第42話 紅羽先輩、怒ってますか

「…あの、紅羽先輩?」


「……」


「何か…怒ってますか?」


 紅羽先輩は表情からして少し怒っているというか、どちらかといえば拗ねているような様子だ。


「…怒ってないよ」


 この怒り方は…厄介な方の怒り方だ。

 怒りすぎているほど怒っているのであれば今すぐにでもそれを指摘してくるはずだが、特に指摘するほど感情が乱されているわけではないがそれでも何か思うところがある、といった感じだ。


「本当ですか?」


「……」


「何か怒ってるなら言ってください、俺────」


「じゃあ言わせてもらっちゃうけどね!!」


 …え?


「新くんやっぱり学校でもモテモテじゃん!あんなに女の子にキャーキャー言われておいてよく私の前では平然と女の子にモテないとかって嘘ついてたね?」


「え…違いますよ!あれは俺にじゃなくて明日真に────」


「新くんにも視線向けられてたよ!」


「…向けられてたとしても、それは俺が執事服っていう珍しいものを着てたからとか、そんな理由だと思います」


「他の執事服着てる男の子には向けられてなかったみたいだけど?」


 それは俺自身もさっき自分で思ったことだ…

 紅羽先輩は口を閉じて拗ねているようだ。


「紅羽先輩…?あの…大丈夫ですから」


「もう新くんの言葉なんて簡単に信じれないよ!」


 今度は顔も逸らした。

 …俺は一つ彼氏として行動を起こすことにした。

 俺は紅羽先輩の頭を撫でながら言う。


「前にも言いましたけど、紅羽先輩しか見えてないですから…本当に」


「…本当に?」


「本当です」


「…じゃあ、後一つだけ良い?」


「はい」


「…執事服似合いすぎだよ!執事服なんて着れる機会滅多に無いと思うから今のうちに色々として欲しいんだけど!え、色々って何かって?例えば今みたいに頭を撫でてくれたりとか抱きついてくれたりとか、壁ドンとか…!あー!待ってそれダメかも私の心臓が持たないから!でもして欲しい〜!心臓が何個くらいあったらなぁ」


 紅羽先輩は楽しそうに色々と妄想しているようだが、本当にそろそろ執事喫茶が始まる時間数分前なため、俺は手短に紅羽先輩との話をつけることにした。


「紅羽先輩、ちょっと来てください」


「…え?うん」


 俺は廊下から階段の方に移り、空きスペースの壁に紅羽先輩を痛くない程度に押してから右手を紅羽先輩の横に、手のひらを開いた右手を置いた。


「えっ、新く────」


「紅羽先輩、俺行ってきますね」


「う…ん!」


 俺は紅羽先輩の要望通り勢いに任せて壁ドンをして紅羽先輩に落ち着いてもらい、すぐに教室の方に戻った。


「天城くん、おかえり」


「あぁ、ただいま」


 俺は明日真に出迎えられる形で教室の中に入った。

 それとほぼ同時に女子生徒もこちらに近寄ってきた。


「あ、天城くん!良かった〜、戻ってきてくれたんだ」


「遅れて悪かった、もちろん戻ってくる」


「うん!さっきはキャーキャー騒いじゃってごめんね?」


 この女子生徒は、前俺に頻繁に話しかけてきていた女子生徒だ。


「大丈夫だ、ほとんどは明日真にだと思うし」


「…天城くん気づいてないの?」


「え、何が?」


「…ううん、なんでもない、それよりそろそろ始まるし、執事っぷり見せてよ!天城くんと明日真くん!他のみんなも!!」


「うん」


「もちろんだ」


 それから数分後。

 とうとう俺たちの仕事時である執事喫茶が開店した。

 しばらくは順調に事を運んでいたのだが、そろそろ紅羽先輩が来店する順番だということに気づき、おそらくは俺だけが教室内で戦慄としていた。

 …紅羽先輩がお客さんとして来たら絶対に何かが起きる、これは根拠の無い予感なんかではなく、紅羽先輩と長い間一緒に過ごしてきた経験から来るものだ。

 …俺がどうにかしないとな。

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