第20話 先輩、緊張します

「隣って…え!?何言ってるんですか!」


 ただでさえ同じ部屋で寝るというだけでも少し緊張するのに、それが隣でなんて緊張どころの騒ぎではない。


「だって…今日手繋いで歩いたりもしたし、新くんも私ともっと身近な存在になりたいっていう風に言ってくれた…よね」


「それは…言いましたけど、俺が言ったのはそんな物理的な意味じゃなくて、もっと距離感的な意味で────」


「同じだよ!ちゃんと目に見える距離から縮めていかないと、見えない距離なんて縮まるわけないんだから!」


 先輩はそれっぽいことを言っているが…実際はどうなんだ?


「そう…なんですか?」


「今まで私が新くんに間違えたこと教えたこと、あった?」


「…無いです」


「じゃあ私が正しいの!」


 確かに仕事中の先輩が間違ったことを言ったことは今まで一度も無かった…が、プライベートに関しては俺と先輩は今まで、と言われるほど何回も接しているわけではないため、もしかしたら何か違うかもしれない。

 …まぁ、俺も別に嫌っていうわけじゃなくてただ緊張するってだけだし、いざとなったらこっそり先輩から離れれば良いか。


「わかりました」


「うん!」


「…ところでなんですけど」


「…ん、どうしたの?」


 言うべきか言わないべきかと悩んではみたが、これを言わないのは紳士的じゃないし何より俺が目のやり場に困るため先輩に伝えることにした。


「先輩、着物が…」


「え?着物がどうかした?」


「…はだけて、ます」


「…え?」


 先輩は自分の着物を見ると、わかりやすいほど見る見る顔を赤くして、すぐに俺に背中を見せると、着物を着直した。

 着物と言っても、式とかで着るような着物じゃなくてどちらかと言えば羽織る系なものなため、割とすぐに着直すことができる。


「ご、ごめんね新くん、見苦しいもの見せちゃって」


「いや…!見えてないし見てないですから大丈夫です!気にしないでください、それに…見苦しくは…」


「え、なんて?」


「な、なんでもないです!」


 俺は自分が恥ずかしいことを言いそうになったことに気づき、咄嗟にそれを止める。

 …危なかった、後少しで俺はきっと変なことを言ってしまっていた。

 先輩が着物を着直すと、俺たちは歯を磨いてからそろそろ眠ろうという話になり、歯を磨いてから布団を敷いた…真隣に。


「せ、先輩、本当に真隣で寝るんですか?」


「あったりまえ!それとも新くんも緊張するの?」


「…しますよ」


「え…あ、そ、そうなんだ」


 ていうか…新くんって、もしかして先輩も?


「じゃあ、そろそろ寝ちゃおっか!」


「は、はい、そうですね」


 俺は消灯すると、すぐに布団の中に入った。

 先輩もおそらく布団の中に入ったんだろう音が聞こえてきた。

 あとは…眠るだけだ。


「…新くん」


「はい?」


「これからもいっぱい…お出かけしようね」


「そうですね」


「…二人で」


「は…い」


 別に二人でと強調しなくてもなんとなくわかったが、先輩があえて強調したばっかりになんだか変なことを意識してしまいそうだ。

 そんな緊張の中、俺はゆっくりとではあるが確実に、睡眠に落ちていった。


「…新くん、これからもずっと二人だよ」


 次の日。

 俺たちは朝起きると、早速仕事に取り掛かっていたわけだが。


『プルルル』


「あれ、新くんのスマホだよね?」


「はい、電話相手は…あれ…姉さん?」


 俺は少し席を外すことにした。

 一体何を言われるんだろうか、書置きはちゃんと残したはずだが…

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