第6話 先輩、ちょっと不気味です
「…次の休みの日、か」
俺は家で天井を見ながら、昨日のバイト終わりのことを思い出していた。
「新くん、バイトお疲れ様」
「先輩も、お疲れ様です」
先輩がいつものようにバイト終わりの俺に労いの言葉をくれる、こういう小さな心遣いが先輩の魅力の一つだと思う。
「…あの、ね、変な意味じゃないから、落ち着いて聞いて欲しいんだけど」
「え?はい」
何やら先輩の様子が妙だ、一体何を言い出すんだろうか。
「良かったら私と良い感じにならない…!?」
「…え?良い感じ────」
「あぁ〜!違う違う!間違えた!そうじゃなくて、良かったら次のお休みの日私と一緒にお出かけしない?」
先輩がものすごく赤面している。
言い間違えたこともその要因の一つだとは思うが、何より俺と先輩は前も言った通りバイト先で過ごした時間は何百時間にもなるが、プライベートでは本当に接したことがない。
そのため、いくらあの先輩と言えど多少緊張しているんだろう。
だが、緊張するのは先輩ではなく、俺の方だって同じだ。
「えっ…良いですけど、何か用事があるんですか?」
「え、えっ!?よ、用事!?え、えーっと…う、うん、駅前の新しいお店に入りたいんだけど、カップルの人が多くて…」
「あぁ、そういうことですね、わかりました!」
そういうことなら断る理由はない。
それだと俺と先輩のことを誰かがカップルだと勘違いするんじゃないかとも考えたが、俺と先輩は同じ学校じゃないし、誰に見られていようと特に問題は無いか。
「…ねぇ、新くんに一つ聞きたいんだけど、新くんって同じ学校に好きな子とか居るの?」
「居る…って言いたいんですけど、居ないです」
こんなことを言うと気を遣わしてしまうかとも思ったが、先輩は意外にも特に曇った表情をすることはない。
「そうなんだね!…よかったら、これから色々なことの相談に乗ってあげよっか!」
「え、先輩がですか?」
「私じゃ役不足…かな?」
「そんなことないです!先輩は俺にとって尊敬する人なので、そんな先輩に相談に乗ってもらえるなんて嬉しいです!」
俺は素直に思ったことをそのまま口にする。
「…うん、よろしくね…新くん」
こうして俺と先輩は次の休みの日に出かけるだけでなく、これから色々と相談にまで乗ってもらえるような関係性になった。
…もしかすると、先輩もそろそろ俺との関係に一歩踏み出してくれたのかもしれない、なら俺も先輩に歩み寄って、もっと先輩のことを知ろう。
そう胸に決意を抱いて約束の日を迎えた。
「待ち合わせ場所はこの辺だったな」
遅刻するわけにはいかないと待ち合わせの予定時刻より二十分も早く来てしまった。
…今更だが、先輩と帰りにちょっとだけ二人になるとかはあったが一緒に出かけるのは初めて、何度も会って何度も会話したことがある人なのに、なんだか初めて会うみたいに緊張してきた。
「先輩は…当たり前だがまだ居な────い?」
周りをよく見てみると、目立つ赤色の髪の毛でポニーテールをしている人の姿があった…
「もう居る!?」
俺は改めて時刻を確認した。
やはり待ち合わせの予定時刻より二十分は早い。
「俺も早く行かないと…」
俺は駆け足で先輩のところに向かった。
「今日は他の女の子の方なんて見る暇も無いくらい私の方をずっと見てもらって、先輩後輩なんていう要らない概念を新くんに無くしてもら────」
「こんにちは先輩、待たせちゃったみたいですみません」
「────新くん!?う、ううん!全然待ってないよ!それよりまだ予定より二十分くらいあるのに、早いね!」
「先輩の方こそ俺より早いじゃ無いですか」
「私も今来たところだから!」
「そ、そうですか」
先輩がそれで押し通したいならそういうことにしておこう。
「それで、行きたいのは駅前の新しいお店?でしたっけ」
「うん、そうそう」
お店っていうことなら俺にとっても丁度良い。
ゆったりと話したりして先輩のプライベートな部分をより深く知れる良い機会になるかもしれない。
「わかりました、じゃあ行きましょうか」
俺と先輩は二人で一緒に駅前の新しいお店に向かった。
そのお店というのが、どうやらケーキを中心とした甘いものをたくさん食べられるというスイーツ店らしい。
先輩の言う通りカップルの人も多いが、どちらかというと女性比率の方が高い気もする。
「中、入ろ?」
中に入ると席まで案内されて、俺たちはとりあえずケーキを一つずつ注文した。
俺がどう話を切り出そうかと悩んでいたところ、先輩の方から話を振ってきてくれた…が、その話はちょっと予想外の話題だった。
「新くんは、どうして接客業を選んだんだっけ」
「前はキッチンのバイトをしてたので、新しい経験をするって意味では次は接客のバイトが良いかなって、本当それだけなんです」
「そう…だったね」
先輩はどこか腑に落ちていないような感じだ。
「こちらショートケーキお二つになります」
さっき俺たちが注文したケーキが届いたようだ、ショートケーキというのはやはり見ただけで食欲を
「そうだ、転校した学校は楽しい?」
「あぁ、はい、もう二年生になって半年でクラスも出来あがっちゃってて、正直クラスに馴染むってなるともうちょっとかかるって感じではあるんですけど、二人くらい積極的に話しかけてくれる人が居て」
「そうなんだ〜!良かったね!男の子?」
先輩は自分のことのように嬉しそうにしている。
…本当に、良い人だな。
先輩はフォークを持って、それをケーキに向けた。
「一人が男子でもう一人は女子です」
俺がそう答えた瞬間、先輩はそのフォークでケーキを刺した、これから食べるケーキだとは思えないほど雑に。
「先輩…?」
「あ、ご、ごめんね!話に夢中でちゃんと手元見てなかったよ〜!…あっ、新くんのほっぺたに生クリームついちゃってる!」
先輩が刺したケーキの生クリームが俺の頬にまで飛んできていたらしく、先輩はそれを人差し指で取ると、そのまま口に咥えた。
「えっ?」
「うん、美味しっ」
そこにはいつもの笑顔の先輩が居るが…
なんだか、少しいつもとは違うように見えた。
不気味…と表現するほどでもないし、気のせいかもしれないが、それと似た系統のことを感じさせられた。
その後は特に何もおかしなことはなく、ゆっくりと談笑しながらケーキを食べ、店の外に出た。
「もうこんな時間なんですね」
「うん、楽しいと時間が経つの早いよね〜!」
本当にその通りだ。
「そろそろ暗くなって高校生一人だと危ないし、帰ろっか!」
「何言ってるんですか、俺より先輩の方が危ないですよ」
「そうかなぁ…ねぇ、新くん」
「はい?」
先輩は俺に一歩踏み込んで近づいてきた。
そして、俺の目を覗き込んでくるようにして俺の目を見てきた。
「私のこと…見ててね、私はずっと新くんのこと見てるから」
「…え?」
「じゃあね!帰り、気をつけて!」
先輩はそう言うと俺に手を振りながら駅の方へと消えて行ってしまった。
それがどういう意味だったのかは、今の俺にはわからない。
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