第30話 記憶は弊害でしかありません

「遅刻する!」

 そう言いながら、セットした髪を気にしながら、仙川駅に着いた電車から飛び出し、制服姿で疾走する女の子は、如月未来。

 俺、橘進の大切な人だ。

「お前が髪のセットに時間をかけるからだ!」

 そんな未来に、俺はあーだこーだ言いながら、追いかける。

 今日は卒業式だ。

 なんだかんだ、俺たちは大学になんとか受かり、こうやって卒業式に遅刻しそうになっているのだ。

「うるさいなあ! 必要だもん!」

「結局走ってるから髪崩れるだろ! 必要なかったって!」

「あああああ! 正論やめて! とにかく走る!」

 そんなことをあーだこーだ言いながら、俺たちは走っている。

 三年間通った、この駅から商店街、商店街から交差点を通って、鳥中がすぐ横にある狭い道……という通学路を走っている。

 走るときに感じる、春の風は気持ちがよかった。

 


 結局、なんとか卒業式には、ギリギリ間に合うことができた。

 俺たち卒業生は、校長先生の話や、在校生の話を聞き、校歌や卒業ソングを歌った。

 途中で泣いている生徒も多く、卒業生だけが歌う歌は、いつもよりうまく歌えていなかった。

 しかし、これがまた、感動するってもんだ。



 卒業式が終わり、一階の教室に戻ると、すぐに担任の谷田先生から卒業証書を受け取ることになった。

「はい。おめでとう」

「ありがとうございます!」

 出席番号順に、クラスメイトは卒業証書を受け取っていく。

「次。如月さん」

「は~い」

 未来は、谷田先生に呼ばれると、すぐに黒板の前にいる谷田先生のところに向かった。

「如月さんは、明るくて、それに、二年生から一気に成績が伸びていたような気がします。よく頑張ったね」

「は~い。ありがとうございます」

 未来は、笑顔で谷田先生を見る。

「これからも……まあ……」

 まあ……と言ってから、谷田先生は俺を見た。

 クラスメイトからの視線も、俺のところに集まる。

「二人で頑張ってねコンチクショウ!」

 谷田先生は、丁寧に筒に包まれた卒業証書を、未来に渡しながら言った。

「あはははははは!」

 クラスメイトは大いに笑う。

 谷田先生は、相変わらず男運に恵まれていない。

 噂ではそろそろ三十路……という話もある。

 気分的には、高校生に先越されてる気分なんだろうな。

「ひゅ~進」

「頑張れよ二人で~」

 俺を後ろの席の、岩波と小宮というクラスメイトは、俺をからかってくる。

「あ~はいはい……」

 俺は、何とも言えない表情をしながら返答した。

 この流れ、何回目だよまったく。

 それから何人かの証書が渡されてから、俺の名前が呼ばれた。

「橘くん」

「はい」

 俺は、谷田先生のところに向かっていく。

 俺が谷田先生の前に着くと、谷田先生は口を開いた。

「……橘くんは、いろんな人のために頑張ってたね」

「いや、そんなことは……」

 俺が謙遜すると、教室からヤジが飛んだ。

「そんなことはあるだろー!」

「そうだそうだー!」

 三年になってから、同じクラスになった林田と、岩波は俺にヤジを飛ばす。

「……ま、そのせいで、センターの自己採点やばすぎて、私に相談してきたことは忘れません。センター前日の塾の帰りに、駅前で潰れてた酔っぱらいを介護しないでくださいね。睡眠不足になるから」

「え! せんせ、なんでそれ知ってんの!」

 クラスは笑いに包まれた。

「如月さんが教えてくれました」

「おいこら未来!」

 俺はそう言いながら、未来を見る。

「へへへ……」

 未来は頭を掻く。

「でも、なんとか大学は決まりました。これからも優しいおせっかいな橘くんでいてください」

「はい!」

 俺は、谷田先生から卒業証書を受け取った。

 それから、林田や……町田など、クラスメイト達の卒業証書を谷田先生は渡していった。

 今でも、林田の卒業証書を渡すときに「お前みたいな馴れ馴れしい生徒が、卒業する時が一番悲しいんだよ!」と言いながら大泣きする、谷田先生を俺は覚えている。



 その後、最後のホームルームが終わった。

 クラスメイト達は、教室でそれぞれ集まり、別れを惜しんでいた。

「じゃあなあ! 進……」

 髪が短い小宮は、俺の席の周りで、半べそになりながら俺に言う。

「別にまた会えるだろ……」

「いや~意外と会えないもんだぞ。そう言って別れた中学の奴らと、俺はあんまり会わなくなったしな」

 髪を二つ分けにしている岩波は、腕を組みながら言う。

「お、外。みんないるぞ」

 林田は一階の窓から、外を指さした。

「お~い。聞いてくれ」

 その時、町田さんがクラスの前に立って、小さな体から、大きな声で言った。

「一組の集合写真を撮りたい。十分後に昇降口前に集合だ。遅れないように」

「はーい!」

 俺たちは元気よく返事をする。

 町田さんはそう言うと、足早に廊下に消えて行った。

「だってさ。行こうぜ」

 林田はそう言うと、荷物を持って、動き始めた。

「よっしゃ」

 俺たちも、林田に続いて動き始めた。


 

 十分後、昇降口前でクラス写真を撮り終えると、未来がすぐに俺に話しかけてきた。

「ねね。ライン見た?」

「え? 見てない」

「見て見て」

 俺は未来にそそのかされて、ラインを見る。

 すると、よく黛と蜜柑の家に出入りしている人たち用のライングループに、連絡があったようだ。

「全員。一階渡り廊下に集合」

 弥生からの連絡だった。

「よし、行くか」

 俺はすぐに、渡り廊下へ足を向けた。

「そういえば、私たち進路報告してないよね? 弥生たちに」

 未来は俺の隣を歩きながら言う。

「そうだ。いろいろ気を使って言ってなかったよな」

「うん。報告もしないと……」

 俺たちは、話したいことがあるせいか、久々に薫の過去を知っている七人が全員集まるからか、足早に渡り廊下に向かった。



「お、いたいた」

 俺たちは弥生たち五人、弥生、薫、若葉、黛、蜜柑の集団を見つけた。

 みんな卒業証書の筒を持っている。

「わ~! 蜜柑ちゃんも若葉ちゃんもすごいかわいい~」

 俺たちが走っていくと、未来はすぐに蜜柑と若葉を褒めた。

 二人はいつもとは違い、髪に少しウェーブをかけていて、なんだかおしゃれだった。

「えへへ。ありがとうございます」

 蜜柑は、笑顔で未来に言う。

「未来ちゃんもかわいいよ!」

 若葉は、未来に抱き着く。

「えへへ……ありがとう!」

 俺はそのほかの薫や黛、弥生にも目を向ける。

 黛はいつも通り、少しだけ片目が前髪で隠れている。

 薫は……少し化粧しているか? いやでもこんなもんだったような気も……。元が良すぎてすっぴんなのか、化粧してるのかわからない。髪型は相変わらず、黒い髪を一つに結んでいる。

 弥生は……いつも通りだ。いつも通り、黒くて長い髪を垂らし、おしゃれでクールなかわいさを感じられる。

「全員揃うのは久々だな。まあ、主にいなかったのは進なんだけど」

 黛は腕を組みながら俺を見る。

「まあ……ちょっとな……」

 俺は、苦笑いをしながら言った。

 俺たち七人は、渡り廊下の下で、円になって話している。

 みんなの顔は、明るい。

「またどうせ、おせっかいしてたんだろ。知ってるぞ僕は」

 薫は胸を張りながら言う。

「そうなの! 聞いてよみんな。こいつさ、センター前日の塾の帰りに、駅前で潰れてた酔っぱらい介抱してたらさ、寝る時間なくなってセンターボロボロでさ~」

 未来は笑いながら言う。

「はあ? 馬鹿なのあなた」

 弥生は呆れたような顔で言う。

「馬鹿かも……」

 俺は反論することができなかった。

「でもまあ、なんだか進らしいね」

 若葉はニコニコしながら言う。

「だから、最後のほうまで忙しそうだったんですね」

 蜜柑は、俺を見て言った。

「ああ。第一志望は無理だったけど、第二希望には受かったよ」

「よかったな! 僕、あまりにも忙しそうだからもしかして浪人……未来を残して……って思ってたぞ」

 薫は安心したような顔で言う。

「そういや、みんなはどうなんだよ。蜜柑と弥生は決まってるからあれだけど、ほかは?」

 蜜柑は、声優を目指しながら、大学に通うことになった。

 そのため、推薦で大学受験を早めに終わらせて、声優としてのトレーニングをしていた。

 弥生は、結局成績は伸びなかった。弥生は、薫や武さんと相談をし、元々好きで、才能があったデザインが学べる大学に行くことになった。武さんのような医者ではなく、デザインの道を行くことになったんだ。

「ぼくからいいか?」

 黛は自信なさそうに手を挙げる。

 俺たちは軽く頷いた。

「滑り止め以外、全落ちだ」

「……」

 黛は軽く言い放った。

 俺と未来は、何も話さなくなった。

「黛、言い方悪くない?」

「ん? ……あ、確かに」

「ほら。二人気まずそうだよ」

 黛の隣にいる若葉は、黛に顔を近づけて、俺たちが困っているということを伝えた。

「言い方が悪いだけで、そんな深刻じゃないですよ。吉祥寺にあるあの大学ですよ。黛さんの滑り止め」

 蜜柑は笑いながら言った。

「おい! 俺よりいいとこじゃねえかよ!」

「ね! 心配して損した! まったく!」

 俺と未来は、心配損だったと黛に訴えかけた。

「はは。すまんな。この両隣を見てると……ちょっとな」

 黛は両隣にいる、薫と若葉を親指で指さす。

「ああ……」

 薫と若葉は、三年の初めからずっと高難易度の大学を第一志望に入れていた。

 薫は、少し進路に変更があったらしいけど、この感じだと、二人とも入りたいと言っていた大学に入れているのだろう。

 二人とも、結局高校の最後まで、テストでも一位争いをしていたしな。

「じゃあ二人とも、第一志望受かったんだ」

 未来は嬉しそうに、薫と若葉を交互に見ながら言う。

「うん!」

「そうだね」

 若葉と薫は、元気よく未来に返事をする。

「未来はどうだったんだ?」

 薫は未来に聞き返す。

「私も第一志望受かったよ!」

「やったね!」

「やってやったぜ!」

 薫と未来は、グッドサインを出し合う。

 未来、マジでめっちゃ頑張ってたしな。

 俺が心配になるくらいに。

「そうだ。みんなはどうだった? 高校生活。黛くんから聞こうかな。総括みたいなの、聞きたいな」

 未来は黛を指さす。

「ぼくからか……そうだな……」

 黛は天を仰いで考える。

 空は、雲一つない青空。

 気温もちょうどいい。

「視野が広がったし……いろんな友達ができた。あとゲームめっちゃした」

 黛は微笑みながら言う。

「めっちゃゲームしてるから、滑り止め以外全落ちするんだよ?」

「若葉もゲームしてたでしょ……」

「私は受かってるよ」

「む。こら。この口か? いらないことを言うのは」

 黛は、いろいろ言ってくる若葉のほっぺを軽くつまんで、ちょっとだけ引っ張る。

「ん~」

 楽しそうに、若葉は唸っている。

 その二人の様子を見て、俺はなんだか顔がほころんでしまった。

「はい、じゃあ若葉ちゃん」

 未来は若葉に話を振る。

「はい! 黛に恋したおかげで、蜜柑ちゃんとかいろんな友達ができて……自分に自信が持てました!」

 若葉は元気よく言う。卒業証書を掲げながら。

 少し間があって、次に未来が自分で高校の総括を始めた。

「はい、私か……私は……いろいろ遠回りをしながら、なんとかここまで来た~って感じかな?」

「そうだな」

 俺は未来に同調する。

 未来は、俺をチラッと見てくれる。

 ほんと、遠回りも遠回りだ。

 だけど、必要な遠回りだったと思う。

 俺を思い出すためにも、過去を乗り越えるためにも、必要な遠回り……。寄り道だったと思う。

「ほら、次。アンタ」

「えっと……」

 未来は、隣にいる俺に振ってきた。

「ま。人助けやら、おせっかいやらに振り回されて、でも、満足した高校生活でした」

 俺はみんなを見ながら言う。

「進はそうよね。それでしかないものね」

 弥生はニヤニヤしながら言ってきた。

「ああ」

 いい意味で、思春期っぽいことは、すべてやったような気がする。

 罪悪感とか、いろいろ複雑なことを、子供の足りない頭で背伸びして、一生懸命考えて、動いて、苦しんで……みたいな。

「ほら。蜜柑の番だぞ」

 俺は、蜜柑に次の番を渡す。

「私は簡単ですよ。独り立ち。できましたかね?」

 蜜柑は、黛を見ながら言った。

「ま、できたんじゃない?」

「やった! 合格ですね!」

 黛に合格をもらい、蜜柑は嬉しそうにした。

「ま、いざとなったら頼れる奴がいるだろ? 頼れよそいつを」

「へへへ。はい」

 黛の話を、蜜柑は真摯に受け止めた。

「はい次。弥生さんですよ」

「私ね」

 弥生は顎に手を添えて、考え始めた。

「みんなのおかげで……楽しかったし、自分のことを見つめ直せた。ほんと……去年のことは……絶対忘れない」

 弥生はしみじみと言った。

「去年のことを思い出すと……ちょっと泣きそうになるわね。ほんと、みんなには、なんて言えばいいか……本当にありがとう」

 弥生はそう言いながら、涙を一粒こぼした。

 それを上品に、右の人差し指で拾う。

 そんな弥生を見た俺は、ちょっともらい泣きしそうになった。

 若葉と蜜柑を見ると、弥生からもらい泣きをしたようで、笑顔で涙をこぼしていた。

「ごめんなさいね。しみじみさせちゃって。ほら、トリよ薫。言いたいこと、いっぱいあるんじゃない?」

 弥生は薫の肩を叩く。

「うん」

 薫はゆっくりと、一人ひとりの顔を見ていった。

「ぼくは……自分の昔のことのせいで……いろいろ自分が許せなかったり……生きてて、いいのかなって、ずっと悩んでた」

 薫は微笑みながら言う。

 決して、雰囲気は暗くなかった。

 薫以外の俺たちも、そんな薫を穏やかな表情で見る。

「死のうって、思うこともいっぱいあった。みんなにも、迷惑をかけた。でも……今は胸を張って言えるよ」

 薫は右手を握りしめ、自分の胸の前にゆっくりその手を持ってきた。

 そして、かみしめるように、太陽のような笑顔で俺たちに伝えてくれた。


「生まれてきて……今まで生きてきて……本当に良かった」


 薫から、そんな言葉が聞けるなんて、俺は嬉しい。

 あんだけ自分の手で、生きるか死ぬかの瀬戸際にいた薫が、今はとても輝いて見える。

「ちょっと……ごめんなさい……」

 弥生は、いつの間にかぼろぼろ泣いていた。

 ハンカチ一枚じゃ受け止めきれないくらいに泣いていた。

「わ! 僕のハンカチもいる? よいちゃん」

「うん。いる」

 そりゃ、そうだ。

 弥生がずっと、薫の過去をずっと抱えていたんだ。

 薫に責任を持っていたんだ。

 こんな薫を見て、思うところがないわけないだろう。

「ほんとによかったよ」

 黛は口を開く。

「ここにいる全員さ。薫のこと好きだし、生きててほしいって思ってるさ」

 黛はちょっと恥ずかしそうに、薫に言う。

「そうだぞ~薫!」

 若葉も明るく薫に言う。

「そうです!」

 蜜柑も言う。

「そうそう。元気に生きな~?」

 未来も言う。

「みんなの言うとおりだな」

 俺も薫を見て言う。

「……ああ」

 薫はちょっと俯いた。

「ごめん。よいちゃん。僕、泣かないって決めてたんだけど……無理みたいだ。えへへ」

 薫は、きれいな笑顔で涙を目に浮かべた。

 それを薫は、左の人差し指で、ぎこちなく拾った。

「みんな。ありがとう。これからもよろしく」

 薫は言う。

「よろしく!」

「よろしくお願いします!」

 蜜柑と若葉は言う。

 俺や黛、未来はうんうんと頷いた。

「あ、いた! 黛先輩!」

 少し遠くから、黛を呼ぶ女子生徒の声がした。

「佐藤」

「佐藤ちゃん!」

 黛と若葉は、その女子生徒……生徒会の佐藤さんを見て言った。

 佐藤さんはこっちに寄ってきた。

「若葉先輩も、卒業おめでとうございます。髪型かわいいですね、それ」

「えへへ~ありがとう」

 佐藤さんは、丁寧に若葉に言う。

「どうした?」

 黛は佐藤さんに尋ねた。

「前期の生徒会で写真を撮ろうって会長が」

「今の会長は泉だろ?」

「あ、すみません……癖がまだ抜けなくて……」

「ふふ。いいんだ。行こうか副会長」

 黛は佐藤さんと話し終わると、俺たちに向き直った。

「じゃあ、ぼくは生徒会の奴らのとこに行く。また、暇だったらうち来いよ。みんな」

 黛がそう言うと、俺たちは黛に返事をした。

 みんなからの返事を聞き終わると、黛は、佐藤さんと一緒に昇降口前の人だかりに消えて行った。

「あ」

 俺は蜜柑の背後に忍び寄る、俺と同じクラスになった男が見えた。

 蜜柑は気が付いていないようだ。

「おい。蜜柑。王子様が来たぞ」

「え?」

 蜜柑は俺に言われて、後ろを向いた。

「わ!」

「わ! って柚」

 林田は、蜜柑をおどかした。

 蜜柑はびっくりしていた。

「演劇部で写真撮りたいし、迎えに来たけど」

 林田は蜜柑を見た後、俺たちを見た。

「そうだね。撮りますか、写真」

 蜜柑は、嬉しそうに林田の顔を見ながら言った。

「そうね。行きなさい。きっと川端さんが、首伸ばして待ってるわよ?」

 弥生は、蜜柑にウインクをする。

「はい。それじゃあ。みなさん、また今度!」

「じゃあなあ~」

 蜜柑と林田はそう言うと、校庭の方向へ消えて行った。

「よ~い~ちゃん」

 その後、間髪入れずに、弥生はそう言われながら、女子生徒に突然後ろからハグをされた。

「あ、柏木さんじゃん」

「おや? 進くんじゃないか~久々なような気がするね~。未来から話は聞いてたけどさ~」

 相変わらず柏木さんは、テンションが高く、明るい雰囲気だ。

「でさ、よいちゃん」

「なにかしら?」

「うちのクラスの女子で写真撮ろうってさ!」

「ふふ、わかったわ」

 弥生は、そのまま柏木さんに引っ張られる。

「それじゃあ、また。みんなで遊びましょうね」

 弥生はそう言うと、柏木さんと仲良く校庭の方向へ消えて行った。

「どんどんいなくなっちゃうね~」

 未来は、少しだけ寂しそうに笑いながら言った。

「次はだれだろうな……」

 俺が呟くと、その後、薫が言った。

「ぼくだな。僕のクラスの男子が集まってるみたいだ」

「そっか。行って来いよ」

 俺は、薫の背中をポンポンと叩いた。

「うん。じゃあね。みんな。あ、若葉は今日もランクするか?」

「うん! 黛もよいちゃんもするって」

「そっか。じゃあまた夜」

「うん」

 薫と若葉は、どうやらゲームをやる約束をしたようだ。

 そして薫は、手を俺たちに振りながら、昇降口の方向へ消えて行った。

「若葉ちゃん!」

「わ、ひなちゃん」

 若葉は、急に近づいてきた久米さんに抱き着かれた。

「わ、久米さんだ。久しぶり」

「お~これはまた懐かしい。久々だね」

 俺は久米さんにあいさつをする。

「久米さんもお迎えかな?」

 俺は久米さんに尋ねた。

「うん。元二年二組。元二年二組の教室で集まれるだけ集まるってさ」

「わ! ほんと!」

「うん!」

「行こ行こ!」

 そういうと二人は軽く走りながら、去っていこうとする。

「あ、じゃあね! 未来ちゃん! 進! またね~」

 若葉は走り去りながら、俺たちに言ってくれた。

 そのまま、若葉は校舎内に消えて行った。

「さて」

「さて、ですねこれは」

 黛、蜜柑、弥生、薫、若葉の五人がいなくなり、俺と未来だけになった。

「どうする? 写真撮りたいやつとかいる?」

「いや~。みちるとかとは、もう撮ってるし……なんなら春休みも会うし……いないかも」

「俺も江口と深瀬とかは、今週遊び行くしな……」

「ああ、言ってたね」

 俺は学校を見回す。

「ないですか。やること」

 俺は未来に言った。

「ないかも」

「帰る?」

「帰って、ご飯でも行く? 二人で」

「いいね。その後、あれしよう」

 俺は、未来に「あれしよう」と言った。

 俺のスマホのカレンダーには、しっかりその予定が入れてある。

「えっち?」

「違います」

「今日はしないの?」

「それは後で考えます」

「ふふふ。すっごい困ってる顔してる」

 未来はクスクス笑いながら、困っている俺の顔を見ながら、続けて言った。

「線香花火でしょ。やるって言ってたよね」

 未来はニコニコしていた。

「ああ。さすがに買い直したけどな。花火」

「あ、やっぱり寿命来てた?」

「来てなかったとしても、もし準備して、火が付かなかったら、雰囲気台無しだろ」

「へへ。そうだね」

 こんな大事な日に、花火が湿気ってました! なんてことが起こったら、もうそれは雰囲気が総辞職する。

「一回帰って、ご飯二人で食べて、線香花火だ!」

 未来は、元気よく言う。

「よっしゃ!」

 俺も元気よく言った。

 さらば、高梨高校。

 さようなら、凪黛。

 さようなら、中村蜜柑。

 さようなら、小鳥居弥生。

 さようなら、出雲薫。

 さようなら、中野若葉。

 また、いつでもいいから、会えるといいな。



 俺たちは、最寄りでちょっと高いファミレスでご飯を食べた。

 ちなみに未来の奢りになった。理由はじゃんけんに負けたからだ。

 俺たちは、二人で飯を食う時は、じゃんけんをして、どっちが奢るのかを決めることにしている。

 未来が「アンタお人よしだし、一生『俺が払うよ』って言いそうだから、じゃんけんすることにしよう」と提案してくれたんだ。

 これが楽しいんだ。本気でじゃんけんって、楽しい。

 その後、それぞれ自分の家に帰り、着替えて、俺は新しく買った花火セットと、中学の頃、未来が買ってくれていた花火セットを持って、家を出た。

 バケツやろうそく、ごみ袋は未来が用意してくれるらしい。

 俺は、未来の家と、俺の家の、間の山の中腹あたりにある「ロケット公園」と呼ばれている公園に向かった。

 俺が小さいころ、何かで悩んだりしたときとかに、ここのロケットみたいな滑り台から、ちょうどいい夜景を見るためによく来た。

 弥生とも……一度来たことがあるな。懐かしい。

 俺がロケット公園の前まで来ると、バケツを持った未来が先に着いていた。

「お待たせ」

「大丈夫。ほら、行こ?」

「うん」

 俺と未来は、暗い中、ロケット公園に入っていく。

 人がいる気配はない。もともと、あんまり地域の子供も来ることのない公園だからな。

「あれ。なんで二個花火あるの?」

 ロケット公園のベンチに、俺は花火を置くと、未来が尋ねてきた。

「一つは中学の頃、未来の家にあったやつだぞ」

「え、まだ持ってたんだ」

「うん」

「……やっぱり湿気ってない? それ」

 未来は座り込んで、ろうそくにライターで火をつけていた。

 ライターの火で、未来の顔が照らされる。

「いや、まあもしまだ使えるんだったら、使ったほうがいいかなって」

「なるほどね」

 未来はろうそくに火をつけると、立ち上がった。

「じゃあ、古い……思い出の花火のほうから消化しちゃおうか。過去を乗り換えるって意味でもさ」

「はは。そうだな」

 俺が返事をした後、未来はバケツに水を汲みに行った。

 それから、ぼちぼち花火は始まった。

「お~。久々にやったけど、結構音出るね」

「そうだな」

 未来は勢いよく火花が散っている、手持ち花火を見ながら、ニコニコしている。

「明日から春休みか~」

 俺はぼんやりと呟いた。

「そうだね」

 俺と未来は、水の入ったバケツを中心に、花火を楽しんでいる。

 花火は二袋あるが、どちらもあまり量はない。

 線香花火も、ほんの数本しか入っていない。

「江口、あいつ免許合宿行くらしいぜ」

「あ、そうなのいいな~」

「赤城と、いろんな所行きたいらしいぞ」

「うわ! いいな~!」

 未来はそう言いながら、消えてしまった花火を、バケツに入れ、また新しい花火を袋から取り出す。

 未来の花火は、ろうそくの火に触れると、音を立て、勢いよく火花があふれ出した。

 地面と未来が、オレンジ色に照らされた。

「進も免許取る?」

「うん。取る予定」

「え~。私も取ったほうがいいかな?」

「好きにしなよ」

「どうしよっかな~」

 未来は免許を取るか、否かで悩み始めた。

 と思うと、未来はすぐにまた別の話題を話し出した。

「大学、不安?」

「どうだろ」

 俺は花火をじっと見つめながら、それについて考える。

「高校に入るときもさ、同じだったんだけど」

「うん」

「やっぱ、大学って高校より人増えるじゃん。それにクラスとかもないわけで」

「うん」

 未来は花火から目を離さない。

「なんか埋もれたり、人間関係が薄くなったりするの不安かも」

「わ~。わかるな~」

 俺の持っていた花火は消えた。

 新しい花火を取らないと……。

 俺は花火の袋から、適当に花火を取る。

 そして、ろうそくの火で、花火に火をつける。

「中学の頃なんて、学年で知らない人なんて、いなかったもんね」

「そうだな」

 俺たちの中学は、ロケット公園から、少し歩いたところにある。

 貝山公園のすぐ左……という言い方もできるな。

 俺たちの中学は、クラスが二つしかなかった。

 だから、いやでも三年間通っていると、全員の名前を覚えるんだ。

 だけど、高校に入って、三年間過ごしたけれど、まったく名前も知らない生徒もいる。

「みんな知り合いって感じがよかったよね」

「だな」

 今度は未来の花火が消えた。

 未来は、また花火を袋から取った。

 そして、俺の花火から出ている火花で、未来は自分の花火に火をつけた。

「サンキュ」

「ん」

 未来はそう言うと、座り込んでいる俺の隣にしゃがみこんだ。

「バイトとか、探した?」

 俺は未来に尋ねた。

「い~や? 探してないなあ」

 俺も未来も、ぼーっと花火を見ている。

「何かしたいバイトある?」

「え~。なんだろ」

 未来は考え始めた。

「若葉ちゃんは、少しだけメイド喫茶でバイトしてたよね」

「ああ。そうだな」

「居酒屋とか……花形じゃない?」

「だな。コミュ力要りそうだけど、未来なら余裕だろ」

「どうだか。態度悪くて客と喧嘩しそ~」

「はは」

「へへ」

 未来と俺は笑った。

「進は? バイト」

「俺か? なんだろうなあ」

「楽したいか、忙しいけど楽しいやつかでだいぶ変わるよね」

「だな。まあ飲食店は一回やってみたい。きついって言うけど、一回くらいはやってみたいな」

 俺と未来の花火は、まだ消えない。

「高校のみんなはどんなのやるんだろ」

「黛と若葉は、塾とかで勉強教えてそうだけどな」

「あ~わかる。若葉ちゃんが真面目に教えるタイプで、黛くんは生徒と仲良くなっておしゃべり、勉強はまあぼちぼち……みたいなタイプだね絶対」

「おお~。想像できるな」

 黛は意外と不真面目タイプだから、生徒とどうでもいいこととか話してそうだな。

 若葉は一生懸命って感じだ。

「弥生とか何やんだろ。なんもできなさそうだけど」

「やる必要あるのかあいつ。あれだけお金持ちなんだし」

「どうだか。薫くんはどこでも引っ張りだこだろうな~。ライブのスタッフとかやったら、来る女の子全員メロメロでしょ」

「ライブやるアイドルより注目されそうだよな……」

 そこまで話すと、俺たちの花火はほとんど同時に消えた。

 一気に暗くなり、ろうそくの火だけが俺たちを照らす。

「よっ」

「とう」

 俺と未来は、消えた花火を交互にリズムよくバケツに投げ入れた。

 俺は花火が入った袋から、二本花火を取り出し、一本を未来に渡す。

 そのまま、二人そろってろうそくの火を使って花火に火をつける。

「うおおっ。つよ」

「あぶね」

 俺の花火に火が付いた途端、勢いよく噴出した。

 危ないと思い、未来から少し離れる。

「たまにあるよな。こういう元気のいい奴」

「びっくりするやつね」

 俺と未来は笑いあった。

 そして未来は、歩きながら、花火を動かして、遊び始めた。

 俺はまたバケツの前に戻り、しゃがむ。

「あ、バイトで思い出した」

「なに?」

 未来は、何かを思い出したらしい。

「私、一人暮らしするから」

「え! そうなの?」

「うん」

 未来は花火をゆっくり動かしながら、話している。

「なんで一人暮らししようってなったんだよ」

 俺は未来に尋ねた。

「進と二人きりで、ベッドでイチャイチャできるから」

 未来はにこっと笑っていった。

「……ホント?」

 俺は半分くらい嘘だと思いながら、未来に聞いた。

「まあ、それだけじゃなくて、ただ一人暮らししてみたかっただけ。出来るかなって思ってさ」

「そ。親もいいって?」

「うん。いいって言ってくれたよ。やってみなさいってさ」

「そりゃよかった」

 俺の隣に未来が来た。

 そして、俺の隣でしゃがんだ。

「アンタ以外の男は、連れ込まないようにするから」

「何も言ってねえよ」

「へへへ……」

 未来はニヤニヤしながら、俺を見つめていた。

「あ」

「あれ?」

 俺の花火は突然消えた。

「命、短かったね」

「ああ」

 俺は消えてしまった花火をバケツに入れる。

 少しの間、何も話さずに、未来の花火で照らされる、未来の顔を見ていた。

 一分ぐらいしてから、その花火は消えた。

「お、あと線香花火、四本で打ち止めです」

 未来は、二つの花火の入った袋を見ながら言った。

「よし、線香花火二本ずつやって、おしまいにしよう」

 俺がそう言うと、未来から線香花火を受け取った。

「ね、ベンチでやろ。座りながら」

「うん」

 未来はベンチでやろうと提案したので、俺が返事をすると、未来はバケツをベンチの前に移動させた。

 俺は、そっとろうそくの火を移動させた。

「一本目さ、練習にしてさ」

 未来は言った。

「うん」

「二本目で、どっちが長い間、線香花火続くか勝負しよ。勝ったほうの言うことを、負けたほうが一つ聞く。どう?」

「乗った」

「やったね」

 未来はそう言うと、ベンチに座った。

 俺も未来の隣に座る。

 未来と俺は、ろうそくの火を使い、線香花火に火をつける。

 線香花火に火が付くと、俺たちは何も話さずに、静かにグラグラと燃える火の玉がはじけるのを見ていた。

 風が吹く。

 少しだけ寒い。

 じっと線香花火を見ていると、少し視界がぼんやりしてくる。

「あ」

「はい負け~」

 未来の線香花火は、俺の線香花火よりも先に落ちた。

「ああ、俺も落ちた」

 その後、すぐに俺の線香花火も落ちた。

「少しの差だったね」

「ああ。さ、次が本番だぞ」

「うん」

 俺と未来は、最後の線香花火に火をつける。

 また俺たちは、何も話さずに、ただただ、静かにグラグラと燃える火の玉がはじけるのを見ていた。

 風はない。

 また、視界がぼんやりしてきた。

 瞬きをして、ピントを合わせる。

 視界の端にある、未来の線香花火はまだ、咲いている。

 時間間隔がなくなっていく。

 何秒経ったのか、何分経ったのか、何時間経ったのか、わからなくなってくる。

「あ」

 俺の線香花火は落ちた。

「私の勝ち」

 未来は俺を見て、ニコニコしながら言った。

 未来の手元には、まだ火の玉が付いている。

「なにしてもらおうっかな」

 そう言うと、突然強い風が吹いた。

 本当に強い風だった。

 公園の砂は巻き上げられて、俺たちの髪は大きく揺れ、ろうそくの火が消え、未来の線香花火も、花弁が飛んで行った花のように、消えてしまった。

 ろうそくの火もなく、花火の光もない。

 あたりは真っ暗だ。

 公園には、一つだけ、背の高い街灯がある。

 その光だけが、淡く、淡く、俺たちを照らしている。

 未来の顔は、少しだけ見える。

 未来と俺は、見つめあっていた。

 少しの間、見つめあっていると、

「……ん」

 と言いながら、未来は目を瞑った。

 俺は、特に未来の行動の意図を考えることなく、ただ、未来がしてほしいであろう行動をする。

「ん……」

 俺は、未来にキスをした。

 俺の唇と、未来の唇が軽く触れると、未来は小さく声を上げた。

 俺は未来の横の髪を撫でる。そして、頬に触れる。

 未来の唇は柔らかく、いい匂いがする。

 お互い、焦る様子も、動揺することもなく、落ち着いて、ただ唇を合わせ、俺は未来の頬に触れ、未来は俺の肩に触れた。

 そして、ゆっくりと、まるで名残惜しそうに、俺たちは唇を離した。

 未来は、少しだけ顔を赤くしていた。

 俺も少しだけ、体が熱い。

 未来は、俺に体を寄せてきた。

 そのまま、未来と俺は手を繋ぐ。

「これが、お願い?」

 俺は、遠くに見える、ひときわ高いビルを見ながら、未来に言った。

「そう」

 未来は手を握る力を、少しだけ強くした。

「こういう暗い所じゃないと、まだ恥ずかしいからさ」

 未来はゆっくりと言った。

「そっか」

 俺たちはそのまま、少しの間、手を繋いだまま、何も言わずにいた。



「俺さ」

「うん」

 俺は、少し経ってから、未来に話しかけた。

「未来が隣にいるだけで幸せだ」

 俺は、隣で座っている未来を見ながら言った。

「私もだよ」

 未来は、俺をしっかり見ながら、笑顔で言ってくれた。

「だから、本当にそばにいてよ? みんなに優しいのはいいけど、一番は私だからね?」

「もちろん。ずっとそばにいるし、一番は未来」

 俺は未来に誓った。

「ほんと、もし私以外を助けて、ケガとかされちゃったら……嬉しいような悲しいような……とにかく心配しちゃうからさ」

「ああもう。わかったって。気を付ける」

「……へへ。ならいいけどさ」

 未来はそう言うと、ベンチから立ち上がり、俺のほうを向いて、両腕を広げた。

「ほら、抱いて」

 未来は、両腕を広げながら言った。

「まったく……」

 俺は立ち上がった。

「ハグって言えよな」

 俺は、そのまま未来を抱きしめた。

 未来は、俺の胸元に飛び込んできて、そのまま体を委ねてきた。

 強く抱きしめはしない。

 ゆったりと、余裕をもって、抱きしめた。

 少しして、未来は顔を上げた。

 俺は、軽く未来を離す。

「好きだよ。進」

 未来は微笑みながら、俺を見上げながら言った。

「俺も好きだよ。未来」

 俺も未来に言った。照れないように、しっかり見上げてくる未来の目を見て言った。

 俺は少しだけ屈んで、未来のおでこと、俺のおでこをくっつけた。

 未来は、少し背伸びをしてくれた。

 そのまま、俺たちは。

 お互いの熱を感じたまま。

 これからは一緒に。

 これからも一緒に。

 いつも通り、明日を。

 未来を。

 生きていくんだ。

 






 


 ここに、一つ。独り言を書き留めておこうと思う。ここの文章は、好きにしてもらって構わない。どのような形になるのかは、任せようと思う。

 

 とりあえず、ここまで読んでくれて、ありがとう。

 僕自身を視点として、この高校のときの出来事を書いてもよかったのだが、僕を中心にしてしまうと、あまりにも暗く、救いが足りなさすぎる物語になっていたと思い、僕を救ってくれた中心人物の進を通して、書くことにした。

 ただ、それでも暗い物語になってしまいそうだったから、終わりにかけて、できる限り、暗くなってしまった物語を中和できるように、話に聞いた限りの甘い話を、僕に書けるだけの能力を使って、書いたつもりだ。如何だっただろうか。


 さて、これを読んでいる諸君。

 これは希望を失った人たちの読む小説である。

 だから、綺麗事が、これでもかと書かれているわけである。

 救いが足りなさすぎる物語に、なることを防ぐために、進を通して書いたのである。

 

 思春期の子供たち。

 そして、考えることや、やることの多い、現代の大人たちは、いろいろなことを感じてしまうだろう。

 自分への無力さ。

 目標の不透明さ。

 世の中、自分への不満。

 自分と比べて、周りがよく見えてしまう現代だからこそ、いろいろ考えてしまうと思う。

 過去の自分と、今の自分を比べて、苦しんでしまうこともあると思う。

 思いつめてしまうかもしれない。

 もしかしたら、辛い記憶に囚われてしまっている人もいるかもしれない。

 逆に、昔の良い記憶のせいで、今の自分を責めてしまうかもしれない。


 しかし、記憶は弊害でしかありません。

 よい記憶は、今の自分と比べてしまうし、悪い記憶には足を引っ張られる。

 忘れていい記憶なら、忘れてしまいましょう。

 それが無理なら、小さくてもいいので、その弊害を乗り越える一歩を、踏み出せるといいです。

 それも無理なら、そのあなたの記憶という弊害を、吐き出しましょう。

 親でも、兄弟でも、友達でもいい。

 何もないなら、インターネットでもいいでしょう。

 吐け! 吐露しろ! 

 あなたを受け入れてくれる人は、必ずいる。

 そして、あなたと同じような境遇の人は必ずいるはずです。

 現代の世界は、狭いのですから。

 

 仲間はいない。

 だから、一人で生きていく。

 そう思ってしまうかもしれない。

 迷惑をかけてしまうかもしれないから。

 だから、一人で生きていく。

 そう思ってしまうかもしれない。

 しかし、世の中はあなたを一人には、させてくれないだろう。

 そんなに器用な人は、いません。

 このくにでは、一人にはなれません。

 だから、手を伸ばしましょう。

 その手を受け取ってくれる人は、必ずいる。

 受け取ってくれる人がいなくても、逃げ場はたくさんあります。

 この物語も、逃げ場の一つです。

 自らと他人を、過剰に傷つけないのであれば、逃げ場は何でもいいです。

 運動でも、量を間違えなければ、酒でもいい。もちろんアニメ、漫画、小説、インターネット。

 なんでもいい。

 だから、できれば、生きることをやめないでほしい。

 あなたは一生懸命すぎるんです。

 正義感が強すぎるんです。

 罪悪感を抱えすぎているんです。

 たまには、正義感を犠牲にして、逃げてもいいんです。

 辛かったら、やめていいんです。

 やめたとしたら、僕は頑張ったね、と言ってあげたい。

 生きることが辛くなければ、それでいいんです。

 生きるということは大変ですからね。

 だって、あちこちから鎖がからまっていて、少しでも動くと、血が噴き出すので。

 動けないときは、動かなくて、いいと思います。


 そして、少しだけ余裕のある、これを読んでいるあなたに言いたい。

 かなり面倒なことかもしれませんが、あなたの周りにいる誰かが、急に悪い人になったら、話を聞いてやってください。

 それだけで、その人の何もかもが変わるかもしれません。

 救われるかもしれません。

 私なんかが聞いても……と思ってしまうかもしれませんが、話を聞いてあげるだけでも、見てあげるだけでも、救われる人がいます。

 素晴らしいアドバイスなんて、必要ありません。

 話を聞くだけでいい。

 僕からのお願いです。

 

 無理に幸福にならなくていい。

 無理な幸福は、不幸を産むだけだ。

 ただ、不幸を求めろだとか、そういうわけじゃない。

 そもそも、僕は不幸を求めることなんて、することができないと思っている。

 だから、不幸に備え、幸福がいつ来てもいいように備え、そして幸福を待つ。

 幸福は待つもので、それがいつ来てもいいように、逃さないように、備えておくことが大事だと、僕は思う。

 

 さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では、失敬。

 


                                  出雲 薫

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

記憶は弊害でしかありません 河城 魚拓 @kawasiro0606

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ