第7話 先輩、接客違いです

 先輩と出かけてから数日後のバイトの日。


「先輩は…居ないか」


 先輩と俺はかなりの頻度でシフトが被る…というか前のバイトの時は合わせたりしていたが、用事があったりするとやっぱりシフトを合わせることができないこともあった。


「…今回のバイトではまだ一回も合わせたりはしてないな」


 それにしては今まで毎回先輩と同じになっていたな…すごい偶然だ、難しい言葉を頑張って使おうとするなら天文学的確率、というやつだ。


「よし…!」


 先輩が居ないということは、店内の接客は基本的には俺がやるということだ、覚悟を決めなければならない。

 俺は先輩の代わりが務まるようにと目標を掲げ、開店の時を迎えた。

 早速一人目のお客さんだ。


「いらっしゃいませ、何名様で────」


「一人だよ〜」


「せ、先輩!?」


 来客したのは先輩…もちろん陽織ひおり紅羽くれは先輩のことだ。

 …どうして先輩がここに?


「そんなに驚くことないよね、今日私バイト休みだから、新くんの仕事ぶりでも見にこよっかな〜って思っただけ!」


「そ、そうですか」


 ひとまず先輩のことを席に案内し、しばらくの間他の人に接客をお願いした。

 …先輩がお客さんなんて、変な感じだ。


「それじゃあ…えっと、ご注文は、お決まりでしょうか?」


「ん〜?聞こえないよ〜?もっと耳元で囁いてくれないと!」


「何言ってるんですか!注文が無いならとにかく水持ってきますよ!」


「あぁ!待って待って!冗談だってば!う〜んと、ホットミルクティー頼もっかな」


「わかりました、今持ってきます」


 俺はすぐにホットミルクティーを入れると、先輩のところにそれを持っていく。


「…ご注文のホットミルクティーです」


「わ〜!ありがと〜!」


 …言葉にするのは難しいが、やっぱり変な感覚だ。


「…じゃあ、俺まだ接客あるので失礼します、ごゆっくり」


 そう言ってこの場を退散しようとするも、先輩に袖を掴まれてしまう。


「え〜、もうちょっとゆっくりお話ししよ?」


「俺仕事中なんですけど」


「うん、新くんの仕事は接客だよね!…はい!接客して!」


 それは接客違いです。


「あの、また何かお話ししたいとか遊びたいとかならプライベートな時間に受け付けるので、今はちょっと…」


「…?」


 先輩は何故かその部分を強調した。


「はい」


 もちろん用事がある時とかはわからないが、そんなことは先輩だってわかっているだろうし特に何も付け加えずに俺はそのまま肯定する。


「…うん、それなら手を打ってあげようかな〜?でも、要するに新くんは業務を全うしたいってことだよね?」


「そうです」


 わかってくれているなら話が早い。


「そっかそっか〜…ちょっと待っててね」


 先輩は何故か従業員しか入ってはいけないエリアの方に入っていった。

 …何忘れ物でもしたんだろうか。

 別に先輩のことを待たずに仕事を再開してもいいが、あとが厄介なことになりそうなため俺はここで大人しく先輩のことを待つことにした。

 それから数分後。


「お待たせ〜!」


「先輩、従業員エリアの方に行ってたみたいですけど、何か忘れ物とかですか?」


「ううん、ちょっとお話ししてきたの」


「お話し…?誰とですか?」


「責任者の人〜」


 どうして今このタイミングでわざわざ責任者さんと話す必要があるんだろうか。


「それでね、今日だけ特別に新くんの業務内容を変えてもらったの」


「え…はい!?」


 先輩はしれっとすごいことを言った。

 業務内容を…変えた!?

 …落ち着け、よく考えたら前にも店内と外くらいの仕事内容の変更はあったし、こういうことに臨機応変に対応してこそ仕事ができるということだ、ここは冷静になって先輩の話を聞こう。


「…俺の業務内容っていうのは?」


「お客さんが困ってたらそれを個別にケアする係、例えばこのメニューのなになにがわかんないですとかって言われたら、それに対応して答えるだけ」


「なる…ほど」


 俺の知識量でどれだけ答えられるかは謎だが、それならできなくも無いかもしれない。


「しかも私が帰るまでの間だけだから、そんなに気を張らなくて良いよ」


「そうですか…じゃあ、俺ちょっとわからないことありそうな人居るか探してきます」


「うん、しっかりと対応してあげてね」


 なんだ、てっきりもっと変なことを要求してくるのかと思ったが、全然普通なことじゃないか。

 まぁいきなり業務内容が変わるっていうのはイレギュラーなことだが、それはそれ、これはこれだ。

 切り替えが大事だな。

 俺が先輩に背中を向けたところで、すぐ真後ろから声が聞こえてきた。


「すみませ〜ん!」


「…はい?」


 真後ろというのはもちろん先輩の居るところだ。

 俺は改めて先輩に向き直る。


「このミルクティーのシロップって、何個まで使っても良いんですか〜?」


「…は、せ、先輩?」


「ほら新くん!お客さんが困ってるよ!対応してあげないとっ!」


「え、えっと…基本的には上限は無いですが、使う分だけ取っていただけると助かります」


「うん、良いね!」


 …あぁ、これも実践的な教育ってことか。

 俺は今度こそと先輩に背中を向けて他のお客さんが困っているかどうかを見に行こうとした…が。


「はいはーい!あと何個かわからないことがあるから、隣に座ってじっくりと教えてもらっても良いですか〜?」


「先輩!どういうつもりなんですか!」


「新くん!お仕事、スマイルはどうしたの?接客はスマイルが大事なんだから、ずっとスマイルじゃないと!」


「…か、かしこまりました〜」


 その後は。


「聞こえないからもっと近づいてもらっても良い〜?」


 ただただ。


「この飲み物一緒に飲む〜?」


 先輩に。


「あははっ!顔真っ赤!かわいい〜」


 店員と客という立場を利用して、散々遊ばれる形になってしまった。

 そして結局、先輩は俺のシフト時間いっぱい店の中に居座ったため、先輩が帰るまでというのが結局俺のシフト時間全てということになってしまい、まともに接客することができなかった。

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