第19話 先輩、子供ですか

「…えへへ、新くんと手繋いじゃった、あんなに長時間も、それに私たちのこと恋人って、やっぱり外からはそう見えるんだ〜」


 俺はドアを開けて廊下から先輩の居る自分たちの部屋に入る。


「先輩、そろそろ料理が来るみたいです」


「はーい」


 俺たちは一通り食べ歩きした後、旅館に帰ってきていた。

 そしてちょうど、そろそろ料理の時間だということを伝えられた。


「ご飯が終わったらお風呂にしないとだねー」


「はい、そうですね、お互い違う湯ですし、自分のペースで上がるって形にしましょう」


「…それ、なんだけどね?」


 先輩は突然潮らしくなった。

 何か言いにくいこともあるんだろうか。

 …お風呂関連で言いにくいこと、いくつか思いつくがまずは先輩の話を聞こう。


「その…さ、この部屋って、ちょっと高い部屋だから、部屋に大浴場と比べればもちろん全然小さいけど、外気浴できるお風呂があるんだよね」


「あ、そうだったんですね」


 言われてみると部屋の隅に意味ありげな取って付きのドアがある。

 きっとあのドアはそのお風呂に繋がるドアだ。


「あ、先輩はこの部屋でお風呂に入りたいってことですか?」


「私はっていうか…もちろん裸じゃなくても良いから、一緒に────」


「食事のご用意ができました、こちら天ぷらと漬物に、お味噌汁と魚と赤飯でございます」


「おぉ…」


 俺は思わず声をあげてしまっていた。

 その料理の並びは、本当にこの旅館が高級なんだということを実感させうるには十分だった。


「では、ごゆっくりお召し上がりください」


「ありがとうございます」


 そう言い残すと料理を持ってきてくれた着物の女の人は、正座の姿勢をしたままゆっくりと後ろに下がっていき、襖をゆっくりと閉めた。


「やっぱり旅館はすごいね〜!あと予約の時に聞いたけど、いくらでも好きなだけおかわりしても良いんだって!」


「へぇ…え、本当にここいくらし────」


「いただきます!」


「あ…い、いただきます!」


 俺がここの値段を聞こうとしたところで明らかに遮るように先輩がいただきますを言った。

 …仕方ない、もうこれからは本当に値段のことは気にせずに、楽しむことだけを考えよう。

 それから俺は一口、二口と料理を口に含む。


「美味しい?」


「はい、美味しいです、天ぷらとか普段あんまり食べなかったので食べてみると美味しいんですね」


「うん!いっぱい食べてね!」


「…それは良いんですけど、先輩は食べないんですか?」


「え?」


 先輩は俺が食べているところを眺めているだけで自分の料理には一切手をつけていない。


「私は、新くんが幸せそうに頬張ってるのを見るだけでもうお腹いっぱいかな」


「それ絶対大丈夫じゃないですから!ちゃんと食べてください!」


「新くんが食べ終わるまで食べな〜い」


「子供ですか…」


 ずっと見られながら食べるのも気恥ずかしいし、仕方ない。


「口開けてください」


「え?」


「いいから!」


「え、う、うん!」


 先輩は俺に言われた通りに口を開けた。

 俺は先輩のお箸を手に取ると、赤飯を少しだけお箸で挟んで、それをゆっくりと先輩の口の中に入れた。


「んっ!?」


「変なこと言ってないで、早くご飯食べてください」


 俺は先輩の口からお箸を取ると、それを先輩の手に握らせるようにしておいた。

 俺は改めて食事を再開する。

 先輩は俺の方を見てはいない…が、少し固まっている。

 ようやくご飯を食べる気になってくれたんだろうな。

 これで気兼ねなく食事ができると思った俺は、改めてお箸を手に取って食事を再開する。

 その後料理を食べ終えた俺たちは、お風呂に入ることになった。


「先輩は、確かこの部屋のお風呂が良いんでしたっけ?」


「え?あ…うん…」


「わかりました、じゃあ俺男湯に行ってくるので、ゆっくり浸かっててください」


「…うん」


 俺は着替えを持つとゆっくり部屋の襖を閉め、男湯の大浴場に向かった。

 温泉に関しては、本当にただただすごく広くて設備もしっかりとしていて露天風呂もあるといった、まさに理想の温泉と言える造りになっていた。

 そして俺が温泉から部屋に戻ってくると、先輩はもうすでにお風呂から上がっていて、着物姿になっていた。

 かくいう俺も着物だ。


「…あっ、新くんが…着物だ!」


「先輩もじゃないですか」


 俺ははだけそうな先輩の着物からできる限り目を逸らして先輩の顔を見るようにした。


「かっこいい…じゃなくて、新くん、今日寝る場所なんだけど」


「あ、はい、俺全然狭くても大丈夫────」


「隣で寝ない?」


「…え?」


 俺は先輩の提案に、ただただ胸の鼓動を早めていた。

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