第26話 紅羽先輩、俺の姉さんです

「あぁ…」


 朝、旅館を出て帰りのバス、俺は寝不足によって少し疲れていた。


「眠たそうだね新くん?よく寝れなかったの?」


「誰のせいだと思ってるんですか!ていうか紅羽先輩はなんでそんなに元気なんですか!?先輩だって昨日俺と同じくらいの時間に寝たはずですよね!?」


「うん、昨日の夜は楽しかったね〜…紅羽呼びまだ慣れないけど良い…!」


「昨日の夜って、変な言い方しないでくださいよ…」


 まさか楽しかった旅行の帰りがこんなに寝不足な状態になってしまうとは…俺が噂に聞くショートスリーパーの人たちみたいな感じだったら寝不足とかにはなっていないんだろうが、あいにくと俺はそうではない。

 俺は帰りのバスで揺られながら、少しだけ眠った。


「新くん、着いたよ〜!」


「ん…」


 浅い睡眠だったため、俺は紅羽先輩の声ですぐに目を覚まし、二人で一緒にバスから出た。


「これからどうしよっか?」


「姉さんに早くお土産を渡したいので、早いうちに帰ろうと思います」


 食べ歩きの途中、旅行にはお土産も付き物だろうと俺は姉さんにお土産を買ってきていた。

 別に早く渡さないと溶けるとか腐る、といった代物では無いのだが、せっかく買ったのだから早く渡したいというのがお土産を買った側の気持ちだ。


「うん、そうだね!じゃあ家まで送って…あ、そういえばお姉さんと私に会って欲しいみたいな話してなかったっけ?」


「あ、そうですそうです!」


「お姉さんって、あの大人びた人だよね?」


 先輩は俺が俺の家で先輩に料理を振る舞った帰りの玄関で、姉さんと会話まではしていないまでも姉さんのことを見たことはあったため、姉さんの雰囲気は覚えているようだ。


「はい、もうちょっと付け加えるなら今は大学一年生で、基本的に勉強とか家事とかもなんでもできるすごい人です」


「私の一個下だね…うん、教えてくれてありがと!」


 俺は事前に最低限姉さんのことを伝えると、紅羽先輩と一緒に俺の家に向かった。

 しばらく歩いているとすぐに家の前についた。


「お姉さん居るかな?」


「特にどこかに出かけるとかっていうのは言ってなかったので、居ると思います、もしいなかったら軽く何かご飯作りますよ」


「本当!?やったー!」


 紅羽先輩は喜んでいる。

 紅羽先輩先輩の方が料理上手だと思うが、それでも俺なんかの料理にここまで喜んでくれるのは嬉しいという他ない。

 俺は家の鍵を開けて、先輩と一緒に玄関に入った。


「ただいまー」


 俺がもし姉さんが家に居るならどこに居ても聞こえるように少し大きな声でただいまと言うと、リビングの方から物音がしてきて、すぐに姉さんが玄関に出てきた。


「おかえり新、旅行お疲れ様、楽しかったー?」


「あぁ、楽しかった!色々なところ食べ歩いたり観光名所行ったりしてきたんだ」


「そうなんだ…それで、そっちの人が新の先輩?」


「はい、陽織紅羽って言います!」


 紅羽先輩は初対面ということもあって、姉さんが自分よりも年下だと知った上で敬語を使っている。

 だがしっかりといつものように笑顔で明るい雰囲気なことから、変に緊張しているわけでもなさそうだ。

 初対面なのにこの対応ができるのは流石と言わざるを得ない。


「陽織さん…新の先輩って言うからてっきり高校生だと思ってたけど、もしかして大学生の方ですか?」


「はい!今は大学二年生です!」


「二年生…じゃあ私よりも年上の方なんですね」


「あ、全く気にしないでください!」


 …姉さんは普段俺以外の人に対応するときは基本的にこういった落ち着いた対応をするが、今日はそれがさらに強い気がする、気のせいなら気のせいでいいことだが少し気になる。


「…新とは、どのように知り合ったんですか?」


 これについては俺から話した方がいいな。

 …俺はこれについて姉さんにどう伝えるか、少し考えた。

 バイト先の先輩と実直に言ってしまえば、俺が今バイトをしていることが姉さんにバレてしまうから言えないと俺は考えていたが、姉さんは鋭い。

 俺が嘘をついた時は八割くらいの確率でそれを見抜いてくる。

 確実では無いものの見過ごせないぐらいの確率だ。

 だから俺は、嘘をつかず、かつ俺が今バイトをしているということもバレない伝え方を見つけた。


「前のバイト先の先輩なんだ、そこで色々とお世話になったから、前のバイトをやめた今でも色々とお世話になってるんだ」


 本当のことは言っていないが少なくとも嘘は全くついていない。


「…あっ、もしかして新が半年くらい前に話てた綺麗で頼りになる先輩って…」


「あぁ、この紅羽先輩のこと」


「紅羽…!?」


「えっ!?ちょっと新くん!私のことそんな風にお姉さんに話してたの!?照れちゃうよ〜」


 紅羽先輩は本当にわかりやすく照れている。


「…そうなんですね〜、あなたが新の話にあった…そうですかそうですか〜」


「あの…良かったら敬語じゃなくてタメ口でも大丈夫ですよー?一つしか歳変わらないんですし!」


「そうですね…うん、じゃあ陽織さんも敬語じゃなくていいよ」


「本当!?改めてよろしくね!新くんのお姉さん!」


 タメ口になったことで少なくとも表面上は少し仲良くなったように見える、

 …このくらいでようやく普段の姉さんの俺以外に対する対応だ。

 俺と二人で居る時は異様にテンションが高くなるが、そうでないときは基本的にこのくらいのテンション感だ。

 見た目通りの印象と言える。


「陽織さん、先リビングに座っててもらえる?私たちもあとですぐに行くから」


「うん!」


 紅羽先輩は頷くとすぐにリビングに直行した。

 そして玄関には俺と姉さんだけが残された。


「そうだ姉さん、お土産────え!?」


 俺がお土産を渡そうとしたところで、姉さんはいきなり俺に抱きついてきた。


「ね、姉さん!?」


「新が勝手に二日間も居なくなるのが悪いんだよー、おかげで今まで調整してきてた新成分が一気に不足してるから…」


 新成分ってなんだ?


「あぁ、久しぶりの新だ、嬉しいな〜」


「姉さん、もしこんなところ先輩に見られたら────」


「兄弟なんだから抱きつくくらい普通だよ!」


「普通なわけない!」


 本当に姉さんのこういうところには困らされる。


「…新、眠そうな顔してるね」


「…え?あぁ、昨日はちょっと寝るのが遅かったから」


 主に紅羽先輩のせいで。

 これに関しては紅羽先輩のことを擁護することはできない。


「…へぇ、綺麗な女子大学生と私に黙って旅行に行って、夜遅くまで、何してたんだろうね?」


「本当に寝不足なだけだって」


「じゃあ寝不足になるようなことしてたのー?」


「本当に俺と紅羽先輩はそんなのじゃないんだって!」


 俺が大声を出したことが気にかかったのか、リビングから先輩が戻ってきた。


「新くんとお姉さん?どうかした?」


「全然!大丈夫です、気にしないでください、早くリビングに行きましょう」


 俺は姉さんを無理やりリビングに連れて行く。

 あんな誤解をするなんて、いくらなんでも紅羽先輩に失礼すぎる。


「……」


 その後は、紅羽先輩と姉さんの親睦を深めようともっと話をすることになったわけだが…俺はまさか、そこで俺を巡って喧嘩が勃発するなんて思いもしていなかった。

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