三 おまじない
このままでは、いつまで経っても外に出ることができない……もし出られなければ、このまま、異次元と化した学校の中にあの子と一緒に一生閉じ込められてしまうんだ……。
そんな絶望的未来を予見し、A子さんは泣きべそをかきながら、くしゃくしゃの顔でなおも必死に逃げ惑います。
そして、なんとか逃げ延びる方法はないものかと必死に考えたA子さんは、〝ナグサちゃん〟のウワサに付随する、ある話を思い出しました。
まあ、とるに足らないオマジナイのようなもので、いかにもとって付けたような話ですし、誰かが付け足した尾鰭のようにA子さん達も思っていたのですが、「もしもナグサちゃんに出会ってしまったら、彼女の探している忘れ物のノートを渡してあげれば助かる」とも言われていたのです。
もちろん、彼女の忘れ物が今もあるわけないですし、そのノートというのはなんでもかまいません。忘れ物に見立てたノートをとにかく渡せばいいんです。
「…ハァ……ハァ……ノート……もう、それしかない……」
なんとも眉唾物の話ではありましたが、半信半疑ながらもその対策法にA子さんはかけてみることにしました。
「ちゃんと、戻れればいいんだけど……」
真っ暗な校舎の中、何度も階段を上がったり下ったりして、最早、自分がどこにいるのかもわからない状況になっていましたが、A子さんは記憶を頼りに、なんとか自分の教室へ戻ろうとします。
すると、外へ出ることを諦めたのがよかったのか? 予想外にもすんなりと、今度はなんの苦労もなく、A子さんは教室に戻ることができました。
「…ハァ……ハァ……の、ノート……ハァ……ハァ……」
教室へ転がり込み、再び自分の机へ飛びついたA子さんは、肩で息をしながら引き出しの中を探ります。
「…ハァ……ハァ……あ、あった!」
「……ノートがないの……どんなに探しても、わたしの忘れ物したノートが見つからないの……」
A子さんの手が算数のノートを掴むのと、またもナグサちゃんが背後に現れるのは同時でした。
「は、はい! これ! あ、あったよ……あなたの、忘れたノート……」
一縷の望みを託し、振り返りざま、A子さんはそのノートをナグサちゃんに差し出します。
「…ノート……わたしのノート! あった! わたしの忘れ物のノート!」
と、そのノートを手にしたナグサちゃんは、初めて同年代の女の子らしい声で、歓喜の叫びをあげました。
ふと見れば、その顔もあの恐ろしいものから、なんとも可愛らしい少女のものに変わっています。
「……やっと、やっと見つかった……わたしの忘れ物……見つけてくれて、ありがとう……」
そして、笑顔でA子さんにお礼を言うと、夜の闇に溶けてゆくかのように、すぅー…とナグサちゃんの姿は消えてなくなりました。
瞬間、彼女の手にしていたA子さんのノートは、パサリと床に微かな音を立てて落下します。
「……ハァ〜……助かった……のかな?」
緊張の糸が切れ、大きく深い溜息を吐くと、A子さんはその場にへたり込みます。
そのまましばらく呆然とした後、改めて昇降口へ向かってみましたが、今度はまるで何事もなかったかのように、いとも簡単に学校から出ることができたそうです。
ただし、家に帰っても遅くなったことをお母さんにこっぴどく叱られ、体験した出来事を話しても信じてはもらえず、挙句、もうクタクタでリコーダーの練習もできなかったがために、けっきょく翌日のテストも不合格で音楽の先生にも怒られる羽目になってしまったのではありましたが……。
まあ、それはともかくとして、後からその時の体験を考えるのに、ナグサちゃんの霊が彷徨い出た理由について、なんとなくわかったような気するとA子さんは言っていました。
彼女の死後、ナグサちゃんの私物は当然処分されてしまったでしょうし、いくら探しても彼女の忘れ物のノートは学校の何処にもあるはすがありません。
だがら、忘れ物を取りに来て亡くなってしまったナグサちゃんは、そうとも知らずにずっとその忘れ物を探していたんじゃないかと。
それゆえに、A子さんが代わりのノートを手渡してあげると、あんなにも喜んで姿を消したのでしょうが、果たしてあのまま成仏してくれたのか? それとも、あれは単に一時的なもので、今でもけして見つからない忘れ物を、ずっと繰り返し探し続けているのか……それは、誰にもわかりません。
(ワスレナグサ 了)
忘れものしただけなのに 平中なごん @HiranakaNagon
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