滅亡世界で旅をする

嘘屋ムト

独り、この世界

 少年と少女はゴーストタウン東京を歩いていた。

 日本の首都であり、約1200万ほどの人々が住んでいた東京の姿は失われていて、今では、無駄に高いビル群と、ただの照明と化した信号が無機質に並んでいるだけの空っぽの街、ゴーストタウン東京へ成り下がっている。

 少年と少女は長い旅の中で、今の東京のような空っぽの街を何度も見てきた。だから、堕ちた東京を見ても、何も感じないと思っていた。だけど、過去の東京と今の東京の違いは余りにも大きくて、本当に人類はんだと、再認識する。


「私達って、本当に2人ボッチなんだね、ルカ」


 ルカ、そう呼ばれた少年は、少女ことホナミの言葉に大きく頷きつつも「でも......」と続けていく。


「独りぼっちよりはマシだろ、ホナミ」

「確かにね」


 二人は少し微笑んでから、今日の宿泊場所を見つけるためにあたりを見渡す。安いビジネスホテルなら、もう何軒か見つけていがるが、人類は滅亡した今、金を払わずに高級ホテルに泊まっても、それを咎めるものは居ない。だから、出来るだけ高級なホテルを見つけ、フカフカなベットで眠ろう、というのが、長旅で疲れた二人の考えだ。


「お、あそこなんていいんじゃない?」


 ホナミが指を指したのはところどころ金で装飾されたホテルだ。形も、実用性を重視した四角形ではなく、妙なところに曲線が入っている。なにより、設置されている電子看板に一泊あたりの金額が書いていて、その金額は0の数を数えるのが億劫になるほどだった。


「いいじゃないか、今日はよく眠れそうだ......誰かの邪魔が入らなければ」


 今この世界の住民はこの二人だけ。その場合、必然的に「誰か」の正体は一人の少女に絞られる。


「なんだね、その下衆な者を見るような目は」


 一呼吸おいて──「そもそもなんで僕と同じベットで寝たがるんだ?」と、ホナミとギャグを完璧に無視し、ずっと気になっていた疑問をぶつけてみる。そういえば、共に旅をする条件として「毎晩同じベットで寝る」というのがあったような気もするが、あの頃は色々余裕がなくて、それどころじゃなかったため、よく覚えてない。


 少し考えてから、ホナミは口を開いた。


「その理由はね……ここだと寒いから、この話はベットの上でしようか」

「今日も僕のベットで寝るのか......」


 寝ぼけたホナミに、顔面を蹴られることを覚悟したルカだった。








 ◆◇







 例のホテルに入ると、自立人型ロボット達が二人を出迎えてくれた。彼らは人類が滅亡した今も、このホテルで永遠に、お客が来るのを待っている。もう人間は何か月もこの場所に立ち寄ってないはずだが、思いのほかこのホテルは埃一つなく、人類が滅亡する前の状態を保っていた。多分、彼らがやったんだろう。


「しっかり者のロボット達だな」

「雇主はみんな死んじゃったけどね」


 不謹慎なジョークを挟みつつ、エレベーターに乗り、自分たちの部屋を目指す。

 

 ルカの部屋は最高クラス、プラチナの205号室。そしてホナミはその隣の206号室……のはずなのだが、当たり前の様に№8は205号室の扉を開け、ルカの快眠の地となるはずだったのベットにダイブする。


 一人部屋のベットと言ってもさすが高級ホテル。頑張れば四人寝れそうな面積だ。まあ、狭いから眠れないわけではなく、寝相が悪いから眠れないのだが。


「ちゃんと教えてくれるんだろうな。お前が僕と寝たがる理由」

 

 ベットに無事入った二人は先程の話を再開する。ルカ完全に電気を消さないと寝れない派などで、部屋は真っ暗だ。


 隣で寝転がっているはずのホナミの姿が暗闇の中に隠れて見えなくて、誰もいないこの世界で、独りボッチになったような錯覚を陥った。


「私はここにいるよ」とでも言うように、ホナミは口を開いた。


「君のことが好きだから、という理由じゃだめかな?」


 この期に及んで冗談か、と思いつつも、正論で返す。


「この嘘つきめ。好きな奴が嫌がっていたら普通辞めるだろ」

「君こそ、嘘つきだ。君は大して嫌がってないじゃないか」

「そうみえるか?」

「そうみえる」


 ルカは苦笑する。ホナミに指摘されて、案外この軽口を言い合う時間が好きなのかもしれないと、自覚したからだ。


「私、怖いんだ。朝起きたら、君が急に居なくなってしまうのではないか、ってね」

「それが理由か?」


 馬鹿らしい。そう思ってしまったのは、あまりにも可愛らしい理由だったからなのか、それとも──


「うん、そうだよ」

「随分可愛らしい理由だな」

「我ながら、そう思うよ」

「その点は安心したらどうだ。僕も独りボッチは怖い。お互い様だ」

「僕も君も、完全にお互いに依存してるね」

「こんな世界じゃ、しょうがないだろ」

「それもそだね」

 

 本来は終わるはずだったのに、二人はたまたま運が良くて生き残った。何も残されてない世界で。


 でも、ルカは既に知っていたのかもしれない。自覚はないけど、こんな世界でも、手放したくないと思える存在ができることを。


 だから、こんな言葉を口に出したのだろう。


「あと──僕が君の元を離れることなんて決してない」


 ホナミは「そうか、そうか」と言いながら笑った。そして言った。

 

「さっき、君のことが好きだといったね。あれは──心からの言葉さ」


ルカが、ホナミが、どんな表情でこの言葉を発しているのかは暗い、暗い、暗闇のせいで分からない。だけど、誰もいないこの世界で、独り寂しく生きている。そんな表情ではないことは安易に想像できるだろう。


 



 






 




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滅亡世界で旅をする 嘘屋ムト @himajinn_hima

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