第25話 先輩、名前で呼びます
「…ん」
なんだか気持ち良いな、ひんやりとした風が当たっている気がする。
「あ…起きた?新くん」
目を開けると、先輩の顔が俺の目の前にあって、どうやら先輩がうちわで俺のことを仰いでくれているみたいだった。
「…あれ?俺たち、お風呂にいたはずじゃ?」
「新くんのぼせちゃって倒れちゃったから、私が急いで部屋まで運んで湯冷めしちゃいけないから上の服だけ着せてあげて膝枕してうちわあおいであげてたの」
のぼせた…?
あぁ、だからこんなに頭がぼんやりとしてるのか。
「あぁ…ありがとうございます、図々しいかもしれないんですけどどうして下は着せてくれなかったんですか?」
「え、し、下!?し、下はだってほら、下着とか履かせてあげないといけないし、新くんが寝てる間になんてそんなことできないよ」
「あ、そう…ですね」
…やっぱりまだ頭がぼんやりする、先輩がうちわをあおいでくれてなかったらもっと酷かったんだろうな、そう思うと本当に感謝しか出てこない。
「先輩…膝枕気持ち良いです、うちわも、本当にありがとうございます」
「え?あ、うん…新くん、もしかしてまだちょっと頭ぼんやりしてる?表情とか声とかがちょっと甘い声になってるよ?」
「あ…はい、実はちょっとだけ」
「…そっか、そんな顔私以外に見せたらダメだからね」
先輩は俺の手に両手を添えた。
先輩の手はいつの間にか冷たくなっていて、今の俺にはそれが心地良かった。
…俺は、どんな顔をしていたんだろうか。
それから少しだけゆったりとした時間を過ごすと、俺はやがて回復し。
「すみません先輩!まさか膝枕なんてしてもらうなんて!」
「い、良いって良いって!私役得だったから!」
俺は改めてしっかりとお風呂上がりの時用の旅館着物を着てから先輩に謝罪した、先輩はよくわからないが気にしていないとのことだった。
「…あ、そういえばお風呂で最後先輩何か言おうとしてませんでしたっけ?」
もう明日の朝になったら帰らないといけないし、この旅行の最後に悔いを残したくはないため俺は聞いておくことにした。
「あ…うん、あのね、新くんに言いたいことは────私を、女の子だと思ってもらいたいの」
「…え?」
それはお風呂でも話していたことだが、結局先輩の意図はあまりわからなかったままだったな。
だが…女の子と思って欲しいというのは具体的にはどういうことだ?
「新くんは…!私のことを女の子だと思ってないって言ってたよね」
「はい、もちろん女性だっていうのはわかってますけど、女の子…っていうのとは何か違う気が────」
「それが!嫌なの、私も新くんの中で女の子にして?」
「女の子…どうしても仕事で色々と教えてもらったりしてかっこいいと思っている部分が強いので、今すぐにっていうのは難しいんですけど…頑張ります」
「うん…!…手始めに、その…私の、可愛いところとか、無いかもしれないけど…あったら、探してみてくれたりすると良いんじゃないかなって!」
「なるほど…!」
先輩の可愛いところを探すのなんてどう考えてもイージーだ。
「明るい人柄に美人な見た目、日頃の仕草とか口調とかも可愛いと思ったりすることがあります」
「そうなんだ!?う、うん!じゃ、じゃあ?その可愛いって思うところをもっと強く思ってくれたりすると私のこと先輩、とかじゃなくて女の子として見れるんじゃないかな!」
「そうですね…距離を近づけるなら、確かにそういうのも大事…ですよね」
先輩の言っていることはわかる。
先輩後輩という距離感だと、いつまで経っても業務の関係な気がするんだろうということだ。
…だが、やっぱり先輩は先輩だと思ってしまうから、いきなり先輩という概念を無くすのは難しい。
「…そうだ!私の呼び方とか変えてみたらどうかな?」
「え、先輩の呼び方?」
「うんうんっ!私も新くんと出会ってから最初の一ヶ月くらいは天城くんって呼んでたでしょ?でも仲良くなっていくに連れて名前の呼び方も新くんになっていったし!」
「なるほど…じゃあ俺はこれから
流石先輩だ、この方法なら目に見えてわかりやすい。
もちろん呼び方を変えただけで一気に何かが変わるわけでないことはわかっている。
それでも、見えやすいものから変えていくことも大事なことだ。
「…うーん、しっくり来ないな〜」
「え!?呼び方変えようって言い出したの先輩ですよね!?」
「そうだけど、それ名前じゃないよね」
「え…」
名前…ではあるはずだが陽織先輩が言いたいのはきっと苗字とか名前とか、そっちの方の名前だ。
…え?…じゃあ。
「
「ぃ〜〜〜!良い!良いよ!すごくいい!え、待ってやばくない今の!?もう一回!もう一回呼んで!!」
「…紅羽先輩…」
「きゃあ〜!待って、すごい!何この感じ!!名前で呼んでもらえるのって超幸せなんだね!!え、もう先輩とか取っちゃってそのまま呼び捨てで呼んでくれない?」
「それはダメです無理です!!」
「え〜!ていうかさ!いっそのこともう敬語とかもやめちゃう!?敬語からタメ口になった方がもっとわかりやすいと思うんだけど!!」
「それも無理ですよ!」
いくらなんでもいきなりすぎる、そんなすぐに人間は変われるようにはできていないはずだ。
「え〜!新くんがタメ口になって呼び捨てになったら!「おい紅羽、さっさと仕事しろよ」とか「ご飯作れよ」とか「俺のために命を捧げろ」とかって言ってくれちゃうってこと!?え〜!嘘〜!で、最終的には「俺はお前だけ見てるから…お前も、紅羽も…俺のことだけ見ててくれ…」って!?きゃ〜!!何それ〜!!映画できちゃうよ映画!!」
「それはどこの天城新なんですか…」
俺が口を挟むも、先輩は異様に高いテンションのままずっと何かを呟いており、消灯して眠ろうにも隣でずっと先輩が楽しそうに何かを呟いていたため深夜になるまで眠ることができず、旅行帰りは確実に寝不足になることが決定した。
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