ストレージ

偽物

i love u.emt

「好きだ!付き合ってくれ!」


校舎裏に響く声。


鼓動の高鳴りを感じる。人生で一番緊張する時間といっても過言ではないだろう。


彼女方を恐る恐る見上げてみると、瞳が細かく震えていた。


「あの...」


彼女が口を開いた。


「はい...」


「どうかした..?」


「え?」


「いや、なんかさっきからこっちをじっと見つめてくるから...なんか顔についてる?」


「....え?」


ごまかされている...?振られたのか...?


「なに、どうかしたの?」


「いや...だからその...好きだから付き合ってくれ!」


もう一度言い直してみた。もうこれはNGのサインなのか...?


驚いたような顔を彼女は見せた、そこには喜びも混ざっているように見える。本当にさっきの告白は聞き逃されたのか...?


「あの...」


彼女が口を開いた。


「どうしたの...?さっきからこっちを見つめて...なんか顔についてるんでしょ?」


?????


また?やっぱりこれはNGサインってこと...か........いや...もしかしたら....


「...お前今脳のストレージどのくらい残ってる?」


「え?えーと、だいたい23ペタバイトぐらいだけど...どうして?」


23ペタバイト...さすがに容量オーバーによる自動記憶消去ではないか...


「なんでそんなごまかし方をするんだ。せめてちゃんと振ってくれないか。」


「振る?何を?」


「だからおれがお前に告白しただろ?!」


「えっ...!」


また彼女が驚いたような顔をする。


「え?」


「そ、その...」


「お、おう」


急に彼女が顔を赤くした。今度こそ伝わったのか...?


「...どうかした?やっぱり顔に何かついてる?」


「あぁ!クソっ!」


「どうしたの?急に。」


何が起きてるんだ...?バグか?でもバグなんて最後に発見されたのはもう何百年も昔の話だろ?


「...どうやらお前はバグってるみたいだ。一回病院に行こう。」


「え?!私バグってる?!全然実感ないよ?」


「バグなんてそんなもんだ。早速一緒に行こう。」


彼女の腕を少し強引に引き病院へ向かう。




近所にある診療所。人影はなく中は新品同様にピカピカ。


中へ入ると奥から1台ロボットがやってきた。


「コチラへドウゾ...」


ロボットが診療室まで案内する。


「私病院来たの初めてかも」


「俺も初めてだな。」


「なんか寂しい感じがするね」


「...そうだな。」


診療室の扉がゆっくりと開く。


「患者さんなんて久しぶりだよ。今日はそちらのお嬢さんが不調かな?」


中には白衣を着た60歳ほどにみえる医者らしき男がいた。


「そうらしいです」


彼女が答える


「らしい...?自覚症状はないということかな?」


「はい」


「てことは君がここにお嬢さんを連れてきたということだね。症状を教えてくれるかい?」


「症状なんですが...その...実はさっき俺は彼女に告白したんです」


医者がほう、と少し驚いたような顔を見せる。


「ですが...俺が彼女に告白するとその記憶がすぐに消去されてしまうようで...。容量はまだたくさん残ってますし多分ストレージにバグが起きているのかなぁと思いまして...」


「なるほど。それでうちに来てくれたんだね。ちなみにお嬢さん、今の話を聞いてどう思った?」


「...?今の話ですか...?記憶が飛んでいる実感はないなぁって感じです」


「...?告白された記憶はあるのかい?」


「...?告白...?何の話ですか?」


会話が明らかにすれ違っている。


医者がなるほどというようにカルテにメモを取っていく。


「この手を見てくれるかな?」


医者がピースサインを作って彼女に見せる。


「このピースサインには愛の告白という意味があるとしよう、仮にね。そして君はこのピースサインをそこの彼から向けられた。」


「え、俺そんな告白の仕方してないですよ」


まあみてなさいと医者が俺を止める。


「...?なんでピースしているんですか?」


...!


「私から伝えても記憶が消えてしまうようだね...ということは彼女は君から告白されたという事実やそれに関連してしまう出来事を自動で即消去してしまうということかな?このままもう少し詳しく検査してみようか」


そのまま隣の部屋へと案内される。


「このコードをこめかみの差込口にさしてくれるかな?」


彼女は不思議がりながらも頭にコードをつなげる。


「じゃあ君、この子にここで告白してみてくれないか?」


「えっ?!」


医者は微笑んだ。


「そ、その...好きです...付き合ってください...」


さすがに人前で告白するのは恥ずかしい。


相変わらず彼女は何事もなかったかのようにきょとんとしている。


「やっぱりダメみたいですね...」


「もう一回。」


「え、またですか」


「いいからいいから」


「えーと...好きです、付き合ってください...」


「もっと熱烈に!」


「えっ、す、好きだっ!付き合ってくれっ...!」


「もっと!」


「あ、あの、楽しんでません?」


「おや、気づいたか」


医者はははっと笑う。


「でも面白いデータが取れたよ」


そう言って医者はこちらにディスプレイを見せる。


「このグラフはお嬢さんのストレージの残り容量の増減の推移を示しているんだ。今は私の話を聞いているから、少しずつだけど減少していってるのがわかるかな?」


はいと頷く。


「じゃあ少し遡ってみよう。」


そう言ってグラフを右に流していくと突然グラフが急激に落ちている部分が3つ現れる。


「ここだけ急激にストレージ残量が減っているのがわかるね?じゃあこの時間の音声を再生してみよう。」


そういって医者は音声ファイルを再生した。


[じゃあ君、この子にここで告白してみてくれないか?]


[えっ?!]


[そ、その...好きです...付き合ってください...]




「ここ...おれがさっきここで告白したシーンですね」


「そう、君が告白したことで何らかの原因で急激にストレージが減少し、そのまま容量オーバーによって記憶自動消去機能が作動したということらしい」


「...いやでも、まだこいつの容量は23ペタはあるんですよ?この程度の音声データ保存するのには2メガバイトぐらいしか使わないはずじゃ...」


「ちなみに今この会話をしている間も何度もお嬢さんの記憶消去は繰り返されている。君のお嬢さんへの想いに関するデータは全部だめなみたいだね。」


「一体どうして...?」


「そこで2回目の告白ではそのとき保存しようとして失敗したデータのバックアップを取ってみたんだ。見てみよう。」


そういって医者は一つのフォルダの表示させた。


「これが面白いことにね、フォルダ内のデータのサイズがなんと289ペタバイトもあるんだ」


「289ペタバイトですか?!」


フォルダをクリックすると大量の同じ名前のファイルが現れた。


ファイル名は"i love u.emt "


「emt拡張子はその人の体験した感情を保存するもの。ファイル名のi love uは...一体どういう意味だろうね」


「...」


彼女の方を見ると、相変わらずポカーンとした顔をしている。


「まあ、要するに君の告白により、何らかの感情が大量に溢れかえり、そのまま容量オーバー。データが消えちゃってたということみたいだね。」


「...つまり俺の告白がこいつに届くことはないってことですか...?」


「それなんだけどね...1回目、2回目、3回目のデータを比べたら、少しずつではあるけど発生する感情ファイルが減っているのがわかったんだ。」


「ということは...どういうことですか?」


「君が告白するたびちょっとずつ彼女にも耐性がついていっているということだ。何回も愛を伝えればいつかはお嬢さんに届く日が来るかもしれないね。」


「はぁ...なるほど」


その後俺達は病院を去った。


暇なのか、医者は出口まで見送ってくれた。


いつの間に時間は経っていたようで、陽は沈みかけていた。


「結局何もわからないまま検査も終わっちゃったね。」


「あ、あぁそうだな」


まさかこいつも自分のストレージを勝手に覗かれたとは思ってもいないんだろうな。


「結局私ってバグってるのかな...?」


「...ただの俺の勘違いだったかも」


「なーんだ、無駄に心配したじゃん」


夕陽が目に染みる。


「...愛してる」


「...」


彼女からの返事はやっぱりなかった。

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