第12話 先輩、バカじゃないです

 翌日。

 先輩に言われた待ち合わせ場所に来ると、前回初めてプライベートで会った時は笑顔で対応してくれていたのに今は笑顔どころか顔すら見せてくれずに俺の手を引っ張って俺のことを建物はあるが人通りが少ないところに連れてきた。

 そして第一声は…


「どういうこと!?」


 だった。


「えっと…どういうこととは…?昨日メールで説明した通りです…」


 昨日俺が先輩に説明したのは、姉さんは俺のバイトに反対だからそれを隠して欲しいということと姉さんの軽い紹介。

 今まで先輩に家族のことを話したことはなかったため、良い機会だろうと思い話した。


「メールに私が欲しい情報が無かったから今日新くんのこと呼び出したの!本当は昨日勉強いっぱい頑張ってた新くんの休日を潰してまで新くんのことを呼び出すなんて私だってしたく無いんだよ?」


 あぁ…そういう配慮の仕方もあるのか。

 俺には思いつかない配慮ができる先輩ですら、俺のことを呼び出してしまうほどの要件、一体どんな要件なのか…


「それは気にしないでください…それで、その要件っていうのは?」


「新くんのお姉さんについて!」


「姉さんについて…?」


 姉さんが何か問題だったんだろうか。


「もちろんお姉さんが居ることを隠してたことに対して怒ってるんじゃないよ?私は聞いてないしいちいち言うことでも無いと思うし」


「は、はい」


 そこまで言うならますます何を言いたいのかがわからない、だがこの口ぶりからわかる通り何かに対しては怒っているようだ。


「でも!あれ絶対お姉さんって感じの距離感じゃなかったよね!?新くんの顔に触ったりとか、他にも雰囲気とか!」


「そう言われても…姉さんは姉さんなので…」


「そういうことじゃなくて…!それに!あのお姉さんの匂い!」


「匂い…?」


 一度落ち着いたかと思ったが、先輩はまた匂いの話を持ち出した。


「あの匂い、新くんの制服についてた匂いだよ!」


「あ…あぁー、だったら俺が言った通り、やっぱり誰かに抱きつかれたとかじゃなくて、洗濯物の匂いが移っただけじゃ無いですか?」


「私言ったよね、あれは重なってたからとかじゃなくて、ちゃんと抱きしめて匂いを残そうとしたものだって」


「言ってましたけど…俺別に姉さんに抱きしめられたりなんてしてませんよ」


 確かに姉さんは昨日みたいに俺のことを抱きしめたいとかいう時があるが、実際に抱きしめられそうになったら俺はしっかりと拒んでいる。


「…そう」


 先輩は諦めたように追随をやめた。

 逆にこっちがモヤっとしてしまうが、俺は何も嘘を言っていないためどうすることもできない。


「…先輩、これで話っていうのは終わりですか?」


 俺は気まずい空気を払拭するように聞く。


「…ううん、まだあるの」


「え…?」


「…新くんは、お姉さんのことはどう思ってるの?」


「どうって…勉強もできて、俺に対しても優しいですし、たまに変な時はあるけど良い姉だと思ってます」


「…じゃあ、私のことは?」


 姉さんの話から今度はいきなり先輩自身の話…?話の順序が急すぎて理解できない、多分何かに怒ってたっぽいし、これは論理的に話を組み立てた上で会話してるんじゃなくて感情的に話している部分が大きいんだろう。

 それを諭すこともできるが尊敬…はダメなんだった、いつもお世話になっている先輩に対してそんなことはしたくない。


「先輩のこと、勉強とか仕事とかもできて、誰にでも優しくて本当に良い人だと思ってます」


「…も?」


 俺が言ったことに対して先輩は何か疑問を持ったようだ。


「私だけ…じゃないの?新くんにとって私は替えが利く存在なの?」


「替えが利…え?そんなわけないじゃ無いですか!先輩は俺にとって────」


 俺は咄嗟に尊敬する、とか憧れ、という単語を並べそうになったが、前に俺の部屋で先輩に言われたこと思い出す。


「それ、やめて、それ言われるたびにナイフで刺された感じになるの」


 …そんなことを言われたら、言えるわけがない。

 尊敬して憧れている先輩だからこそ、ナイフで刺すような真似はしたくない。


「……」


「…前、新くんが身近になれる存在になりたいって言ってくれたのは、本当に嬉しかったの、もしかしたら人生で二番目に嬉しかったのかも」


「…はい」


「でも…それが替えの利く存在なら、私はそんなのじゃなくて…もっと、新くんの唯一無二になりたいの」


 唯一無二…?


「…この前、もし私に彼氏ができたらどう思うかって質問したの、覚えてる?」


 それも俺の部屋でのことだ、俺がその質問に対して尊敬している先輩のことだからもちろん応援すると言った時に、さっき俺が思い出した言葉を言われたんだ。


「…もちろん、覚えてます」


「…あの質問、私はされてなかったから答えてなかったね、もし新くんに彼女ができたら、私がどう思うかって」


「あぁ…」


 そう聞いて俺が真っ先にイメージした先輩の回答は。


「ちょっと寂しくなっちゃうけど、それでも応援してるよ、新くんは私の大事な後輩だからね!もし困ったことがあったら、前に言った通りなんでも相談してね!」


 というものだったが、実際は違った。

 実際の先輩は…


「私は嫌だよ、新くんに彼女ができるなんて…こんなこと言ったら、新くんの中の優しい私っていうのが壊れちゃうかと思って言えなかったけど、私は新くんに彼女ができるのなんて嫌、嫌だよ!」


「え…なん、でですか?」


 先輩のことだ、まさか自分が恋人が居ないからって後輩に先に恋人ができるのが悔しいから嫌だ、なんていう理由では無いだろうことはわかる。


「新くんに彼女ができちゃうなんて、絶対嫌!」


「だからどうしてですか…?」


「なんでわからないのっ!新くんのバカっ!」


「バカ…!?確かに先輩よりは賢く無いかもしれませんけどバカって言われるほどじゃ────」


「そういうバカじゃいもん!あ〜!もう!本当にバカ!!」


 しばらく俺たちはそのやり取りを続けると、なんだか俺たちは…それこそらしくなってきて、二人で一緒に笑っていた。


「は〜っ、おかしっ!新くん、ここ外だよ?」


「せ、先輩こそですよ!」


「ま、新くんには近いにうちにそっちのお勉強の方もしておいてあげるから、私以外に教わるなんてしちゃダメだよ?」


「よくわかりませんけど…わかりました、先輩が教えてくれるまで待ってますね」


 俺にとって、先輩はかけがえのない存在だ、俺の伝え方が悪くて先輩はさっき気分を害してたけど…それは変わらない。

 ただ…先輩の言っていることも間違えじゃないと、どこかで思ってしまった。

 だからこそ…身近な存在になりたいと言ったからには、俺はもっと先輩のことを、そして俺自身のことを知りたい。

 その先には…何が待っているんだろうか。


「あっ!さっき新くんが身近になれる存在になりたいって言ってくれたこと、人生で二番目に嬉しかったって言ったけど…一番は────新くんに会えたことだよ」


「えっ…?」


 先輩は照れていることを笑って誤魔化すかのように笑ってみせた。

 俺が先輩のことをどう思っているかは話したが、先輩は…俺のことを、どう想っているんだろうか。

 俺は自分でも気づかない内に、不思議とそんなことを考えていた。

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