第50話 紅羽先輩、無理しないでください

 今日はバイトの日。

 俺と紅羽先輩はいつものようにバイトをこなしている。


「いらっしゃいませ〜、何名様です────」


 そしていつも通り俺が来たお客さんに対してそう問いかけようとしたのだが…一つ、いつも通りではないことが起こった。


「────え!?」


 いつも通りではないこと、それはお客さんが違った。

 …もちろん常連さん以外にも新規のお客さんっていうのは良く来ることだし、お客さんが毎回変わるというのは何も不思議なことではない。

 であれば何が違うのか…


「こんばんは、天城くん」


「お邪魔致します」


「明日真と紫雨!?」


 どうしてこの二人が────と思ったが、明日真には一度聞かれてバイト場所を教えたことがある。

 むしろ今まで来ていなかったことの方に驚くべきか。


「本当にバイトしてるんだね、陽織さんと」


「…天城さんが働いている場所というだけあって、雰囲気も私好みです、私もここで働いてみ────」


「ざ〜んねん!私と新くんだけで十分だから!紫雨ちゃんは大人しく私にお客様接待受けてて!」


「あれ、陽織さんと紫雨さんは知り合いなの?」


「敵です」


「敵…」


 この二人の関係性を知らない明日真は、敵という関係性に疑問を抱いているようだ。

 …とはいえ俺も、二人が何故そこまで対立し合っているのかという理由はわかっていない。

 きっと女性同士何か通ずるものがあった上での対立なんだろう。


「まぁとにかく座ってよ!せっかく来たんだったら何か飲んでいって!この時間帯お客さん少ないから周りの目とかも無いしのんびりできると思うよ!」


「そうですね」


 とりあえず二人には席に座ってもらい、二人が注文した飲み物を俺と紅羽先輩はカップに注いだ。


「…紫雨、コーヒーのブラックなんて大丈夫なのか?」


「…はい、飲んだことはありませんが、私はそこに居る天城さんの恋人…明日真さんの言葉を聞くに陽織さん?とは違い、大人としての自負がありますから、コーヒーのブラックくらい飲めて当然です」


「…え?もしかしてだけど私のこと?」


「はい、他に陽織さんという方がこの場に…いえ、その前に天城さんの恋人という時点であなた以外────あ、もしかしてもうお別れになったんですか?だとしたら申し訳無いと謝罪────」


「別れるわけないし!あと私もう20歳になったからブラックも飲めるし!」


「では、他にお客さんも居ないみたいですし、是非ご自分でもブラックコーヒーを飲んでみてはいかがですか?」


「もちろん!じゃあ新くん!私も一つコーヒーのブラック注文ね!」


 今までバイトの間で紅羽先輩が飲み物を飲んでいるのは見たことがあるがコーヒーですら飲んでいるところを見たことがないのにブラックなんて本当に大丈夫なんだろうか。

 だが紅羽先輩は一度決めるとその意思を変える人じゃないため、俺は大人しく紅羽先輩にもコーヒーのブラックを持っていった。


「ありがと!…新くん、見ててね!」


「は、はい…その、無理だけはしないでくださいね」


「無理なんてしないから!」


「天城さん、私のことも見ていてくださいね」


「あぁ…」


 紫雨は自分から頼んでいるからブラックは飲んだことが無いとはいえある程度苦いものに自信があるから頼んだんだろうが、意地で飲もうとしている紅羽先輩が本当に心配だ。

 少しでも苦手そうな素振りを見せたらすぐに止めよう。

 そして二人は同時にコーヒーのブラックを飲んだ…が、そこで予想外のことが発生した。


「ん、こほっ」


「紅羽先輩、無理しないで────」


「…こほっこほっ」


「え、紫雨!?」


 紫雨も何だか苦しそうな表情をしている。

 …結局紫雨もブラック飲めないのかよ!

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