。日曜日と月曜日だけ教えてやる。それ以外は来るな。これでいいだろ。」


「しょうがないな〜」


そういって子供はまたね、と笑顔で帰っていった。




次の日。


扉がまたカランカランと鈴の音を鳴らす。


「こんにちはー」


また子供がやってきた。


「おい。」


「え?」


「日曜日と月曜日だけと約束したはずだ。今日は木曜日だぞ。」


「でもここ好きだし。今日はほんとに勝手に描いてるだけにするからいいでしょー?」


はぁ、とため息をつく。


「お前の絵を見ていると口を出したくなる。描くなら私に見えないように描いてくれ。」


子供ははーいと返事して少し離れたところで絵を描き始めた。


あいつこれから毎日来るんじゃないだろうな...


その日以降も子供は毎日画材屋へ来た。




数ヶ月後。


扉からカランカランと鈴の音が鳴る。


「こんにちはー!」


いつものように挨拶を無視する。


「ねぇおじさん」


「なんだ」


「今日私誕生日なんだ」


「だからなんだ」


「私の絵描いてよ!」


子供は目を輝かせる。


「断る」


あっさり断ると、子供は頬を膨らませた。


「いいじゃん!一年に一回の特別な日なんだよ!今日ぐらいいいでしょ?」 


大きくため息を付いた。


「...今日だけだぞ」


やったー!と子供は喜ぶとイーゼルの目の前に椅子を運び座った。


席について、子供を観察する。まだ全体的に幼く、顔の輪郭は丸々としている。


まずは木炭で輪郭を描く。一通り下書きを描き終えると、次は色を載せていく。




何時間経っただろうか。気づけば外は暗くなりだしていた。急いで仕上げを施す。


「描けたぞ。」


ホント?!と子供は飛び上がりこちらに駆けつけてきた。


絵の中の子供は森の切り株に座っていた。


温かい日差しに包まれこちらに微笑んでいる。


「私が木より大っきいよ??」


「遠近法だ。近いものは遠いものより大きく描くんだ。」


へえーと子供は絵をまじまじと見つめる。


「ありがとうおじさん!データで保存していい?」


「駄目だ。」


えっ、と子供は驚いたような顔を見せる。


「持ち帰るのは構わんが、データ保存はだめだ。絵が絵である意味がなくなる。」


子供は不思議そうにわかった、と返事をした。


それからも子供は毎日画材屋に来た。雨の日も、雪の日も、嵐の日も来たときは流石に焦った。


気づけば子供は中学生、高校生と成長していった。



扉からカランカランといつもの鈴の音がする。


「こんにちは!」


「...今日は早いな。」


ニヤニヤしながら子供はこちらへとにじり寄ってきた。


「おじさん、山行かない?」


「は?」





木漏れ日さしこむ山道は空気が澄んでいて気持ちが良い。たまには外に出るのも悪くは無いかもしれないな....この大荷物が無ければ。


「なんなんだこの荷物の量は。」


「だって仕方ないじゃーん、テントに画材に食べ物にその他諸々運んだらこんぐらいになるさー」


「テント?」


「...?もちろん一泊するよ?」


「...ふざけるなよお前。店に客が来たらどうする。」


「あんな店誰も来ないって!だしどうせおじさん暇でしょー?」


...何も言い返せないのが悔しい。


「一旦ココらへんで休憩しよっか!」


そう言って荷物をドサッと下ろす。


山の中腹あたりまで来ただろうか。標高が少し高いのと、森のお陰で真夏にも関わらず涼しい。


「ちょっとスケッチして良い?」


「どうぞ」


そういうと子供はスケッチブックを取り出し森のスケッチを取り始めた。


ただ待っているのも暇なので、自分もスケッチを取ることにする。


「...そのスケッチブックは今何冊目だ?」


「73冊目!」


「それ全部うちに置いてあったやつを勝手に持っていったんだよな。」


「そうだけど?」


「...いつかちゃんと金出せよ。」


「わかってるって!作品じゃんじゃん売りまくってすぐお金持ちになるから!」


そういってこちらにピースサインを見せる。


「...画家になりたいのか。」


「うん!今は美大目指してるんだ。」


「...そうか。」


しばらくしてからスケッチを描き終え、また登山道へと戻った。


登っている途中、子供は学校の話や最近の流行り物の話、今後行きたい場所、他にも色んな話をしていた。




「あ!着いた!」


少し先に森が開けている場所が見えた。おそらくあそこがキャンピングスポットなんだろう。


「早くテント張ろ!」


はいはいと適当に返事をし、テントを取り出す。


スイッチを押すと自動でテントが広がる。


「もう暗いし焚き火しようよ!薪木集めてくる!」


そういって森の中へと駆けていった。


ソーセージやら野菜やらを串に刺して帰りを待つ。


「おまたせー!」


子供は大量の木の枝を運んで帰ってきた。


「早く火点けよ!」


「はいはい、ライターは?」


子供はちょっとまってね、とリュックの中をゴゾゴゾと探り出した。


「...ライター忘れたかも。」


「は?」


ごめーん、と子供が手を合わせる。


仕方ない。枝の束の中から細い木の枝と太い木の枝とわらを取り出す。


「何するのー?」


「良いから見てろ。」


太い枝を縦にカッターで割り、その断面に細い枝をくるくる縦に回転させて擦り付ける。


子供はじーっとその様子を眺めている。


小さく火花がたった、出てきた火の粉を素早くわらの中に入れて息で空気を送り込むとわらから大きな火が立つ。


おお!と子供が拍手をする。


「じゃあ早速焼こ!」


串を取り出し火に近づける。


パチパチと焚き火が燃え、二人を赤く照らす。この光景を見ているだけでも一日が潰れてしまいそうだ。


火が通ってきたようなので試しに鶏肉をかじってみる。


...塩だけじゃ味がつまらないな。


「マヨネーズとかいる?」


「くれるか」


はい、といってマヨネーズを鶏肉に垂らす。


一口かじってみた。


「...!」


「そんなに美味しい?」


「あぁ、これはなかなか美味いな。」


鶏肉の感想を言うと何故か子供はにやにやしながらこちらに寄ってきた。


「マヨネーズ口に付いてるよ。」


そういって俺の口元についたマヨネーズを指で拭い、それをペロッと舐めてみせた。


「汚いぞ」


「そんなことないって」


子供はそう言って笑って見せる。


「...ずいぶんと大きくなったな。」


「ただの遠近法でしょ。」


そういって自分の座っていた場所に戻っていった。


「...ていうかさ、逆におじさんは出会った頃から全く歳とってなくない?」


「...不老不死なんだ。」


「えっ?!」


あまりに急な告白に子供は串を落としそうになる。


「ちょうどお前が初めてうちに来た頃の少し前だったか、脳をエターナルボディに移植したんだ。この体は歳をとることもなければ寿命や事故で死ぬこともない。」


「なんで不老不死になろうと思ったの?」


「...死んだら人は忘れされていくものだ。どれだけみんなに愛されようともいつかは忘れ去られてしまう。たとえデータとしてマザーコンピュータに保存され続けたとしてもだ。それは...なんというか...」


「...寂しい?」


詰まった言葉に子供が付け足す。


「...そう...なんだろうな。」


すると子供はブッ、と吹き出し大きな声で笑い出す。


「何笑ってんだクソ」


「おじさんって結構普通なんだね」


子供は笑いすぎたせいではぁはぁ呼吸を浅くしながらそう言った。


「悪いか?」


「全然!ただなんか意外だなって!」


「期待ハズレで悪かったな。」


「だからそんなんじゃないってー!」


子供が頬をふくらませる。


「...でも、おじさんが不老不死なら、私のことはずっと忘れられないで済むね。」


「...そうだな」


「...因みにおじさんて今何歳なの?」


「...30だ。」


「え?!」


その日の夜はテントで一泊し、次の日夕方まで山で絵を描いてから帰った。




そのまた次の日、街で大きな地震が起きた。




...揺れは収まったか?


体にガラス片が大量に刺さっていたが痛みはない。このボディのおかげか。


それよりも気になることがある。


いつもの子供が今日はまだ来ていない。


時刻は16:00。今日は平日だからそろそろあいつが来てもおかしくない時間だ。


電話をかける。つながらない。不安がますます広がっていく。


気づけば俺は店から飛び出していた。昔嵐の日にあいつを家まで送ったことがあった。家の位置はなんとなく覚えている。


街の建物はあちらこちらで倒壊していて、色んなところから大人の叫び声や子供の泣き声が聞こえてくる。


はぁ。はぁ。


あいつの家についた..はずだ。だがそこにはおそらくもともと家だったであろう瓦礫達が積もっているだけだった。


「おい!俺だ!ここにいるのか?!助けに来たぞ!」


返事はない。


瓦礫の上へ駆け込み必死に瓦礫をどかす。


「なあここにいるんだろ!返事をしろ!」


返事はない。瓦礫どかす。


「今日は月曜日だ!先週の絵の続きを教えてやる!」


返事はない。瓦礫をどかす。


「そうだ、もうすぐお前の誕生日だったよな!また絵を描いてやる!だから出てこい!なぁ!」


返事はない。瓦礫をどかす。


「...そうか!ここにはいないのか!そうだよな。俺の早とちり...」


瓦礫をどかした。そこに、子供の顔が見えた。


「...いるなら返事をしろ。クソガキ。」


返事はない。





その日起きた地震は25万の命を数分で奪っていった。


行方不明者や重症者も合わせるともっと大きな数字になる。


その後この地震は8.18大震災と名付けられ人々の歴史に刻まれた。だがしかし、時が流れ、この悲劇は過去の出来事となり、徐々に人々はこの災害を忘れ去っていった。






「この度は特別展示会の開催決定おめでとうございます。本日取材をさせていただきます、新栄新聞のタナカと申します。よろしくおねがいします。」


「よろしく」


「イガラシ先生の作品には共通して一人の少女が描かれていますが、この方は実在する人物なのでしょうか?」


「ああ。」


「そうですか。イガラシ先生とはどのようなご関係なのか伺ってもよろしいでしょうか?」


「...娘だ。」


「...?少々失礼なことを伺いますが、イガラシ先生に交際経験はありませんでしたよね?」


「...あぁ。この子供も実の娘ではない。それにもうこいつは死んでいる。」


「...そう...でしたか...ちなみに亡くなられたのはいつ頃でしょうか...?」


「235年前だ。」


「にひゃっ...な、なるほど。では...イガラシ先生がアナログで絵を書き続けるのはなぜでしょうか?」


「絵の面白さは絵の具の質感だ。その日その時に寄って違う色の出方をするんだ。それにデジタル画はデータとしてしか残らない。データは永久に残り続けるとしても人々はいつかその存在自体を忘れてしまう。だがアナログ画はそこに存在さえしていればすぐに思い出せる。だから俺はアナログでしか描かない。」


「なるほど。では一貫して作品のデータ保存を許さないのもそれが理由でしょうか。」


「まあそうだ。変なこだわりであることは分かっている。」


「なるほど。では次の質問です。企画展の入り口の自動ドアに取り付けた鈴にはどのような意味があるのでしょうか。」


「...あの音が好きなんだ。俺の作品を見る人にも一度聞いてほしいと思ってな。」


「なるほど。では最後の質問です。今回の作品展イガラシミライ展にサブタイトルをつけるとしたらどのようなものをつけますか。」


「...不滅。」

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