第3話

 仕事も恋愛も上手く行っていた。


 そんなある日、妹から電話がかかってくる。

「お姉ちゃん……お母さんが……」

電話の向こうで泣いている声。いやな予感がした。

「お母さんが、どうしたの?」

「……癌が見つかったの」

「癌? どこに?」

「……膵臓だって。もう手の施しようがないって、お医者さんが……」

「そんな……」

「もって、3ヶ月って……」


 半年ほど会っていなかった母。そんな病気だなんて全く気付いてあげられなかった。

 インターネットで、膵臓癌について調べるが、余りいいことは書かれていない。

 嘘でしょう? 母は、まだ50歳を超えたばかりなのよ? 父が来年定年で、これから第二の人生だなって喜んでいたのに……。


 とおるさんを婚約者として紹介するという形で、実家に帰ったのは、その週末だった。


「あらあら、まあまあ。こんな素敵な人が? 良かったわねえ」

そう言って、いそいそとお茶を入れようとする母に、座っているよう促して、妹がいろいろと手伝ってくれる。

「ホントに、この子はどんどん前に進んで行っちゃう子でねえ。男の子みたいに。結婚なんて、もう期待もしてなかったのよ」

そう言って笑う母に、心から申し訳ないと思った。


 もっと一緒にいてあげればよかったな。


「孫の顔が見たかったなあ……。なんて、ごめんなさい。こんな贅沢言っちゃダメよね」

帰り際、母はそう言いながら手を振った。


 これが、元気な母の姿を見る、最後の機会になるかもしれなかった。


 帰りの車の中、ポロポロと涙がこぼれてくる。

 透さんは、私の頭を撫でた。

「思いっ切り泣いていいよ。……隣にいることしかできなくて、ごめん」

そんな彼の優しさに甘えた。わあわあ声を上げて泣いた。


 母のことを考えないように、仕事に没頭した。なるべく仕事の予定を入れた。スケジュール帳がいっぱいになるほどに。


 ……スケジュール帳。


 そんなことができるのか? そんな願いが叶うのか? そんな願いを叶えてもいいのか?

 複雑な心境になりながら、私は震える手で、手帳に文字を書き込む。母の次の通院予定日だった。その日の経過次第で入院することになるかもしれないと、妹から連絡があったのだった。


「診断は間違いで、母は助かる」

そう書いて、上から、あのシールを貼った。


 通院日、妹が泣きながら電話してきた。

「お姉ちゃん、聞いて!! お母さんの病気、膵臓癌じゃなかったの!! 手術すれば治る病気だったの!!」

二人で泣きながら、母の無事を喜びあった。


 けれど……


 本当に母の病気は膵臓癌ではなかったのだろうか? 私は、もしかして願ってはいけないことを願ったのではないのか。それが叶ったのだったとしたら……。


 じわじわと罪悪感のようなものが、心の隅に、たまっていくのを感じていた。


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