魔法少女の脳筋妖精

若取キエフ

少女とガチムチ


「やあ、おかえりマイちゃん」


 ここはとある少女、マイの私室。

 学校から帰宅した彼女に、当然の如く温かい挨拶をしてくる不審者にマイはギョッとする。


「…………は?」


 それもそのはず、見知らぬ筋骨隆々なガタイの男が、部屋の真ん中で礼儀正しく正座をしながら自分の帰りを待っていたのだから。


 そして、それは優しく微笑みながら続けて言う。


「僕は魔法の国から来た妖精、プロテイス。これから君をサポートする為に人間界にやってきたんだ。よろしくね」


 マイは開いた口が塞がらなかった。

 突然自らを妖精と名乗る不法侵入者が現れたら、おそらくは誰でもこうなるだろう。


 マイは深呼吸をしてから静かに扉を閉め、少し間を置いた後、叫んだ。


「あんた誰っっ!」


 マイの突然の反応に首を傾げ、彼は再び名乗った。


「僕は魔法の国から来た妖精、プロテ――」


「それは聞いたよ!」


 リピートする自己紹介を中断させると、再びマイは彼に尋ねる。


「なんで当たり前のようにあたしの部屋にいるのよ!」


 プロテイスの見た目は妖精という言葉があまりにも似合わない。

 過酷な訓練を積んだ軍人のそれだった。


 そんな男が勝手に女子の部屋に侵入しているのだから、彼女が身の危険を感じるのは必然である。


「まあまあ、順を追って説明するから」


 と、興奮気味のマイをなだめつつ、プロテイスはここに来た目的を説明する。


「これから君は僕と契約をアレして魔法少女になってもらいたいんだ」


 唖然とした様子のマイを気にせず、魔法の国の妖精は話を続ける。


「今この世界は悪の組織によって、人間を混沌のアレに陥れて人類の未来がアレな感じになろうとしている。このままだと町中の人間がなんかもうヤバイ感じになって世界の平和が大変な事になってしまうんだ」


 しかし、プロテイスは説明が壊滅的に下手だった。


「……世界が、なんて?」


 当然状況を理解出来ないマイは疑問に満ちた言葉を漏らす。


「つまり、近いうちに世界がまずい事になってしまうんだ」


「要約してもわかんないんだけど……」


 なかなか理解してくれないマイに気を急いたプロテイスは、さらに分かりやすく説明するのだが。


「だからねマイちゃん、僕と契約して魔法少女に――」


「なるわけねえだろアホか! ってか気安く名前で呼ぶな!」


 マイが放つ罵詈雑言の言霊によって言いかけた言葉はかき消された。


「っていうかあんた、下にママがいるのにどうやって入って来たのよ?」


「いや、君のお母さんが出かけてる時を見計らって裏口の扉をこじ開けて来たけど」


「警察っ!」


 プロテイスの空き巣ばりの侵入手口を聞いたマイは、慌てて部屋から出ようとするが、


「え、あれ、なんで?」


 鍵も付いていない扉がビクともしないのだ。


「ちょっと、なんで、ママ! ママ開けて!」


 何度も扉を叩き母親に助けを呼ぶものの、マイの親は一向に気が付かない。


「ふふ、無駄さあ。今この空間はアレな感じで僕の支配下にあるからね」


 必死になるマイを嘲笑うように、プロテイスは不敵な笑みを浮かべる。


「僕の魔法でこの部屋を隔離したのさ。いくら衝撃を与えても扉は破れないしケータイの電波は遮断した。そのうえ消音効果でどれだけ君が叫ぼうと声は外に漏れない。……そして極めつけは、僕が魔法の解き方を忘れてしまったという事だ」


「バカなの? あんたも外に出れないじゃん」


 自己犠牲の監禁行為に、マイは怒りを通り越して侮蔑の目を向ける。


「だからその……君が魔法少女になってアレな力に目覚めないと、僕達二人は永久にこの部屋から出られないんだ」


 まさに捨て身の契約を強制してくるプロテイスに貞操の危機を感じた。


「イヤっ! 筋肉ダルマのおっさんと一生この部屋にいるのは絶対にイヤっ! 誰か助けてええええ!」


 涙目で叫ぶマイだが、やはり声は届かない。


「おっさん呼ばわりはやめてくれ。僕はこれでも二十六だよ」


「急にリアルな年齢出してきたな……」






 その後、幾度となく隔離された部屋から出ようともがくマイだが、次第に抵抗するのを諦め、終始正座待機しているプロテイスと向かい合わせで腰を下ろした。


「ねえ、あんたは何が目的なの? 女子を部屋に閉じ込めるとか普通に犯罪ですけど」


「だから言ってるだろ。魔法少女になって悪の組織と戦ってほしいんだ。それに、君が力に目覚めないと僕もここから出る事は叶わない。僕も君と同じ痛みを分け合っている、つまりは運命共同体なのさ」


「お前が元凶だろが!」


 しかし、このまま言い合っていてもらちが明かないと察したマイは、とりあえずプロテイスの言う魔法少女についての情報を聞いてみた。


「ちなみに聞くけど、あたしが魔法少女になると自分に何かデメリットとかある?」


「君、普通メリットのほうから聞くのがセオリーじゃないのかい?」


「昨今の魔法少女もののアニメ見てると、女の子が散々な目に合わせられるから警戒してんのよ。いきなり命がけのデスゲームとかされたらたまったもんじゃないし」


 プロテイスのかけた魔法を見るからに、常識の範囲から外れた世界に来てしまったのだと理解したマイ。


 そのうえで、自らの安全が保障されるのかを問うていた。


「デメリットなんかないよ。可愛い服を着ながら戦えるんだよ? その姿はちゃんと町の人達も見てくれるし、ファンになって応援してくれる人達が現れるかもしれない。言わば君はアイドルになれるんだよ? 女の子はたいがい憧れるでしょ。アイドル」


「公開処刑じゃねえか!」


 プロテイスがこれでもかと提供する甘い蜜をガン否定しながら、しかし他に方法がない事を知ると、溜息を吐きながら現状を受け入れた。


「ああもういいや。早くここから出たいから魔法少女でも何でもなるわよ、もう」


 マイが折れた事でプロテイスは「やった!」とガッツポーズをし、そしておもむろに背中に手を伸ばすと、自身のタンクトップからピンク色のステッキが引き抜かれた。


 その先端にはダンベルを模した造形が施されている。


「それじゃあこのマジカルステッキを持ってこう唱えるんだ」


「それどこから出したの! 色々汚いんだけど!」


 マイの訴えは耳に届かず、プロテイスは彼女に契約の呪文を伝える。


「『我、慈愛の精プロテイスと契約を結び、彼の者を悠久の従者とし、共に悪を滅ぼさん』。という感じでアレしながら呪文を唱えるのさ」


 そう言いながら少し温もりを感じるステッキをマイに渡し、受け取ったマイは「マジかよ」と言わんばかりにドン引きしながら呪文を復唱する。


「わ、我、じあいのせい、プロテイスと契約を結び……かのものを悠久の従者とし、共に悪を滅ぼさん……」


 口に出すのもはばかりたい、苦行にも近いワードをマイは青ざめた表情で唱えた。

 すると、突如マイの体から光が溢れ出し、眩い閃光が部屋全体を包み込む。


「何これ……身体が、熱い」


 火照る身体から感じる、外見の変化。

 徐々に自分の着ていた制服が溶けるように消えていき、それを追うようにして新たな衣類が全身を覆う、その感覚にマイは若干の心地良さを感じた。


 そして光が消えると、マイは先程とは違う自分をまじまじと見つめる。


「これは……」


 ピンクを基調とした派手なドレス。ごわつく生地に丈の短いフリルスカートが着慣れないマイは、次第に赤面してしまう。


「これがコスプレってやつ? ……いや、これで外に出るとか無理なんだけど」


 などと呟きながら、ふと正面を見ると、両目を押さえながら床でのたうち回る筋肉の姿が映っていた。


「あんた、何やってんの?」


 苦しそうに悶えているプロテイスに向かって尋ねるマイ。


「いや、ちょっ……ごめん。光で、目が、目がっ!」


「なんであんたがダメージ受けてんの?」


 目の前の怯んた筋肉を見つめながら、さすがに少し心配になる。


「それは……魔法少女のプライバシーを守る為、変身時はスタングレネード並みの強烈な閃光を周囲に放つ仕様になっているからさ……ぐっ!」


「変身するだけで被害拡大するじゃん……」


 はた迷惑なモーションだとマイは思い。

 毎回これがテンプレートならば、町の平和を守る前に、逆に自分が町にの人々に被害を及ぼす可能性があるのでないかと、マイは溜息を吐いた。






「で? 変身したはいいけど、これでどうやったら出られるの?」


「さあ、魔法少女になった事ないから分からないけど、なんかいい感じに頭で思い描けばなんとかなるんじゃないかな」


「相変わらず適当かよ……」


 そう言いながらマイは部屋のドアの前に立ち、


「開けっ」


 と、開く扉をイメージしながら言葉を放つ。

 すると、独りでに部屋のドアノブが回り出し、静かに扉が開いた。


「やった、出れたよ!」


「さすが僕が見込んだだけあるね。やはり君には魔法の才能があるんだ」


 はたから見ればただ部屋から出るだけなのだが、マイはそこに辿り着くまでのプロセスを思い出し、二人は得も言えぬ安堵と達成感に満ちていた。


 だが、そんな時だった。

 ふと窓の外を覗くと、今の今まで明るかった景色が一変、紫がかった薄暗い空模様へ変貌した。


 眼球の癒えたプロテイスがその光景を見ると、


「あれは……まずい、さっき言ってた悪の組織、カオースが現れた!」


「名前雑じゃね?」


 悪の組織が舞い降りた事を察知し、わたわたと慌てだすプロテイス。


「マイちゃん、時間がない。今すぐ行こう!」


「えっ、いきなり? あの、まだ心の準備が……」


 突然の事態に動揺するマイ。

 その様子を見たプロテイスは彼女の肩に手を置くと。


「大丈夫だ。僕の魔法を破ったマイちゃんなら必ず勝てる。自分を信じるんだ」


 マイを奮い立たせようと鼓舞する。

 自分に向ける、プロテイスの真っ直ぐな瞳を見ながら。


「……わかった。あたし、やってみる!」


 自らも熱いハートをたぎらせ覚悟を決めたマイは、人々を苦しめようと企む悪の組織を討つべく部屋を飛び出した。


 補足説明を加えると、マイは魔法少女に変身した事により、普段よりも気持ちの昂ぶりが上がっているのだ。

 つまりプロテイスの熱い言葉に触発され、自らもその気になっているだけなので時間が経てばいつものマイに戻る。


 話は戻り、勢いよく階段を駆け下り玄関に向かうマイ達。

 その途中。


「あっ、マイ、もうすぐお夕飯ができ……」


 マイの母親とすれ違うが、緊急事態故にマイは母に目もくれず、そのままキッチンを通り過ぎる。


「ごめんママ、ちょっと出かけてくる!」


 そう言い残して、マイは家から出て行った。

 遅れながらプロテイスも後を追い、


「あ、どうも、お邪魔しました」


 申し訳ながらに挨拶をすると、大柄の不審者も家を後にした。


「…………えっ、何? 今の」


 コスプレをした娘が慌てた様子で家を出ていくと同時に、体躯の良い見知らぬ大男も娘を追って出ていく姿に、マイの母親は現状を飲み込めず困惑するばかりだった。







 マイの家から左程遠くない公園に、ドス黒い竜巻のようなものが発生していた。


「あそこだよ、マイちゃん」


 二人が竜巻の発生源まで向かうと、突如その渦は掻き消え、中から人影のようなものが現れた。


 漆黒のマントを羽織り頭に二本の角を生やした男。

 いかにも悪役っぽい外見をした男は、マイを見るなりニタリと笑みを浮かべる。


「ほう、新たな魔法少女か、面白い。我が漆黒の業火に焼かれ朽ち果てるがいい」


 好戦的な男を見たプロテイスは危険を察知し、戦慄した。


「あいつはまさか、カオースの三幹部の中で最もアレな感じでヤバい男、漆黒のなんとかだ」


 あからさまに焦りを見せるプロテイスだが、その不明瞭な説明から、この男の強さがどれ程なのか露程にも伝わらない。


「驚くならせめて名前くらい覚えてあげなよ……」


 雑な解説をされ、哀愁漂う表情を見せた幹部らしき男を不憫に思ったマイは、なんとなく敵側のフォローをしたくなった。


 気を取り直した男は咳払いをし再び仕切り直す。


「まあいい。おい、娘、私が直々に相手をしてやろう。そして思い知るがいい、貴様ら魔法少女がいかに無力かをな!」


 調子の戻った男は、マイを煽り立てる。

 その気になっている男に勝負を挑まれるも、危ない事をしたくないマイは引き気味にプロテイスに助けを要請する。


「ねえ、なんかこの人すごいやる気なんですけど……あんた何とかしなさいよ」


 そう言いながら、マイはプロテイスの背中に隠れる。


「くっ、まさかいきなり大物が現れるとは思ってもみなかったよ。だけど安心して。僕も魔法の国で鍛えたこの肉体で、微力ながらマイちゃんを援護するよ」


「もう魔法とか関係ないじゃん……」


 あまり頼りにならなそうな発言をするプロテイスだが、せめて身代わりくらいにはなるかと思い、マイは肉の壁の如く筋肉を前衛に回す。


「ふっ、魔法少女を庇うか、その意気や良し。だが、貴様一人で庇いきれるかな?」


 男がそう言うと、突如地面から無数の人影が現れた。

 それは人間サイズの、黒い全身スーツを身にまとった男達。


「こいつらは、あの、たしかカオース屈指の、なんか使い回しモブキャラ集団! くそっ、よりによってこんなアレな時に……」


 絶体絶命のピンチらしい雰囲気なのだが、プロテイスのずさんな反応でシーンが台無しである。


 男はもはやプロテイスの言葉を気にも留めず、空気を読んで会話を続ける。


「くく、さあ、この絶望的状況を切り抜けられるか……な?」


 だが、男は言い切る直前、前方に見える異様な光景に鳥肌が立った。

 プロテイスから発せられるオーラのようなものが、歴戦を潜り抜けてきた男の直感が過剰に刺激される。


 一歩踏み込めば、その先に待っているのは『死』。

 そんな殺気が、周囲に広がる。


「僕は絶対にあきらめない……必ずマイちゃんを守り切ってみせるっ!」


 突然、プロテイスは大きく息を吸い込み、


「おおおおおおおおおおおおおおお!」


 轟く叫び声と共に、地面が砕ける程の脚力で宙に高く舞い上がった。


 そして空中で己の拳を握りしめると、マイを壁際に追いやっていた量産型モブに目がけ、重力抵抗を無視した急速落下を繰り出す。


「砕け散れっっっ!」


 そう叫びながら、隕石の如く周囲に拳を叩き付けた。

 その威力は凄まじく、地面に巨大なクレーターを残して集団モブを一瞬のうちに消し去る。


「ええええ……」


 それを見た幹部の男と、そしてマイは同時に思った。



 一人だけ世界観が違う……。



 そしてたじろぐ男にプロテイスはゆっくりと近づき。


「ま、待て! 今回は私の負けでいいから……」


「これが正義の鉄槌だっっっ!」


 有無を言わさず正拳突きの構えで拳を撃ち抜き、周囲に突風が巻き起こる程の衝撃波が生まれる。


「まさかこの私がああああああああああ!」


 その衝撃によって、男はテンプレのセリフと共に消し炭となった。


 一部始終を目撃したマイは、ふと呟く。


「あたし……魔法少女になった意味ないじゃん」


 圧倒的な戦闘力を前にして、自分の存在意義に疑いを持つマイだった。






 危機的状況などまるでなかった一戦を終え、プロテイスは安堵したように一息吐いた。


「いや~今回ばかりはもうダメかと思ったよ。ありがとうマイちゃん、君のおかげだ」


「いや、あたし微塵も活躍してないけど」


 プロテイスの無双を見ていただけなのに、何故か自分が持ち上げられるマイ。


「謙遜しちゃって。……そうだ、この事を女王様に報告しなきゃ」


 と言って、プロテイスはケータイを取り出した。


「女王様って、その、魔法の国の?」


「そうだよ。落ちこぼれの僕でもちゃんと魔法少女の役に立てたって事を報告しなくちゃね」


 魔法の国にもケータイの概念があるのか疑問に思うマイだが、それよりも気になった事がある。


「っていうか、あんたって落ちこぼれだったの?」


 マイが尋ねると、少し言い辛そうに話した。


「僕は魔法が上手く使えないからね。小さい頃はよくバカにされたもんさ。だから少しでも役に立ちたくて今の、魔法少女を陰ながらサポートする仕事に就いたのさ」


「陰ながらっていうか、メインアタッカーだったけど……」


 住む世界が違えばたちまち英雄になれるポテンシャルを秘めているのに、己の力に気づいていないプロテイスを色々残念に思うマイだった。


「だからねマイちゃん、これからも君の力が必要なんだ。どうかよろしく頼むよ」


 そんなプロテイスは、今回の件は全てマイのおかげだと思い、彼女により一層の期待を寄せる。


「え……いや、まあ」


 心からのお辞儀を見せられ、断り辛くなってしまったマイは、


「……後ろで見てるだけでいいなら」


 と、なし崩し的に了承した。

 どうせこいつが一人で戦うしまあいいか。そう思いながら。

 マイの承諾を得たプロテイスは喜びに満ちた顔で女王に戦果を伝える。


 のちの、かなり近い将来、悪の組織カオースは壊滅する事となる。

 屈強な、決して妖精とは言い難い一人の男によって。


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