第11話 姉さん、気にしないで

「ね、姉さん…!?」


 まずい、まだ帰ってこないと思ってたから完全に想定外な状況だ、先輩のことをどう説明するかとかも全く考えてきていない。


「どうして驚いてるの?あっ、いつもより早いからかな、うん、今日はいつも寂しがってる新のために早く帰ってきてあげたよ?」


 ストレートロングで高そうな服をしていて一見真面目そうな身なりをしている姉さんがおかしなことを言うのは平常運転として、それよりも考えないといけないのは先輩の説明だ。

 同級生…は無理があるだろうし、バイト先の先輩?

 それもダメだ、姉さんは俺のバイトにはかなり反対していて、俺は引っ越した先ではバイトをしていないことになっている。

 どう言い訳をするか…ってあれ。


「どうしたの?新、何か考え事?私でよかったら相談乗るよ?」


 姉さんは靴を脱ぐと近づいてきて、俺の左頬に手を添えた。

 …流石は先輩なのか、咄嗟に玄関のドアの裏に隠れたようだ。

 こういうところに気遣い力の高さと純粋な運動神経の良さが見えてくる。


「別に、考え事してるわけじゃ…」


「嘘、新のことなんて私には丸わかりなんだから、正直に話してみて?」


 俺は姉さんに見えないように、先輩に今のうちに家の外に出ることをハンドサインで示す。

 先輩はそれに応じてゆっくりとドアを開けている。


「…あ、お話聞く前に靴揃えなきゃ」


 姉さんは後ろに振り向いて、靴を揃えようとする。

 先輩のことがバレたら絶対に厄介なことになる、ここは多少強引にでも姉さんの意識を俺に向けていてもらおう。


「姉さん、試験が近いんだけど、わからないところがあるからよかったら教えて欲しいんだけど、いい?」


「え…?新が私のこと頼ってくれるの…!?うん!もちろんいいよ、私はず〜っと新にもっと頼って欲しかったから、ようやく素直になってくれたんだね」


 姉さんは俺の方に顔と共に意識も戻した。

 これで今のうちに先輩が脱出できれば…って。


「(先輩、早く!)」


 俺は口パクで先輩に伝えると同時に、ハンドサインでもそれを示すが、先輩は俺の方を見て固まっている。

 だがすぐに先輩は動き出して、特に手間取ることなくこの家から出た。

 …本当に先輩には後で色々と説明しないといけなくなった。


「あれ、今ドア開いてたかな?」


「し、閉まってた」


「私の勘違いだね…じゃあ、早速勉強────あれ?」


 姉さんがおそらく俺に勉強を教えてくれようとしたところで、何かに疑問を持ったようにその口を止めた。


「ど、どうした?」


「…女の子家に上げたりした?」


「…え?」


 どうして先輩はもうすでに帰った後なのに今になってそれが気づかれてしまうんだ…?


「なんか女の子の匂いするんだけど」


 匂いか…先輩も匂いがどうとか言ってたし、もしかしたら男の俺よりも女の人の方がそういったことに気づきやすいんだろうか。


「いや?姉さんの匂いとか、姉さんの大学の知り合いとかの匂いが移ったとか?」


「うーん…そうかなぁ」


 姉さんは大学一年生で、年齢的には先輩の一つ下にあたる。

 今まで俺は女子の知り合いがいるなんていう陰を匂わせてきたことはなかった…もう少し細かく言うと、前のバイトを始めた時は姉さんに先輩のことを色々と伝えていたが、姉さんは俺のバイトに反対だったため途中から言うのをやめたという感じだ。

 まさか前のバイト先の先輩が引っ越し先にも居るなんて思わない、ていうか今でも俺は驚いている。


「ちょっとモヤモヤするけど…忘れよ〜っと!新〜、私今日も頑張ってきて疲れちゃったよ〜」


「お、お疲れ様」


「抱きついても良い?」


「良いわけない!」


 俺は姉さんに呆れてさっさと自分の部屋に戻ろうとする。


「あ、怒らないでよ…あと、制服掛けとくから脱いで?」


「あー」


 俺は制服の上着と長袖を脱いで、それを姉さんに渡す。


「ありがとー、じゃあ先部屋戻ってて!私は後で勉強教えてに行ってあげるからね」


 ありがとう…?


「わかった」


 よくわからなかったがとにかく俺は自分の部屋に戻り、軽く勉強を再開することにした。

 …正直、今日は一日中勉強をしていたため、もう脳がかなり疲れているが、姉さんに教えてと言ってしまった以上するしかない。


「やっぱり、この制服からも女の匂いする…新、もしかして私に何か隠し事してるのかな…疑いたくないけど、もしそうだったら…嫌だな…」


 ほどなくして、姉さんが俺の部屋にやってきて、俺の隣に座った。


「…じゃあ、勉強教えてあげるね」


「ありがとう」


 それからはただただ普通に勉強を教えてもらった。

 姉さんは昔から頭が良かったが、たまにブラコンすぎるところが傷だ。

 とはいえ最近は大学で上手くやっているようだし、関わる時間が減ったせいっていうのもあるだろうが、前ほどそれを感じることは少なくなって、少し安心している。

 少しずつ弟離れしてくれているのかも知れない。


「一旦このくらいで良い、ありがとう姉さん」


「え、もう良いんだ?」


 俺がそれに対して頷くと、姉さんが申し訳なさそうな口調で話してきた。


「新…ごめんね?」


「…え?」


 いきなりの姉さんからの謝罪。

 勉強を教えてもらった直後、感謝を言うことはあっても謝られるなんていうことは無いはずだ。


「最近は、ちょっと大学の方が忙しくて、全然新とお話できてなかったから…」


「あー、本当に俺のことは気にしないでほしい」


 忙しいと言っても基本的にはいつも一緒に夜ご飯を食べているし、会話もしているし、そんなに寂しがるほどのことではない。


「新の方は、高校でお友達とかはできた?」


「うん」


 嘘ではない、友達と言えるのかはわからないが話し相手はできた。


「良かった〜、新も引っ越すときにちゃんとバイト辞めてくれたし、これで新ためて心置きなく新と私の二人の生活を楽しめるね〜」


 そう、俺と姉さんは今二人だけで生活している。

 両親が事故に遭ったとか暗い話ではなく、両親の仕事の都合で引っ越してきて、その両親は今は二人とも一緒に出張中で当分家は俺たちだけということだ。


「うん…」


 バイトをしていることは絶対に言えない、というかバレてはいけない。

 バレたらきっと姉さんは怒る。

 …どうして姉さんがバイトに反対なのかはわからない、最初バイトに受かったと姉さんに報告した時は自分のことのように喜んでくれたのに、綺麗な先輩が居て優しく教えてくれるとか、新しいことができるようになったとか、何が火種になったのかはわからないがバイトの内部事情を伝え始めたところでいきなり怒りだした。

 しかも姉さんは怒る時大声を出すのでなく、静かに、冷静に怒るタイプなため本当に怖い。


「なんか幸せな話してたら眠くなってきちゃった…」


「自分の部屋で寝てくれ!」


 俺は姉さんのことを姉さんの部屋に運び、その後で先輩に諸々の事情をメールで送った。

 すると先輩は、突然翌日俺に会うように約束をつけてきた。

 …こんなにいきなり会うように言われるのは初めてなため、俺には何も予想できなかったが、断るわけにもいかない雰囲気だったため、俺はそれを承諾した。

 …明日、一体俺は何を言われるんだろうか。

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