第48話 紅羽先輩、仲良くなりましたね

「勇気を出して…それでは、まるで告白をしなかった人は勇気が無かったみたいじゃないですか!」


 紫雨は今までにないほど大きな声を出すと、力強くサーブした。

 紅羽先輩はそのサーブを打ち返すことはできたが…


「強っ…!」


 紫雨がボールに込めた力が強かったらしく、紅羽先輩が打ち返したボールはコート外に出てしまった。

 これで一対一の同点だ。

 特にルールなどを決めてこのテニスの試合を始めたわけではないが、次に点を取られてしまった方が今回のテニスでは敗北という雰囲気を感じる。


「紫雨ちゃんのこと何となくわかってきたよ…でも、やっぱりそれは勇気が無かったんだよ、あと一歩…踏み込む勇気が!」


 紅羽先輩も大きな声を出すと、力強いサーブを見せた。

 …二人とも何か言い合っているということはわかるが、ここからでは何を言っているのか全ては聞こえない。


「そんな、はず────」


 紫雨はそのボールを打ち返そうとしたが、打ち返すことができず紅羽先輩の放ったサーブボールは見事紫雨のコート側の地面でバウンドした。

 俺は紅羽先輩に向けて声を出した。


「紅羽先輩!流石────」


 だが、紅羽先輩は俺の方に手を大きく広げ、俺に静かにするよう合図してきた。

 …かと思えば、紫雨の方に駆け寄っていった。

 二人は大声ではなく普通の声量で話しているのか、もはや俺には二人が何を話しているのかは聞こえない。


「あなたの言う通りだったのかもしれません、私は彼との関係を壊したく無かったんです…それに、私が彼の隣に相応しいとも思えなかったんです」


「やっぱり…そうなんだね」


「ですが、私が出せないでいた勇気を出すことができたあなたになら、天城さんのことを任せられるかもしれません」


「うん、任せ────」


「────と思いましたが、先刻あなたに力強く私の本音の部分を指摘されたこともあり、私にも欲が湧いてきました」


「…欲?」


「もしあなたが現を抜かし天城さんを無下にしたとするならば、私は今宵にでも天城さんに私の気持ちを告げます」


「え!?」


 紫雨は真剣な顔をしていて、紅羽先輩は何かに驚いたような顔をしている。

 紫雨が何か変なことを言ったんだろうか…紫雨のことだからきっとまたよくわからない語句でも使ったんだろう。


「どういうこと!?さっきの流れは私のこと新くんの恋人として認めてくれたって流れじゃないの!?」


「認めはしましたが、誰も私の気持ちを完全に諦めるなんていうことは一言も言っていません、私は夜明けをゆっくりと待ちます」


 紅羽先輩と紫雨の話が終わったのか、紫雨がこっちに向かって歩いてきた。


「ちょっと!」


 紅羽先輩も紫雨の後を追うようにこっちに向かって走ってきた。


「二人で何か話してたみたいだが…どうだ?紫雨、紅羽先輩の印象は、本当に紫雨が心配するような人じゃないんだ」


「…そのようですね、軽薄で一時の感情のままに動きそうだと思っていた私の第一印象は間違っていたようです」


「第一印象ってそんなこと思ってたの!?」


 あくまでも第一印象、今は違うということだろう。


「…天城さん、これからもお友達として、私と仲良くしてくださいね」


「あぁ、もち────」


「新くん!お友達の前に私ともいっぱい仲良くしてね?」


「遮るとは…恋人なのであればもっと堂々としていれば良いじゃないですか、それとも何か不安でもあるのですか?」


「不安なんか無いし!」


「…正妻が変わる日も近いかもしれないですね」


「どういう意味!?」


 不安に…制裁?

 何が不安で何を制裁するんだ?

 よくわからないが、とにかく最初よりかは仲良くなってくれていそうで何よりだ。


「…もうそんな話良いし!それよりも!一応私のこと認めてくれたんだったら、約束!覚えてるよね?」


「…あぁ、お願いを一つ聞いて欲しいというものですか、どのようなお願いですか?」


「……」


 紅羽先輩は紫雨の耳元に小声でその内容を伝えた。


「…え?…良いですが、私にも良くはわかりませんよ?」


「良いから良いから!じゃあ約束ね!」


「…承知しました」


 二人は何かの約束をしたらしい。

 …と思ったら、今度は紅羽先輩が俺に話しかけてきた。


「新くん!さっきの続き、聞いてもいい?」


「…え、さっきの続き?」


「ほら!私のこと褒めてくれようとしてたじゃん!」


 あぁ…さっき紅羽先輩に止められてしまったやつだ。

 もちろんそんなことで怒ったりしないため、俺は素直に褒める。


「流石の凄────」


「待ってください、私のことも褒めていただけなければ不平等です」


「…え?」


 そこに何故か紫雨が割って入ってきた。


「私が勝ったんだから私が褒めてもらうの!」


「勝ち負けというものに縛られているうちは、まだまだ私にもテニスでは無い方の勝負にも勝利する可能性は残されていますね」


「そっちは特に勝ち目無いから!!」


 その後は三人で仲良く…なのかはわからないが軽く言い合いもあったりしながらご飯を食べ、解散した。

 …なんだかんだ言っても、今日で二人が前よりも少し仲良くなったと思うと、俺は嬉しい気持ちになった。

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