第14話 先輩、するに決まってます

 俺は先輩が持ってきてくれた水を飲んでから、先輩に言う。


「あの、先輩…別に看病なんてしてもらわなくても大丈夫ですよ、今日は別にこの後バイトがあるわけでもないですし、ちょっと立ちくらみするだけなので」


 俺は水を飲んだ体勢、つまりは状態を起こした体勢を維持していると、先輩がこっちに近づいてきて不満げな顔をしている。


「あのね、元々体が弱いとかならともかく、そうでもないのに高校生で立ちくらみするなんて大変なことなんだよ?今は大人しく休んでて!」


 先輩は無理やり俺のことを寝かせると、布団を首元まで被らせた。

 幸い、制服からは着替えさせてもらえたのでその点の心配はないが、それにしたってこんな時間にベッドに居るのは不思議な感覚だ。


「あっ!試験はどうだった?」


 さっき俺が立ちくらみする前少し変な雰囲気になってしまっていたためちょっとの沈黙でも気まずいと思ったのか、先輩が沈黙の間を縫うように当たり障りのない質問をしてきた。

 当たり障りはないが、先輩には勉強を長い日数をかけて教えてもらったのでこの質問には答える義務がある。


「かなり高得点を取れたと思います、最後の科目は化学だったんですけど、その時は集中力が切れちゃってて、もしかすると本調子じゃ無かったかもしれないんですけど…」


「新くんずっと頑張ってたもん!最後くらい仕方ないよ!それに、最後の科目以外はそれなりに自信あるんだったら、大丈夫!」


「それは…そうなんですけど」


 それにしたって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 調子が出なかったなんて、試験を受けている人が一番したくない言い訳なのに。


「…新くんはね、優しいけど、それが行き過ぎなところもあるよね」


「そう…ですか?」


「うん、今もそうだし、さっきの校門での話の一件もそうだけど、例えば前のバイトの時でも、私が忙しそうにしてるからっていう理由で、新くん手一杯だったのに私に助け求め無かったりしてたよね、他にも私が怪我すると危ないからって理由で固いものを切るときは新くんが切ったりとか、数えたらキリがないけど、とにかく新くんは優しいよ」


「ありがとう…ございます」


 俺は優しいと言われたこともそうだが、そこまで細かく俺のことを見ていてくれたんだなという方に少し驚いた。


「でも、優しいって言えば綺麗だけど、自己満足って言う言い方もできちゃうよね」


「…え?」


 先輩から、先輩が言わなさそうなことを言われた。

 …嫌味だ。

 …嫌味?あの先輩が?


「…本当はこんな言い方したくないけど、本当にそういう時もあるんだもん、もちろんそれが優しさだっていうことはわかってるよ?でも、例えばさっきの釣り合わないとかだって、一見私のことを上げてくれてるみたいに見えるけど、そんなの新くんの自己満足だよね、私はそんなこと望んでないのに」


「違います!自己満足じゃなくて────うっ」


 先輩が思っているよりも重症ではないが、俺が思っているほど軽症でもないらしく、少し声を張り上げようとしただけで頭に耳鳴りが響いた。

 …どうやら確実に体調を崩していることだけは間違いない。


「新くんの言いたいことはわかるよ、自己満足じゃなくて、単なる事実だってそう言いたいんだよね?」


 先輩は俺の思考を完璧に読んでいる。

 その通りだ、俺は先輩のことを上げているのではなく元々上がっているからそういう風に評価しているだけだ。


「でもね、さっきも言ったように、私はそんなこと望んでないの」


 先輩は俺が寝ているベッドの上に上がってくると、俺の体全体に被さるようにして移動してきて、ついには先輩の顔が俺の目の前、位置的にいうと俺の真上にあるところまで来た。

 ちょっと俺が頭を上げれば額がぶつかるくらいの距離だ。

 先輩は俺の両頬に手を添えて言った。


「私が望んでるのは、新くんともっと親密になることなの…正直、この話の流れでこれは答えみたいなものなんだけど、今の新くんには多分わからないよね」


 …先輩と親密になりたいのは俺だって同じだ。

 …同じなんだが。

 先輩が言っている親密になりたいっていうのと、俺が思っている親密になりたいっていうのは、決定的に何かが違うような気がした。


「…すみません」


「……」


 この空気感で、非常に言いにくいことではあったが、そろそろこっちが限界なため俺は言うことにした。


「先輩…それはそれとして」


「…どうしたの?」


「…近い、です」


「え?」


「だから、顔とか体とか、色々と近いです」


 今は体調が優れないため大声で主張することはできないが、本当に先輩の顔や体があと少しで俺と密着してしまうくらいには俺との距離が近い。


「でも、新くんはドキドキとかしないよね…してくれないよね」


 先輩はボソッと何か言ったが、ちょっと心外な事を言われたため少しだけ無理をして大きな声で反論する。


「それは…するに決まってるじゃないですか!俺のことなんだと思ってるんですか!…うっ」


 やはり大きな声を出すと頭に響いてしまう。


「え…そう、なんだ!」


 先輩は俺の胸の上に手を置いた。

 …先輩!?


「…本当だ、ドクンドクンしてるね…!女として意識されてなかったわけじゃないんだ…!」


「それこそ何言ってるんですか、先輩みたいな綺麗な人を女の人って意識してないわけないじゃないですか」


「…うん、それは多分意味が違うんだけど…でも!可能性はあるってことだよね!」


 先輩はキラキラとした目で何かを見出したようだ。


「新くん!これからは今までとは違うから、覚悟しておいてね!」


「は、はい…?…うっ、先輩、ちょっとだけ寝ても良いですか」


「あ…!ご、ごめんね!?うん!好きなだけ寝て!」


 先輩はすぐにベッドの上から降りると、俺の横に座った。

 …今までは俺の中で先輩との関係が何か変わっていく感じがしていたが、先輩からもそれが明言された。

 …これから俺と先輩の関係は、確実に変わっていくだろうことだけは間違いない。


「…あ、ごめん新くん、寝てもらう前に一つだけ聞きたいんだけど」


「なんですか?」


「校門に新くんに付いてきてた女の子たちなんだけど、あの子達が新くんのお友達、なのかな?」


「違います、俺は一方的に断ってばっかで…」


「…新くん、男の子と女の子のお友達が一人ずついるんだよね?」


「友達って言っても、話し相手くらいで、しかもなんか変な人っていうか…」


 せっかく話しかけてくれる人のことを変な人なんて言いたくはないがまさしくその通りなため仕方がない。


「その女の子は、可愛いの?」


「え…?かわ…?…見た目は、可愛い?と思います」


「…新くんのタイプなの?」


「タイプ…!?ち、違いますよ!あ、あの…俺そろそろ寝たいので…おやすみなさい!」


 俺は布団を顔まで被って、無理やり話を終わらせた。


「ご、ごめんね…!うん!おやすみ!…可愛いんだ、ううん、今はそれよりも…私の心臓の方が脈打ってて…新くんのお家でベッドの近くで二人きりなんて…!」


 先輩は小声でずっと何かを呟いていたが、疲れていることもあってかそんなことは全く気にならず、俺はすぐに眠りにつくことができた。

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