第29話 共同戦線、再び。

 あと三回、登校すると春休みに入る。

 楽しかった二年五組も、もう終わりだ。

 何もなかった一年の頃と比べると、とても晴れやかな青春を謳歌できていたような気がする。

 黛や蜜柑に拾われ、弥生や薫、若葉とも仲良くなり、未来と偶然知り合った。

 今思うと、ヤンキーに絡まれず、黛たちに助けられることがなかったら、俺は未来とも知り合えていない可能性がある。

 同じクラスだから、話すことはあるだろうけど、未来が咲の記憶を取り戻していたかどうかは、わからない。

 それこそ、未来と薫だって、もしかすると付き合っていなかったかもしれない。

 俺が弥生の裏の顔を知ることも、なかったかもしれない。

 違うクラスだった、黛や若葉、蜜柑ともここまで密接な関係になれていなかったかもしれない。

 俺が、薫の過去について、知ることもなかったかもしれない。

 薫は、過去を振り切ることが、乗り越えることが、できなかったかもしれない。

 色々な偶然があり、この一年は全くと言っていいほど、退屈しなかった。

 ……みんな、変わったよなぁ。

 俺は、あまり変わったところはないかもしれない。

 ただ、若葉や蜜柑、弥生、そして薫と未来は、大きく変わったと思う。成長したと思う。

 若葉は一番の成長株かもしれない。最初は声も小さくて、会話も苦手。そんな子だった。でもいつのまにか、黛を大きく惹きつける、強くて魅力的な明るい女の子になっていた。

 蜜柑は、黛に頼っていたところがあった。でも、修学旅行のあの件から、黛から離れて、自分のやりたいことを始めた。そして、たくさんの人を引っ張っていくような、人になった。

 弥生は、俺とのやりとりを通して、自分が一番やるべきことを見つけた。薫のために、動く。そのために、自分の能力を見つめ直し、俺との関係は親友。そういうことになった。そのおかげで、弥生は薫の閉ざされた心の扉を開ける、一番大事な鍵になることができた。

 薫は、悲惨な過去のせいで、自分自身を好きになれず、自分のせいで、周りが傷ついていくのが、耐えられない、そんな思いを持っていた。それでも、皆に過去を告白し、それを皆に受け入れてもらい、そして、弥生という存在に、自分自身の生きる理由を見つけた。

 未来は……俺に助けられたことによって、過去の記憶を思い出して、見た目が変わった。でも、薫との関係が終わった後、少し落ち着いて、大人っぽくなったような気がする。

 黛は……そんなに変わってないか? 俺と同じで。周りを変えることに精一杯だったような気もする。ただ、黛は見栄を張らなくなった気もする。蜜柑を背負う必要がなくなって、若葉という安心して背中を任せられる存在ができたからかもしれない。

 橘進。お前は何か変わったか?

 いいや、変わってない気がする。

 俺は何かを変えたり、助けたりしているばかりで、自分自身は変わっていない気がする。

 成長してないってことなのかもしれない。

 これから、どうすればいいんだろうなぁ。

 ……弥生と薫はお互いのために、若葉は黛のために、蜜柑は信じてくれるみんなのために成長している。

 俺も、頑張る理由になる誰かが居てくれれば、成長できるのかな。

 俺は自他共に認める、人助けが好きな、おせっかいだ。

 弥生にだって、黛にだって言われてる。

 これからも、人を助ければいいのか?

 だああ! わかんねえ! 

 そんなことを考えながら、午後十一時。

 俺は電気をつけたまま、ベッドの上で横になっている。

 そんな時、電話がかかってきた。

「もしもし」

  俺は電話に出る。

「どーも」

 相手は未来だった。

「今日も電話か」

「えー暇だもん」

 最近未来は、毎日のように電話をかけてくる。

 学校でも登下校でも話すのに、話し足りないのだろうか。

 俺はそう考えた時、ふと思った。

 俺は、未来に必要とされているんじゃないかと。

「なあ」

「なに? 進」

「悪く思わないで欲しいんだけどさ、なんで俺に電話をかけてきた?」

「え? なんでって……まあ、なんとなく。強いて言うなら、なんか声聞きたかったから」

 俺は黙って天井を見つめる。

 それも、理由がないのに必要とされている。

 理由がないのに、俺を必要と思ってくれる。

 そんな人は、今まで、咲しかいなかったような気がする。

 そして、今は、未来が、また俺を必要としてくれている。

 理由もなく。

「おーい」

「あ、悪い」

「どしたの? そんな急に黙っちゃってさ」

「いや、なんでもないよ」

 俺は、誰彼構わず、自分がどんな犠牲を払ってでも、人を助けて、おせっかいをしてきた。

 俺を庇って死んだ咲の両親への罪悪感。咲の両親を、間接的に殺してしまった罪悪感。咲を完璧に救えなかった罪悪感があり、それをなんとかしようと思って、自分の身を削ってた。

 それは誰に対しても、見ず知らずの人でも、俺は身を削る。そう決めていた。

 でも、未来はこうやって、俺を必要としてくれている。

 罪悪感も、もうほとんどない。

 未来に謝れたから。未来を助けることができたから。未来を見つけることができたから。

 だから、少しは未来を贔屓してもいいよな? 未来を優先しても、許されるよな?

 うん。許されるはずだ。

「春休み、どっか行こうか」

「いいね! 行こ! あ、私たち二人で行く?」

「二人っきりがいいのか?」

「……た、たまにはそれで良くない?」

 未来は、少し声が照れていた。

 絶対照れてる。

「へへ。そっか。じゃあ二人で行くか。他の奴らは、別の機会に誘えばいいしな」

「うん! ねーどこ行く〜?」

「そうだなぁ……」

 俺と未来は、このまま、春休み中に二人で行きたいところについて話した。

 俺も変わったかもしれない。

 成長してないかもだけど、本当は変わってないかもしれないけど、前には進んだよ。

 だって、未来にまた会えたんだから。

 


 次の日の放課後。

 午前中で授業が終わるということもあり、遊びに行こうと話している生徒も多い。

 もちろん部活の生徒もいる。そういう生徒は、教室や屋上、食堂などで昼食を食べることになる。

「お前ら帰んねえの?」

 俺は、深瀬の席で話している江口と深瀬に話しかけた。

 深瀬は自分の席に、江口はその一つ前の席の椅子を借りて、深瀬の机の前で座っている。

 俺は、なんとなく帰るのがもったいないような気がして、少し話でもしてから帰りたいと思っていた。

「部活なんだよな。今から昼飯だ」

 深瀬はそう言いながら、弁当を取り出した。

「俺も部活~」

 江口もそう言うと、バッグの中から揚げパンを取り出した。

「お、揚げパンじゃん」

 俺は、深瀬の隣の席の椅子を拝借し、深瀬と江口が対面している机の側面に椅子を置き、そこに座る。

「へへ、いいだろ~。懐かしい給食を食べようって動画を出してるやつがいてさ、つい食べたくなって、なんとか探してきたんだよ」

 江口はそう言いながら、揚げパンを顔の横に持つ。

 廊下では、ゆったりと帰る生徒たちや、購買に向かう生徒、屋上に向かう生徒、部活に向かう軽音楽部……。

 様々な生徒が、せわしなく動いている。

「給食かあ~」

 俺は、小中学生の頃のことを懐かしく思い出した。

 今思うと、ああやって班ごとに机をくっつけて、誰かと対面して飯を食う機会って、貴重だったよなあ。

「給食ってあれだよな。給食でしか食わないメニューあるよな」

 弁当を食べ始めた深瀬は、箸を持ちながら言った。

「よくわかんないアルファベットのふにゃふにゃしたやつが入ってるスープな」

 俺はそう言いながら、廊下でニコニコしながら話している女子生徒二人組が、なんとなく視界に入ったので、ちらっと見る。

「うわ、あったわ」

 江口はそう言うと、そのあと「いただきます」と言って、揚げパンを大きな口で頬張った。

「七夕ゼリー」

「あ、俺それ好きだったわ」

 深瀬が言ったことに、俺はすぐさま反応した。

 なんか好きだったんだよな~。あれ。

「あ、給食で思い出したわ。二人に聞きたいことがあんだけどさ」

 江口は揚げパンを飲み込むと、俺たちに言ってきた。

「なに?」

「うちの学校さ、一回だけ納豆出たんだけど、二人の学校でさ、出たことある?」

 俺は、なんとな~く考えながら、後ろの黒板に書かれている「終業式まであと三日!」の文字を見る。

 あれは確か、森田さんが書いたやつだ。

 体育祭とか、文化祭のときとかも、ああいったことをしていたような気がする。

「ないなあ」

 深瀬は弁当の唐揚げを食べるか、トマトを食べるかを、悩みながら言った。

「俺もないなあ」

 俺はなんだか気分がふわふわしてきて、頭の後ろに腕を回しながら、ぼーっと教室を見ながら言った。

 未来はずっと、柏木さんとか森田さんとか、赤城さんとかと話をしているようだ。

 彼女たちも、なんだか雰囲気がだらっとしていた。

 スマホをいじってたり、化粧を直してたりしているんだけど、ゆったりと話をしている。

 そんな感じだ。

「……」

 未来を見ていると、ふと思い出したので、俺はそれを口に出す。

「好きな子が配膳してくれるとさ、くっそうれしかったよな」

「あ~わかるわ」

 俺が言うと、江口が同調してくれた。

「あれだよな。こうちょっと話すチャンスだから『いっぱい入れて!』とか言って、できる限り、その子から配膳してもらう時間増やすんだよな」

「うわ。くそわかる。絶対無意識のうちに俺やってたわ」

 俺は江口の話を聞いて、ゆっくりと返答した。

「給食当番とかあったな。そういや」

 深瀬は弁当を食べ終えたようで、弁当を片付け始めていた。

「俺、毎回給食当番終わった後、給食着みたいなの? 母ちゃんに出すの忘れてさ、洗い忘れて怒られてたわ。毎回」

「いたいた、そういうやつ」

 深瀬と江口は楽しそうに話している。

 いたなあ。そんな奴。

 教室から校庭を見ると、野球部がグラウンドの整備を始めていた。

 楽しそうに談笑しながら、ランニングをしている野球部がいるのも、遠くからも見えた。

 江口も深瀬も、昼飯を食べ終えたようで、椅子に座りながらリラックスしている。

「というか、進はなんかあんの?」

 深瀬は、背もたれに体を預けたまま、俺に聞いてきた。

「いや? なんもない。なんか流れで」

「ああ、流れね。いいよね、流れって」

 深瀬は、伸びながら言った。

「つーか今思うとさ、食管重くね? 小学生にはあぶねえだろあれ」

 江口は、スマホをいじりながら言う。

「確かに~」

 深瀬はあくびをしながら言う。

 少しの間、誰も何も言わなくなった。

 その後、がやがやしていた教室も、なぜか一瞬静かになった。

 静かになった後、すぐに教室で話していたクラスメイト達は、また時が動き出したように話し出した。

 いくつかのクラスの人は「なんか静かだったね、一瞬」と言い合って、笑いあっていた。

「はい、給食あるある~。ジャージャー麵が出たとき、ペース配分間違えて麺だけ残る」

 深瀬は力なく言った。

「あるなあ」

「あるある」

 俺と江口は言う。

「はい。牛乳余りがち」

 俺は小さく手を挙げて言った。

「ある」

「あるなあ」

 そう、牛乳は飲めない子がいるイメージだ。

 俺の学校でも、おなかが弱かったり、白米と牛乳はちょっと……みたいな生徒がいた。

「はい~海藻サラダめちゃくちゃ人気ない」

 江口は、渋い顔をしながら言った。

「まあある」

 俺はあくびをした。

 三月ももう中盤。

 さすがに昼間は、暖かい日が増えてきた。

 今日も暖かくて、いい感じに眠気を誘ってくる。

「あるな。ちなみに、俺は海藻サラダの救世主だった」

 深瀬は、どうやら海藻サラダの救世主だったらしい。

「めっちゃおかわりしたの?」

「めちゃくちゃおかわりした」

「へー。ヒーローじゃん」

 俺は、深瀬におかわりしたかどうかを聞いた。

「はい。給食のおかわりでじゃんけんをするとき、じゃんけんだけしに来る奴いる」

 江口が言った。

「それ俺な」

 ぼそっと俺は言った。

「お前もか」

「深瀬も?」

「いや俺、海藻サラダの救世主だから。友達がやってたなって思ってさ」

「ああそうか」

 深瀬は、海藻サラダの救世主だから、おかわり争奪じゃんけんには参加しないらしい。

「ちょっといい?」

「はいはい」

 話していると、深瀬の後ろの廊下のドアから、体を半分出して、俺たちに話しかけてくる女子生徒がいた。

「松岡いない?」

 その女子生徒が言うと、俺たちはクラスを眺めた。

「いなくね?」

 俺は言う。

「いないな。江口なんか知ってる?」

 深瀬は江口に話を振った。

「わかんないわ。ごめんな。とにかくいないわ」

 江口は顔の前で手を縦にして持ってきて、女子生徒に軽く謝った。

「おっけ~。ありがと~」

 そう言うとその女子生徒は、廊下へ戻っていった。

 少しの間、また誰も口を開かなくなった。

 しかし、教室は少し騒がしい。

 上の階からは、軽音楽部か、吹奏楽部か。楽器を鳴らす音が聞こえる。

「……何の話だっけ?」

 江口は、小声で言う。

「海藻サラダの救世主な」

 俺は江口に言う。

「ああそうだ。おかわりのじゃんけんの話な」

 江口は、俺のヒントで思い出したようだ。

「あの時はじゃんけん一つにも全力だったよなあ」

 深瀬はスマホを見ながら言った。

「校歌歌うのも全力だったよな」

「あのエネルギーはどこから来てたんだろうな」

 俺と江口は、天井を見ながら話す。

「校歌かあ」

 江口は小さい声で独り言のように言った。

「小学校の卒業式のとき、校歌歌うところでめっちゃ泣いたわ俺」

「いや、校歌で泣くのかよ。卒業ソングじゃないんだ」

 俺は江口にツッコんだ。

「門出の言葉的なやつで泣くだろ。普通」

 深瀬は相変わらず、スマホを見ながら話している。

「いやさ。これで校歌歌うのも最後じゃんって思ったら、なんか悲しくなってさ」

「あ~」

 そういう考えなら、わからなくはない。

「小学生なのに、よくそこまで考えが及ぶよな」

 深瀬はスマホを机に置いて、体を起こし、江口を見ながら言った。

「小学校のときは神童だったからさ、俺」

 江口は、ドヤ顔で自分に親指を向けながら言った。

「というか、お前らは卒業式で泣いたことあるか?」

 江口は俺たちに尋ねてきた。

「俺は小中どっちも泣かなかったなあ」

 小学校の卒業式は、ほとんど友達と同じ中学に行くことになっていたので、特に悲しい感じもなかった。

 中学は……なんかこう……泣くのが恥ずかしい……みたいな、そんな感じだ。

「俺は中学で泣いたぞ」

 深瀬はそう言うと、今度は単語帳を開き始めた。

「お、なんで泣いたのさ」

 俺は深瀬に聞く。

「普段やんちゃしてる部活の先輩が、卒業式の最中に泣き始めてさ。まさか先輩が泣くなんて思ってなくて、もらい泣きしたわ」

「うわ~」

 俺は深瀬の話を聞いて、天井を仰ぐ。

「普段泣くとこ想像できない人がさ、いざ泣くとめっちゃもらい泣きしそうになるよな~」

 江口も天井を仰ぎながら言う。

「いやあ~。青いね」

「青い?」

 江口は俺に尋ねてきた。

「青春のこと」

「お前、青春のこと青いって言ってんのか」

「言わない?」

「初めて聞いたわ」

「そうかあ」

 江口は、言わないらしい。

 ちなみに俺も始めて言った。つまるところ、適当に言ったわけだ。

「高校はどうだろうな。泣くと思う?」

 江口は俺に聞いてきた。

「わかんないわ。小中泣いてないしな。俺。泣かないんじゃね?」

 実際、俺はあんまり泣かない。

 あんなにつらかった高一の後半。

 咲を見つけることができなくて、罪悪感でいっぱいになっていたときでさえ、俺は泣かなかった。

 落ち込んではいたけれど、泣くことはなかったんだ。

「中には卒業式来れないやつとかもいそうだよな。受験とかでさ」

 深瀬も天井を仰ぎ始めた。

 俺たち三人、教室で天井を仰いでいる。

「そういえば、クラス替えも気になるな。希望進路とかによって、文系理系である程度は決まるんだろうけどさ」

 江口は言った。

「俺たち全員バラバラかもな。深瀬は国公立志望だし、江口はそもそも理系、俺は文系だから」

 俺は淡々と言った。

 国公立志望となると、文系でも理系教科をやる必要があるため、クラスがおそらく分けられる。

 江口はそもそも理系で、俺は文系。

 同じクラスになることは……おそらくない。

「悲しいなあ……お前らも国公立目指そうぜ」

 深瀬はゆっくりと言った。

「無理無理」

「そもそも俺は理系だわ」

 俺と江口は、深瀬に言う。

「俺に関しては、進級すら怪しかったしな……」

 江口は半笑いで言う。

「まあ、後半で持ち直したからいいだろ。俺たち仲良く進級だ」

 深瀬は言った。

 そこで、俺は視線を感じた。

 その視界のほうに、首を回すと、未来がこっちを見ていた。

「んじゃ、そろそろ行くわ」

「あいよ」

「じゃあな~」

 俺は二人にあいさつすると、未来のところへ向かっていく。

 未来は、いつの間にか一人になっていた。

 柏木さんたちは帰ったんだろう。

「よく気が付いたねえ」

「ま、あんだけ見られてたら気が付きますよ」

「へへへ」

 俺たちは、廊下に出る。

 そのまま廊下を歩いていく。

 俺はなんとなく、あることを思っていた。

 でも、未来は帰りたいかもしれないし、迷惑をかけるわけにもいかない。

 そんなことを思っていると、俺たちは昇降口についた。

 ……。

「なあ未来」

「ん?」

「俺、帰りたくない」

 俺は未来に言った。

「もうちょい、学校に居たいかも」

 ほんと、気分だ。

 なんで学校に居たいのかもわからない。

 別に、家が嫌とか、そういうのじゃないんだ。

 できる限り、学校に居たいって、そう思ってしまった。

「そ。じゃあ……購買でも行って、パンでも買って、庭園で食べようか」

 未来は、すぐに俺の提案を飲んでくれた。

「ありがと」

「いいよ。全然」

 未来と俺は、昇降口から廊下に戻った。



 俺と未来は、購買で余っていたロールパンを買い、庭園に向かった。

 庭園は屋上の下の階にある。

 ここも、校内では人気のスポットだ。

 まあ、俺はあんまり来たことがない。

 屋上は、いろんな人が来る。

 しかし、庭園はこう活発な生徒がたくさん来るので、比較的静かな屋上が俺は好きだ。

 庭園という名前だけあって、芝生や木もある。

 この辺だと、一番緑が多い場所かもしれない。

 俺と未来は、庭園のベンチに隣り合って座る。

「いただきます」

「いただきます」

 俺と未来はそう言うと、ロールパンを食べ始めた。

「……意外とうまいな」

「ね。いっつも余ってるし、おいしくないのかと思ってた」

 ロールパンは、素朴ながらもパンの香ばしいにおいがして、おいしい。

「あ~。自販でコーヒー牛乳買うべきだったかも。ミスった」

「うわ。そうだわ」

 確かに、この素朴な味には、コーヒーが欲しくなる。

「ここには、よく来るの?」

 俺は未来に尋ねた。

「うん。みちるとよく来るよ」

 未来はちょっとずつパンを食べている。

 俺は、もうあと二口でなくなりそうだ。

「なんで来るんだ?」

「イケメン探しらしいよ。私はついて行ってるだけ」

「ああ……なるほど」

 確かに庭園には活発な人が来るし、イケメンも多いだろう。

「柏木さんって彼氏いんの?」

「いないよ」

「居そうなのにな」

「この人いいかも~って思った人に、大体彼女いるらしい」

「だからいないんだな」

 まあ、大抵モテそうな人には、彼氏彼女がいるもんだ。

 それこそ、柏木さんはスタイルもいいし、顔もいいから彼氏の一つでもいると思っていたから、未来に聞いたわけだけど。

「でも、大体彼女いるってことは、みちるの男を見極める目は、間違ってないってことになるね」

「確かに」

 春の風が吹く。

 少しだけ、暖かい。

 未来は、パンの最後の一口を、口に入れた。

 一生懸命咀嚼している。

「さて、私も食べ終えましたけど、どうしますか?」

 未来が聞いてくる。

 風が未来を撫でた。

 髪が揺れて、なんだか少し色っぽい。

「……ちょっと校内散策、しない?」

「うん。いいよ」

 俺の提案を、未来はまたすぐに飲んでくれた。

 未来と俺は立ち上がり、庭園から校内に戻った。



 本当に、あてもなく、なんとなく思ったほうに向かうだけだった。

 俺たちはなんとなく、上の階から回ることにした。

 そのまま庭園から、同じ西棟の四階に向かい、地学室に向かう。

 ここの地学室は、いつも開いている。

 この前、黛とここで話した時と同じように、散らかっていた。

「うわ、きったね」

 未来は怪訝な顔をした。

 相変わらず、地学室は散らかっている。

「もしかして、あんま来たことない?」

「ないない。わざわざ音楽室と地学室しかない四階に来ないし、屋上行くときも大抵はスルーしてるし」

「ここはいつもこうだよ。俺は割と好き」

 俺は、地学室を少し歩き回る。

「たまにアニメ上映会とか、突発弾き語り大会とかしてるぞ」

「へえ~。約二年通ってても、知らないことあるんだなあ」

 その後、未来も地学室を見て回っていた。

 俺たちは地学室を見た後、三階の廊下を歩いていると、向こうから蜜柑と女子生徒が石鹸やボトルが入ったトレイを持ちながら、歩いてくるのが見えた。

 向こうも気が付いたみたいで、距離が近くなってから、俺たちと蜜柑は話し出した。

「よ、保健委員の仕事か?」

 俺は蜜柑に尋ねた。

「そうです。そっちは?」

 蜜柑は俺たちに尋ねた。

「進が学校に居たいって言ってさ。いろいろ回ってんの」

 未来は蜜柑に言った。

「へえ~。確かに二年生ももう終わりますからね。改めて校内を回っておくのも悪くないかもしれません」

 蜜柑は笑顔で言った。

「おっと……仕事中でした。すみません。話しちゃって」

「いえ。大丈夫ですよ」

 蜜柑は、隣にいる女子生徒に謝った。

 女子生徒は、にこやかに蜜柑に大丈夫だと伝えた。

「悪いな。俺も話しかけちゃってさ」

 俺は蜜柑に謝った。

「ほんと、ごめんね。邪魔しちゃってさ」

 未来は、蜜柑の隣にいる女子生徒に謝った。

「いいえ! 大丈夫です」

 隣にいる女子生徒は元気よく答える。

「それじゃ、失礼します」

 蜜柑は俺たちにそう言うと、女子生徒を引き連れて、去っていった。

 俺たちは、自然とまた歩き出した。

 三階をそのまま回っていると、図書室についた。

 少し図書室の窓から覗いてみると、若葉が受付に座っていたのが見えた。

 若葉はなにやら、ライトノベルを読んでいるようだ。

 表紙には、かわいい女の子の絵が描かれている。

 邪魔しちゃ悪いかなと、未来と目を合わし、図書室の前から離れようとしたときに、ちょうど若葉がこっちに気が付いた。

 若葉は手を振ってくれる。

 俺たちも振り返す。

「かわいい~」

 未来はそう呟いた。

 若葉は手を振った後、本を閉じてから図書室から出て、廊下にいる俺たちのところまで来てくれた。

「どうしたの? 二人とも図書室なんてほとんど来たことないのに来るなんて。しかも、もう学期末だっていうのに」

 若葉はきょとんとした顔で言う。

 声量はいつもより小さかった。図書室の前だからだろう。

「なんとなく学校に居たくなってな。そしたら未来がついてきてくれたんだよ」

 俺も小さい声で言った。

「へえ~。よかったね」

 若葉は笑顔で言う。

「もしかして仕事中だったか?」

「まあ仕事中だけど、ほとんど本読んでるだけっていうか。パソコンでネットサーフィンしてるだけっていうか……」

 俺は、若葉の仕事の邪魔をしたのではないかと心配したが、そんなことはなさそうだった。

「ほぼネカフェだね」

「へへへ。そうだね」

 若葉は未来にそう言われると、恥ずかしそうに若葉は頭を掻いた。

「あ、そうだ。黛くんとはどう?」

 未来は、若葉に尋ねた。

「まあ、あんまり変わんないかも。でも、黛はなんだかそわそわしてる。なんか、まだイチャイチャするのに慣れてないっていうか……私はいっぱいイチャイチャしたいんだけど……」

「あはは。あんまりいじめんなよ~」

「はーい。気を付けまーす」

 未来と若葉は、黛の話で盛り上がる。

 黛が若葉を選んでから、あんまり様子を見られてなかったから、うまくいってそうでよかった。

「あ」

 楽しく話していると、本を借りたそうにこっちを見ている眼鏡の女の子が受付の前にいた。

 若葉はそれに気が付いたようだ。

「じゃあ、仕事来たから。二人ともまたね」

「うん。じゃあな」

「またね~若葉ちゃん」

 若葉はそう言うと、図書室の受付に戻っていった。

「さ、三階は回ったし……二階行きますか」

「そうだね」

 俺と未来は、そのまま廊下を歩いて階段に向かい、二階へ向かった。

「生徒会室、覗いていいか?」

 俺は二階に向かう階段の途中で、未来に言った。

「うん」

 未来は、階段の壁に貼られているポスターに目を取られていた。

 俺は階段から、まっすぐ生徒会室に向かう。

 生徒会室の前に着いた。中では会議をしてるようで、黛と町田さんと深瀬、そして一年生の佐藤さんと泉さんが話し合っていた。

「さすがに、こればっかりは邪魔できないね」

「そうだな。黛の顔も見れたし、さっさと行くか」

 俺たちは、さすがに邪魔になると思い、足早に生徒会室の前から去ることにした。

 実は、黛と佐藤さんがどうなっているのかが気になって、一番にここに行きたいって言ったんだけど、二人とも、仲良く話しているみたいだったし、特に問題なさそうだな。よかった。

 俺たちはそのまま、二階を回っていったのだが、自分たちのクラスである五組に戻ってみると、弥生と薫がいた。

 弥生は座り、薫は立って、一つの机で何かをしているようだった。

「ん? あら、どうしたの二人とも」

「わ、進に未来。なんでまだいるんだ?」

 弥生と薫は、穏やかな笑顔で俺たちに話しかけてくる。

「ま、気分だな」

「そうだね。気分だね」

 俺たちはそろそろ、なんで学校に居るのかの説明が、めんどくさくなってきたのか、返答も適当になる。

「そ、気分ね」

「変なの~」

 弥生と薫は、顔を見合わせて言った。

「勉強してるの? 弥生」

 未来は、弥生の机まで向かいながら言った。

「そうよ」

「へ~。えらいじゃん」

「まあね」

 弥生と未来は、笑顔で話している。

「弥生は文系だっけか」

「いいえ。理系になる予定よ」

「え! そうなの?」

 俺はてっきり、弥生は文系だと思って尋ねたが、理系になるのか。

「なんで理系なんだよ。別に理系科目ができるわけじゃないだろ。むしろ文系科目のほうができるだろ?」

「進路希望的に仕方ないのよ。だって私、医者になりたいんだから」

「ああ……そっか」

 弥生の父である、武さんは医者である。

 その父を見て、医者になりたいと思うのは、自然なことだ。

「薫くんから見てさ」

「うん」

 未来は、薫に話しかけた。

「こいつが医学部に入れる可能性はどれくらいなの?」

 未来は、弥生を見ながら言った。

「えっと……まあ……一番偏差値が低いところでも……あと一年じゃちょっと……無理かも……」

 薫は、両手の人差し指をつんつんしながら、気まずそうに言う。

「だってさ弥生」

「わかってるわよ。だから頑張ってるのよ」

 弥生は、やれやれといった感じで未来に言う。

「ま、尊敬してるよ。そんなに遠くにある目標でも、前を向いて頑張ろうってなるんだからさ。私なら、あきらめるし」

 未来は弥生を見て言う。

「そうだな。俺もたくさん勉強するの無理だ! って言って国公立受験あきらめてるし」

 弥生は努力家だ。

 勉強だって、いつも頑張っている。

 でも、成績はいまいち良くならない。

 すぐ近くに、とんでもなく勉強ができるやつがいるのに、よく意気消沈しないで勉強できるよな。

「二人がほめてくれるのはいいんだけど、僕は心配だ。よいちゃんが無理しすぎないか……それに、デザインの学校はいいの? よいちゃんは服とか、絵とか上手なんだから、そっちの道に行ってもいいと思うんだけど……」

 薫は、弥生の顔を心配そうに見ている。

 確かに弥生は、服のデザインや絵が上手だ。

 それに手先が器用だ。金魚すくいだって、得意だったし、服とか好きだって言っていた。

 確かに、そっちの道に進んでもいいのかもしれない。

「それを、薫くんが判断するの。いい? 弥生のパートナーなんだから。こいつが困ってたら助けてあげてね?」

 未来は、薫に言う。

「うん。そうだな。ありがとう未来」

「いいの。私は、こいつが薫くんの受験勉強の邪魔をしないか心配なだけ」

 未来は、弥生に顔を近づけて言う。

「あら余計なお世話ね。薫を舐めないで頂戴。東大だって今のところA判定なんだから。昨日も勉強せずに、黛とゲームをしてたくせに」

「あはは……」

 弥生は、薫の脇腹を肘で突きながら言った。

 薫は苦笑い。

「なら心配ないか。よかったな未来」

 俺は未来に言った。

「そうだね。あ、じゃあ弥生は、理系のクラスになるんだ」

「そうね。多分、二人とは同じクラスじゃないし……薫は文系科目もやるだろうから、私と離れ離れね」

 弥生は、淡い笑顔で言う。

「ちょっと悲しいわ。結構好きだったのよこのクラス。あなたたちとも出会えたし」

 そうだ。

 同じクラスじゃなかったら、ここまで親密な中になっていなかったかもしれない。

「ま、たまに会いに来ればいいじゃん? 受験に疲れたら、休憩がてら遊び誘ってくれてもいいよ」

 未来は、しょんぼりしている弥生に言う。

「そうね。そういえば、未来と二人で遊びに行くことなんて、まだなかったわね。絶対行きましょ」

 弥生は、明るく笑った。

 俺は、教室の前にある時計を見た。

 現在時刻は大体二時半。

「よし、そろそろ帰るか」

 俺は、未来に帰ろうと話を切り出した。

「おっけ。二人はまだ勉強?」

 未来は、薫と弥生に尋ねた。

「どうするの? よいちゃん」

「ここの問題だけ解いていきたいわ。さっぱりなの」

「わかった。じゃあ、もう少し残っていくよ」

 薫と弥生は、まだ勉強するらしい。

 俺も、そろそろ始めないといけないかもなあ。

「そ、じゃあね二人とも」

「じゃあな」

 俺たちは薫と弥生の二人に背を向けて、廊下に向かいながら言った。

「またね、二人とも」

「また明日~」

 薫と弥生は、俺たちを送り出してくれた。



「みんな、頑張ってて偉いよな」

「そうだね」

 校内には、まだぼちぼち人がいるようで、たまにほかの生徒とすれ違う。

 二階から一階に降りて、昇降口までの廊下で、俺は未来に言った。

 みんな、部活や委員会、勉強。

 いろいろ頑張ってる。

 俺はなにか、頑張れたのかな。

 これから、頑張れるのかな。

 少しだけ不安だ。

「ま、アンタも頑張ってるでしょ」

「お。そう思うか? どの辺?」

「人間、生きてるだけで頑張ってる!」

 未来は胸を張って、堂々と言った。

 ま、確かにな。

 俺も、黛みたいに考えすぎるところだったかもしれない。

「そうだな。生きてるだけで、頑張ってる」

 俺は、未来に言った。

「そうだ! えらいぞ人間! 生きてて偉い!」

 未来は、もっと胸を張って言った。

 そうだな。

 人生なんて、わかんねえ、わかんねえって言いながら、なんとなく先に進んでるもんなのかもな。

 俺だって、弥生や若葉、蜜柑や薫や黛。

 それに未来。

 それだけじゃない、たくさんの人を助けようって思って動いていたら、いつの間にか、元々の目的だった咲とだって再会できた。出会うことができたんだ。

 だから、あがいてるうちに幸福の切れ端を掴んで、掴んで、それを組み合わせて未来に進んでいくんだろう。生きていくんだろう。

「そうだ! 深く考えるな! 生きてて偉いぞ俺!」

「そうだ! いいぞ進!」

 俺たちはそう言いながら昇降口に入り、下駄箱で靴を履き替える。

「よし! 元気よく帰ろう!」

「そうだね! って具体的には?」

 未来は俺に聞いてきた。

「そうだな……走って帰る……のは道が狭くて危ないから……そうだ、今日は一駅分歩いて帰ろう」

「お、いいねえ~元気っぽい」

 未来は、笑顔で楽しそうに言ってくれる。

「あと……」

 俺はできる限り照れないように、林田や深瀬みたいにイケメンっぽく言えるように、未来に言う。

「そうすれば、未来と一緒にいる時間が増えるしさ」

 上手く、言えたと思う。

 答え合わせは、未来の表情ですればいい。

「……っ」

 未来は、目を見開いて顔を赤くした。

 大成功。俺の勝ちだな。

「さ、帰ろう。元気よく」

 俺は、何でもないような顔をして言った。

「……もう」

 未来は小さく言った。

「うん。元気よく、帰ろう! 一緒に!」

 未来は、大きな声で言った。

 俺たちは学校を出る。

 空はまだ明るい。

 帰るのには、まだ早い時間だ。

 だからこそ、元気に帰るんだ。


 

 次の日の放課後。

 俺は、屋上に向かっている。

 今日も午前で授業は終わり、明日は終業式だ。

 なんだか今日も学校に居たい気分になったので、屋上に向かっているわけだ。

 未来は、どうやら柏木さんたちと遊びに行くらしい。

 ということで、今日は俺一人だ。

 屋上についた。

 誰もいない。放課後になってすぐだから、誰もいないのだろう。

「よいしょ」

 俺はあえて、屋上の真ん中で仰向けになる。

 青い空が見えた。

 視界に入る情報量が少なくなったせいか、校内から聞こえてくる音の量が増えた。

 どうやら地学室で、バンド練習をしているやつらがいるっぽい。

 そして、誰かが屋上に向かってきていることも、足音で分かった。

 知らない生徒の前で寝っ転がってると、ちょっと恥ずかしいし、体は起こさないと……。

「あら?」

 俺が体を起こすと、屋上に向かってきていた足音の主が、声を発した。

「あれ? どうしたんだよ一人で」

 その足音の主は、弥生だった。

「こっちのセリフよ。私は学校に残って勉強する前に、屋上で気分を入れ替えようと思ってきたのよ」

 弥生は俺に近寄ってきて、隣に座る。

「で、あなたは? 何でここに?」

「ま、気分だな」

「あら、昨日と同じじゃない」

 弥生はくすくすと笑う。

「薫はどうしたよ」

「薫は若葉ちゃんと黛と遊ぶそうよ。モンスターバスターシリーズの最新作が出たみたいでね。昨日からずっとやってるわ」

「あ~あれか。俺も中学の頃やってたわ。昔の」

「私も混ざりたかったのだけど、いったんは勉強することにして、休憩時間にちょっとずつやるつもりよ」

「お前意外とゲーム好きだよな」

「そうね。誰の影響ってわけでもないけれど、いつの間にかやるようになってたわ」

 弥生は、このかわいらしい見た目で結構ゲームをする。

 しかも結構うまい。

「ふう~」

 弥生は屋上でごろんと仰向けになる。

「髪、いいのか?」

「……別にいいわよ。今は質のいい気分転換のほうが大切」

 俺は弥生のきれいな黒い髪が、硬い屋上の床に当たるのを心配したが、どうやらあんまり弥生は気にしてないらしい。

「明日、終業式ね」

「そうだな」

 俺も弥生の隣で仰向けになる。

 また空が見えた。

「五組、進はどうだった?」

「う~ん。まあ控えめに言ってめっちゃよかったよ」

「そう」

 文化祭があるまでは、正直、俺はクラスにあんまり馴染めてなかった。

 しかし、それからどんどんクラスの奴らと仲良くなっていった。

 深瀬や江口、柏木さんに森田さんや赤城さん……もちろんそれ以外のクラスメイトとも、全然会話はしたり、挨拶を交わしたりする仲になった。

 一年の頃に比べたら、青春ができていたような気がする。

 弥生はしゃべらなくなった。

「今思うとさ」

「なによ」

「俺たちめっちゃ仲いいよな」

「何よ突然」

 俺と弥生は一度仲違いをしている分、お互いのことをより深く知ることができた。

 そのせいか、弥生とは、特に仲がいいような気がする。

 話す機会は減った。弥生には薫がいるからだ。

 俺には……まあ……未来がいる。俺なんかでいいのかとはちょっと思うけど。

 だって、あれだけ直接、情熱的に薫に気持ちを伝えた弥生が、今隣にいるんだぞ?

 弥生と違って、俺はまだ、なんとなくでしか、未来にその気持ちを伝えられてない。

 だから、未来には、俺がいる! なんて、言えない。

「そりゃそうよ。親友でしょ」

「そうでした」

 でも俺たちは、お互いを親友だと思っている。

「ま、一応ちゃんと好きだったときあるし……まあ……薫の次にね」

「うわ、悪い女」

「なんとでも言いなさい。結局、あなたにとっても、私は二番目だったでしょ」

「……」

 弥生はおそらく、咲のことを言っている。

 そうだ。

 よく考えてみたら、俺にとっても、弥生は二番目だったかもしれない。

「そうだな」

「ちょっと最近、思ったことを言ってもいいかしら」

「いいけど」

「……そうね……例えば、私が初めて好きになった人と、告白とか、お付き合いしないまま、二度と会わない関係になるとするじゃない」

「ん? ああ……」

 わけがわからないが、いったん話を聞くことにするか……。

「そうしたら、その人がどんどん自分の中で神格化されていくと思わない?」

「ん?」

「えっと……だから……初恋の気持ちがずっと続いたまま……その後も成長して、異性と付き合ったりとか、するじゃない? でも、その初恋の人とは二度と会えないからこそ、その人を嫌いになることなんてないでしょ?」

「あ~。なんとなくわかるぞ」

 初恋の人と二度と会わないってことは、確かにその人への気持ちは変わらない。

 だって「初恋の人」のイメージに変化がないから。

 だから、自分の中で「私が初めて好きになった素敵な人」のままで居続けるわけだ。

「わかった? よかったわ。そんな実ることのなかった終わりのない初恋を抱えたまま、成長していって、お付き合いをしたり、結婚したりするじゃない? まともに恋ができるの? って私は思うのよ。本当に、二度と会わない初恋の人を超えるくらいに好きな人は現れるの? って思うのよ。だっていいイメージのまま、変わらないのよ? その人は、自分の中で、ずっといいイメージのままで生き続けるのよ? 今付き合ってる人の印象は、変わり続けるのに」

「うわ。えぐいなお前」

「だって思っちゃったんだもの」

 なんでこいつは、こんなことを思ったのか。

 確信めいたことはわからない。

「だからこそ、恋は終わらせなきゃだめだと思うの。終わらせられるうちに。だってそうなると自分が、その人に恋していることをやめる権利を失うのよ。あの人、好きだったなあ……で終わっちゃうのよ」

 でも、絶対にわかることはある。

「その恋した相手は、ほかの人と付き合ってるのかもしれないのにね。そんな状態で、まともに恋なんてできるの?」

 弥生は、俺との関係を、一度終わらせた。

 付き合ってたわけじゃないけど、お互い好きではあった。

 でも、その好きを終わらせたんだ。

「だから、恋は終わらせるべきなの。恋したまま終わりじゃダメだと思うのよ」

「そうだな」

 もし、弥生と俺の関係が、お互いに好意を寄せたまま、不完全燃焼のままだったら、もっとこじれていたかもしれない。

 一度、終わらないと、次に出す一歩が重くなる。

 終わってない「それ」に、足を引っ張られるから。

 全部終わらせて、清算してから前に進まないと、過去の記憶という弊害が足を引っ張るからだ。

 こう思うと、黛と蜜柑も、薫と未来も、俺も弥生も。

 一度関係を終わらせているからこそ、今もいい関係で居られるのかもな。

「っていう思春期の戯言を、信頼できる親友に吐露したところで、私は勉強に戻ります」

 弥生は、起き上がった。

「ん~」

 弥生は立ち上がって伸びをする。

「頑張れよ。無理はしないようにな」

「無理って……あなたにだけは言われたくないわ。薫に心配をかけさせない程度に頑張ります」

 弥生は、笑顔で言った。

 それは、とても自信に満ち溢れていた笑顔だと思う。

 弥生は、それから屋上を去った。

 特に挨拶もせずに。

 また会うことが必然だからな。

 どうせ、明日も会う。

 同じクラスだから。

「帰るか!」

 俺は帰路に着くことにした。

 最高の状態で、明日の終業式を迎えたい。

 俺は立ち上がり、弥生と同じように伸びをして、屋上から昇降口への道を歩き出した。



 次の日。

 終業式は淡々と終了した。

 ただ、終業式が終わり、教室に戻り、帰りのホームルームが終わり、帰れるという状況になっても、やはり同じクラスの人たちと離れるのが惜しいのか、すぐに帰る人はいなかった。

 俺もその一人だ。

 クラスメイトの中には、泣いている生徒もいる。

「また同じクラスになれるよね~」

「わかんない~どうしよ~」

 そんな会話をしている女子生徒が何人かいた。

「お疲れ進くん」

「お疲れ」

 俺は、普段はあまり話すことのないクラスメイトとも、別れの挨拶をしていた。

 思い返してみると、どのクラスメイトとも、何かしらの思い出はある。

 一緒に文化祭で準備をしたり、体育のときに同じチームになったり。

 落とした消しゴムを拾ってもらったり、教科書を貸してもらったり。

 そんな小さな関わりでも、何度も何度もその小さな関わりを繰り返していくうちに、お互いのことを知って、分かり合えるようになる。

 意外と、小さなことでも覚えているものだ。

「よ、進」

「江口。お疲れさん」

「お疲れちゃ~ん」

 江口はいつも通り、ふざけた口調で話す。

「いや~なんだかんだ、今年度も終わったわ」

「そうだな。来年度は三年だ」

 俺たちは、俺の席の後ろの、空いているちょっとしたスペースで、立ちながら話している。

 江口はクラスを見回している。

「よ。なに話してんの?」

 深瀬が声をかけてきた。

「ま、適当に話してるだけだよ」

 江口はそう言った。

「そ」

 深瀬も教室を見回している。

「まあ……別れを惜しむのもわかるけど、来年度もなんだかんだ同じ学年にいるわけだ。嫌でも会えるさ」

 クラスの様子を見た深瀬は言った。

「そうだな。いやでも顔ぐらいは合わせるな」

 俺は、深瀬の発言に同調する。

 確かに、仲が良かったクラスメイトと離れ離れになるのは、少し悲しいが、同じ学校にはいるわけだ。

 ちょっと会いたかったら、会えるだろう。

「でもさ、俺はこのメンバーのこのクラスが好きだからさ」

 江口は、頭の後ろに手を回しながら言う。

「このクラスが今日で最後って思うと、ちょい悲しいわ」

 江口は優しい笑顔で言った。

「そうだな……」

 深瀬がそう言うと、俺たちは会話もせず、クラスメイトたちが教室にいるのをしみじみと眺めていた。

「やり残したこととか、ある?」

 俺は二人に尋ねた。

「やり残したことねえ」

 深瀬は、腕を組みながら言った。

「う~ん」

 江口も腕を組み、考え始めた。

「深瀬くん! ちょっといいかな」

 俺たちが考えていると、廊下側のほうから、森田さんが深瀬に声をかけた。

「ああ。なんだ?」

 深瀬がそう言うと、森田さんは近づいてきた。

「ちょっと……話があるの……来てくれる?」

 森田さんは恥ずかしそうに、なおかつ緊張した面持ちで言った。

 俺と江口は、顔を合わせた。

 自然とお互いの考えていることがわかる。

 これは告白か、それと同等の行為をしようとしているぞ!

 俺も江口も、そう考えているだろう。

「ああ。いいぞ」

 深瀬はそう言うと、先を行く森田さんに、深瀬はついて行った。

「おい、マジかよ」

「ああ、マジじゃね? あれ」

 深瀬たちが去ったあと、俺と江口は、そろって頭を掻きながら言った。

「勇気出したなあ……森田」

 江口は、呟くように言った。

「……やり残したことねえ」

 江口はそのまま、また呟くように言って、教室の一点を見つめている。

 見つめている先は、恐らく赤城さんだった。

 柏木さんと未来と、楽しそうに話している。

「なあ」

「なんだよ」

 江口は声をかけてきた。

「俺、やり残したことあるから。行ってくるわ」

 江口は淡々と言った。

「ああ」

 俺はなんとなく、江口がやろうとしていることを察した。

「頑張れよ」

 俺がそう言うと、江口は軽く、俺に向けて親指を立てた。

 江口はそのまま赤城さんたちがいるところに向かい、赤城さんに話しかけた。

「赤城、ちょっといいか?」

「ん? なに?」

「俺、赤城に話あんだよね。飲み物でも奢るからさ、ちょっと話せないか?」

「……」

 俺は騒がしい教室の中でも、江口の話している声が聞こえるように、耳を澄ませた。

「いいよ。ほら、行こ。ごめんね。ちょっと行ってくるわ」

 赤城さんは江口の提案を飲むと、未来と柏木さんに断りを入れて、二人は廊下へ消えていった。

 グッドラック、江口……。

「あら、何やら面白いことになってるみたいね」

 教室の前のほうの様子に、夢中になっていた俺は、隣から不意に声をかけられて、少し驚いた。

 声のしたほうを向くと、弥生と薫がいた。

「うわ。お前らどこにいたんだよ」

「トイレよ。終業式中、ずっと我慢してたの」

 弥生は、ニコニコで言う。

 ニコニコしながら言うことでもないような気はする。

「薫は?」

「僕もトイレだ。終業式中、ずっと我慢しててな」

「お前もかよ……」

 二人そろってトイレトイレ……仲がよろしいことで。

「それで、やっぱり告白イベントは起こるのね。こういった区切り……と言える日に」

 弥生は腕を組み、クラスを見ている。

「そうだな。江口に関しては……今思い立った……って感じだったけど」

 あいつ、大丈夫かな……。

「おいしょ~三人とも! おつかれちゃん!」

「お疲れ様」

 三人で話していると、未来と柏木さんが会話に混ざってきた。

「おつかれちゃん!」

「へへ~。おつかれちゃん」

 薫と柏木さんは、仲良さそうにお互いを労わる。

 この二人、球技大会が終わってから、すごい仲良くなった。

 異性としてというよりは、兄弟みたいな感じだ。

 薫と若葉の関係に、似ているかもしれない。

「というか、やばくね。森田も江口も」

「ええ。やばいわね」

 未来と弥生は、連続して起こった告白に対して、驚きの表情をしている。

「江口くん……前から言ってた? 赤城のこと好きって」

 未来は、俺に尋ねてきた。

「いや……まったく知らないし、赤城さんのことを好きだって仕草も見せたことなかったような気がする」

 確かに、赤城さんと江口は仲がいい。でも、江口は基本的に誰とでも仲良くなれるし、仲がいいぐらいじゃ好きかどうかなんてわからない。

「うわ! あの子馬鹿なふりして策士じゃん! 隠すのうますぎ! いつから好きだったんだろう! うわ~急にテンション上がってきた……」

 未来は、テンションが上がっているようで、その場でそわそわし始めた。

「進くんはいいのかい? やり残したこと、あるんじゃない?」

「え?」

 柏木さんは、俺をニヤニヤしながら見てくる。

「そうよ。あるでしょ。進にもやり残したこと。ね~未来」

「うぜえなあ……この女……」

「ふふ」

 弥生もなんだかニヤニヤしながら、未来に話を振っている。

 未来は、それをうざいと言いながらも、少し顔は赤くなっている。

「ま、家に帰るまでに方法を思いついて、それをできたらいいんだけどな。やり残したことをさ」

 俺は、柏木さんと弥生を見て言う。

 二人は、うんうんと頷いてくれた。

「なんだ? 僕にはさっぱりだぞ?」

「薫はいいのよ」

 きょとんとしている薫の肩を、弥生はとんとんと叩いた。

 薫には一切、状況がわかっていないようだった。

 こいつ……多分弥生くらいストレートに好意を伝えてくれる相手じゃないと、気が付かないくらい鈍感だからな……。

 腕を組んで、一生懸命考えているようだけど、俺がやり残したことは、薫にはわからないだろう。

 だって、俺にもなんとなくしかわかってない。

 未来に、どのように気持ちを伝えるべきなのか。

 確かに、未来とはほとんど毎日一緒にいる。

 同級生の中で、一番一緒にいる時間が長い。

 毎日電話するし、もはや毎日一緒に登校するのだって、当たり前になっている。

 でも、気持ちはまだ伝えてないし、未来からの気持ちも聞いていない。

 正直、この距離感で、今さら何を伝えるんだ……という感じである。

 ぶっちゃけ、お互いに察してるだろ。お互いに好きなこと。

 今さら「好きです。付き合ってください」なんて、言ってもなあ……。

「さて、帰るわよ薫。お腹もすいたし」

「うん」

 弥生は、薫に帰ろうと提案した。薫はすぐにその提案を受け入れる。

「柏木さん、来年同じクラスだといいわね」

「うん! 一緒だったらよろしく~。ね、ハグしてもいい?」

 柏木さんは、弥生に尋ねる。

「ええ。いいわよ」

 弥生は腕を広げ、柏木さんを受け入れる体制になる。

「やった~」

 弥生と柏木さんは、ぎゅ~っとハグをする。

「未来は……どうせ別のクラスね」

「あ~はいはい。清々するわ」

「ふふ。私もよ」

 弥生は、柏木さんにくっつかれながら、未来と話をしている。

「……まあ、頑張って。無理しないでよ弥生」

 未来は、弥生に優しい笑顔を見せた。

「ありがとう。未来。ほら、あなたもハグよ」

「はいはい……」

 弥生に言われると、未来は、弥生と柏木さんとハグをした。

「ふう。進も、楽しかったわ。いろいろと」

 三人はハグをするのをやめた。そして、ハグをするのをやめた弥生が話しかけてくれた。

「俺も楽しかったよ」

「そう。ならよかった」

 俺は、弥生に笑いかけた。

 弥生も笑ってくれる。

「本当に、ありがとう進。進がいなかったら……僕は暗いままだったかもしれない」

 薫は穏やかな笑顔で、俺に言ってくれる。

「いいんだよ。俺だってお前らからいっぱい、いい思い出もらってるからさ」

 俺は、ゆっくり薫に伝えた。

「未来も、元気でやるんだぞ。いざとなったら、全力で進を頼るんだ!」

「うん。薫くんも、明るく元気なままで居てね。薫くんがいるだけで、幸せなやつが隣にいるんだから」

 薫と未来は、しっかりと目を合わせて話している。

「そうだな」

 薫は、弥生を少し見てから言った。

「じゃあ……またね」

「またな!」

 弥生と薫は言った。

「うん。じゃあね」

「わ~ちょっと悲し~じゃあね~」

 未来と柏木さんは言った。

「またな~」

 俺も言った。

 弥生と薫は、それぞれの席にあった荷物を持って、廊下へ去っていった。

「どうする? 江口とか帰ってくるの待つ?」

 俺は二人に尋ねた。

 未来と柏木さんは、その場で「う~ん」と考え始めた。

「私は……ちょっと図書室で待ってようかな」

 柏木さんは言った。

「私は……もしもの時があったときに、森田をよしよししないといけないからさ。お二人は帰りな~」

 柏木さんは、俺たちを見ながら腕を組み、にやにやしながら言う。

 ま、江口は大丈夫だろ。あいつは一人で立ち上がれる男だ。

 森田さんがもしフラれたら……柏木さんのフォローがいるだろうし、俺たち……いや、俺だけか……邪魔になるのは。

 まあいい、とにかく、俺たちは帰ろう。

「帰るか」

「そうだね」

 俺と未来は、顔を見合わせながら言った。

「よし! 私は図書室に向かうぜ! さらばだ! 二人とも! また会う日まで、さようなら!」

 柏木さんはそう言うと、荷物を持ってすごい速度で廊下へ消えて行った。

 教室には、いつの間にか、俺と未来以外誰もいなくなっていた。



「よし。さらばだ二年五組」

「さらば二年五組」

 俺と未来は、教室から廊下に出たあと、二年五組に一礼をした。

 そして、昇降口に向かって歩き始めた。

 下駄箱に着くと、黛と若葉とばったり会った。

「お。お疲れ、進。それと未来」

「わ。偶然」

 黛と若葉は、仲良く一緒に帰るようだ。

「お疲れ黛くん。若葉ちゃん」

「来年度もよろしくな」

 俺たちは靴を履きながら、二人に言った。

「おう。たまにはうち来いよ。暇だから」

「じゃあね。二人とも~」

 二人はそう言うと、先に昇降口を出て行った。

「よかった。うまくいってそうで」

「ああ」

 未来はニコニコしながら、二人の様子を見ていた。

 それから、俺たちはたわいのない会話をしながら、いつも通りの道を通って下校した。

 校門を出て、車道が近すぎる狭い道を通り、交差点を抜け、商店街を通り、仙川駅に着く。

 そして電車に乗り、終業式の写真をSNSにあげている学校の奴らをスマホで見たり、江口たちはどうなっているんだろうと思いながら、俺たちの最寄りに着くまで未来と話をする。

 いつもと変わらない。

 三学期入ってからは、ほとんどこうだった。

 そうして俺たちは、最寄りに着いた。

 時間はまだ昼。

 俺たちはいつもと同く、大通りを通り、自宅に向かっていく。

 いつも通り、どうでもいい会話をしながら。

 そして、いつもなら未来と別れる大通りの交差点で、未来は言った。

「じゃあ、またね」

 未来は大通りの信号の前で、俺を見る。

「いや、今日は家まで送るよ」

「え」

 俺は未来に言うことがある。

 でも、帰り道の途中で言うことじゃないような気がした。

 だから、俺は未来を家まで送りたいんだ。

「まあ、いいけど……」

 未来はそう言うと、青になった信号を渡り始めた。

 俺もその隣を歩く。

「昼なのにさ、送り届けてくれなくてもいいのに」

「いや、ちょっとな」

「……」

 未来はチラッと俺を見た。

 至極、真顔で。

 そこから、未来の家の前に着くまでの、約十分間。

 話すことはなかった。

 気まずい感じはなく、たま~に未来は、俺の顔を覗いてきた。

 なんとなく、気を使ってくれている……ように俺は感じた。

 そして、未来の家の前まで、俺たちは来た。

「それで? なんでうちまで来たの?」

 未来は軽く腕を組む。

 でも、表情は穏やかだ。

「言いたいこと、あったんだけどさ。帰り道の途中で言うのもちょっと、と思ってさ」

「そ。言ってみなよ」

「ああ」

 俺は間違えないように、ゆっくりと話す。

「俺さ。あの中学の頃の事故の後、未来の亡くなった両親と未来に……すごい罪悪感があってさ。俺があの時、未来を庇おうとしなければ、未来も未来の親も……助かったんじゃないかって……」

 俺は、未来をしっかり見つめる。

 未来も、真剣に俺の話を聞いてくれようとしているみたいだ。

「その罪悪感を隠すために、私のことを探してくれたんでしょ? 大事な高校一年生の一年間を捨てて。私に謝るために」

 未来はやれやれとした表情で言う。

「ああ。それで一年間かけても見つからなかったから、俺はあきらめた。こんだけ俺が望んでも、探しても、会えないんだから、咲だって俺と会いたくないだろうって思ったから」

 未来は、俺をしっかりと見つめなおした。

「それでも罪悪感は消えなかった。だから俺は身を削ってでも、傷ついてでも人を助けようって思ったんだ。誰でも助けようって思った。そこまですれば、罪悪感が薄れていくだろうって思ってな」

「……」

 未来は話さない。

「それで、弥生や若葉……それに薫を助けようって頑張ってるうちに、未来とまた会えた。それで、お前に謝ることができたんだ。俺の罪悪感は、その時ちょっとだけなくなった」

「その罪悪感、もう抱えなくていいよ。私、もう大丈夫だし、一年も必死に私のこと探してくれたんでしょ。それだけで平気だから」

 未来は、穏やかな笑顔で言う。

「うん。ありがとう。それで、未来に伝えようと思ってたことの本題に入るんだけど……」

「え、まだ本題じゃなかったの」

「うん」

「……ま、いいや。ほら、どうぞ」

 未来は、ちょっと頭を抱えてから、俺に言った。

「えっと、俺は誰に対しても助けようって思ってたんだけどさ。それで、俺たち共同戦線だろ?」

「うわ、懐かし」

 懐かしい。

 未来がまだ、記憶を取り戻してなくて、俺のことすら知らなかった頃、未来は薫と、俺は弥生といい感じになるために作られた、共同戦線。

「懐かしいだろ? まあ……だから、これからはあの……少し未来のために俺、頑張りたいなって、大事な人のために頑張りたいなって、そう思ったんだ」

「……」

 未来は、少しだけ顔を赤らめた。

「馬鹿」

「え?」

 未来は俺に、馬鹿、と言った。

「もうアンタは、私のために十分すぎるぐらい頑張ってるっつーの」

 未来は笑いながら、俺の顔に指を差した。

「毎日の電話だって、一緒に登校したり、下校したり、一緒に遊びに行ったり……もう十分、私のために頑張ってます。アンタは」

「……」

 その言葉を聞いて、俺はもう訳がわからないくらいに、うれしい気持ちになった。

 本当に、また会えてよかった。

 こいつと。

「そっか。じゃあまあ……これからもよろしくな。未来」

「うん。よろしく。進」

 俺が笑うと、未来も笑ってくれた。

 一緒に笑えるだけで、とても嬉しい。

「あ……そうだ……」

 俺は、俺の部屋に、ずっと置いてある、あれのことを思い出した。

「なに?」

 未来は、キョトンとした顔で俺を見る。

「線香花火、やるか」

 そう。線香花火。

 俺の部屋の物置の奥に眠っている。

 咲の家にあった、線香花火。

 咲とやるって約束した、線香花火だ。

 未来と再会した今、やるべきだろう。

「いいね! やろ……」

 未来はそこまで言うと……少し腕を組んで、何かを考え始めた。

「いや。それはお預けにしよう」

「え。なんでよ」

「大学受かって、二人で卒業したらにしようよ。そうすれば、線香花火をするために頑張れるでしょ?」

「ああ……」

 確かにそうだ。

 そのほうが絶対いい。

 これからの人生を頑張る目標が増えるから。

 未来のために、頑張る目標が増えるから。

「そうだな。そうしようか」

「よし! じゃあ今、来年度のカレンダーに入れておくから!」

「俺もそうする」

 俺と未来はそう言いながら、スマホを触る。

 俺は、三月のカレンダーに「未来と線香花火」と入力した。

「えっと……言いたいことはこれくらいだ」

「うん。ありがと。嬉しかった」

 未来は笑顔で言う。

 頬がほんのり赤くて、かわいい。

「よかった。それじゃあ、またな」

「うん。またね」

 俺は未来に別れを告げると、未来に背を向けて、歩き出した。

「待って!」

 未来は、俺が歩き始めてから、少ししてから叫んだ。

「なんだ~」

 距離はそんなに離れてない。

 数歩歩けば、未来の近くにはいける距離だ。

 叫ばなくても、少し声を大きくすれば、声は届く。

「……直接言おうか悩んだけど……ま、言わなくてもわかるよね!」

 未来はそう言いながら、右手の親指と人差し指を交差させた。

 これはあれだ。指ハートってやつだ。

「……ああ。わかるよ」

 俺は未来を見ながら頷いた。

「絶対。俺がそばにいるからな」

 俺は恥ずかしげもなく言った。

「うん」

 未来が頷く。

 俺は未来が頷くのを確認すると、未来に背を向け、また進み始めた。

 それは、これからの未来に向かって進んでいくように。

 

 記憶という弊害を乗り越えて、これからも進んでいくんだ。


 




 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る