第43話 紅羽先輩、おかえりなさいませ

 そして…その時はやってきた。


「お、おかえりなさいませ…お嬢様」


「うん!ただいまー!」


 紅羽先輩は今までのお客さんにないほどの順応性を見せている。


「えっと…じゃあ、あちらの席にお座りください」


「はーい」


 俺は紅羽先輩のことを席に案内し、座ってもらった。

 …なんだか前にも俺がバイト中で紅羽先輩がお客さんとして来店して来たことがあったが、あの時も大変だったからな、今日も気を引き締めていこう。


「これがメニュー表になります」


 俺が紅羽先輩にメニュー表を見せるも、紅羽先輩は受け取るだけ受け取って笑顔で俺のことを見ている。


「な、なんですか?」


「ううん?執事服似合ってるなーって」


「あ、ありがとうございます…それで、何か注文はあったりしないんですか?」


「新くんの方こそ、まだメニュー出してないんじゃない?」


「え…?」


 そうは言われても、俺は誰がどう見てもメニューと書かれたものを紅羽先輩に渡している。


「ほら、彼女の私にだけするメニュー、例えばその執事服のまま私と一緒に写真撮るとか」


「無いですよそんなの!」


「じゃあ執事服のままで私に罵詈雑言を浴びせるとかは?」


「なんですかその絶妙にマッチしない組み合わせは…」


「新くん何にもわかってないね」


 紅羽先輩は少し落胆している様子だ。

 …私情的には紅羽先輩に特別待遇をしたいところだが、文化祭の出し物的にそれは絶対にしてはいけないことだ。


「紅羽先輩、何かメニュー頼んでくれないですか…?」


「え、全部頼むよ!」


「え…?」


「新くんにそんなことそんな顔と声でメニュー頼んでなんて言われたら全部頼んじゃうよ!全部で何円するの?」


「ちょ、そんなの良いですよ、どれか一つ頼んでください!」


「うーん、じゃあ新くんのおすすめ!」


「わかりました」


 俺は俺が紅茶の中で一番好きな紅茶を淹れた。

 喫茶ということだし、紅茶っていうのも風情があって良いと思ったからだ。


「お待たせいたしました、俺が一番好きな紅茶を淹れました」


「新くんが好きな紅茶!?やった!今までそういえば紅茶の話とかしてなかったから楽しみ!」


 紅羽先輩は姿勢正しく紅茶を飲んだ。


「美味しいですか…?」


「うん!美味しいよ!」


 俺はとりあえず一安心した。


「それはよかっ────」


「天城くん、そろそろ明日真くんだけじゃ対応しきれないから天城くんもまた他のお客さん対応してもらってもいい?」


「あ、わかった」


「…もう行っちゃうの?」


「すみません、また対応し終わったらすぐに戻って来ますから、ゆっくり紅茶飲んでてくださいね」


「うん、私ちゃんと待ってるね」


「はい」


 そして俺は次のお客さんの対応をしようと思ったのだが。

 そのお客さんというのが、予想外の人物だった。


「天城さん、こんにちは」


「む、紫雨むらさめ!?」


 同じ学校ないの人物なため予想外、という表現をするのは過度かもしれないが、それにしたって紫雨の性格的にこんな出し物に来るというのは予想外だった。


「…ふむ、その成り立ちは、まるで古き令嬢に仕える従者のようですね」


「古き…従者?」


「いえ、何でもありません、とてもお似合いですね、よければ紫雨ではなくご令嬢とお呼びください」


「ご、ご令嬢!?」


 お嬢様呼びですら恥ずかしいのを堪えてるのにご令嬢なんて…


「どうしましたか?」


「…いえ、ご令嬢、席にご案内致します」


「はい…!」


 紫雨は心無しか嬉しそうにしている。

 …のだが、ここでアクシデントが起きる。


「あ、ごめん天城くん!席が埋まっちゃってて相席になっちゃうけど大丈夫か確認してもらってもいい?」


 女子生徒がこちらに向かって言った。


「ってことらしいがどうだ?」


「構いません、私は天城さんの執事姿を目に収めるために来ましたから」


「わかった」


 俺は相席を探した…ん。


「え、相席って…」


 席が…一つしか空いていない。

 しかも、あの席は…


「どうかしましたか?天城さん」


「なんでもない…案内します」


 俺は空いている席に紫雨のことを案内した。


「失礼します」


 紫雨は礼儀正しくその席に座った。

 …その席は。


「あれ、新くん?もう帰ってきたの?」


「…新、くん?」


 紫雨が俺のことを下の名前で呼んだ紅羽先輩の方に顔を向けた。

 …出会わせてはいけない二人を出会わせてしまったような気がする。

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