第5話 先輩、助かりました

 次の日のバイト、開店前。


「おはようございます、先輩」


「うん、おはよ!新君!」


 先輩は笑顔で挨拶してくれる。

 …昨日はメールでも様子がおかしい時があったけど、きっとあれは俺が既読無視と捉えられてしまってもおかしく無いことをしてしまったからだろう。

 その証拠に、今目の前にいる先輩はいつもとなんら変わりない。


「じゃあ今日もよろし────」


「あ、陽織さん、ちょっと良い?」


「え、はい!」


 先輩が責任者さんに呼ばれて、その人の方に行った。

 会話が聞こえてくる。


「前回の見る感じ、中は陽織さんとちょっとしたアシストだけでも十分だと思うから、天城くんには外で並んでるお客さんの人たちの対応してもらおうと思うんだけど、どう?」


 一見ハードな提案に思えるが、前回の先輩の動きを見るとそれがハードワークなんかじゃないということがよくわかる。


「え…?…そんなこといきなり言われたって新く…天城くんも困るんじゃないですか?」


「外のやることは何人で来店するか聞くこととメニュー渡したりとか、あとは並び列の補正くらいだから中より覚えてることは少ないから大丈夫じゃない?」


 聞いている感じ、それだけなら俺でもできそうだ。

 実際にやってみるときっと何か一つくらいは難しいと感じることもあるのかもしれないが、責任者さんも言っている通り店内よりは難しくないんだろう。


「…私も天城くんと一緒に外やります!」


「陽織さんが中をやってくれる前提の話だから、陽織さんまで外に行っちゃったら中の対応が追いつかないよ」


「…じゃあ私と天城くんは別々の場所担当になるってことですか?」


「うん、そういうことになると思うよ」


 先輩が一瞬俺の方をチラッと見た。

 そしてまた責任者さんの方に向き直った。


「…ちょっとキッチンの方で話しませんか?」


「え?まぁまだ開店まで時間あるから良いけど、大事なこと?」


「はい、大事すぎることです」


 そうして先輩と責任者さんはキッチンに入っていった。

 …キッチンの方に入って行ったが、誰もお客さんの居ない店内、節々の会話が聞こえてくる。


「私が──天城くん──じゃないなら──仕事効率が落ち────」


 本当にここからだと何を言っているのかわからない。

 俺は聞こうとするのを諦めて、さっき責任者さんが言っていたことを思い出した。

 確か何人で来店するか聞くのと、並んでる人にメニュー渡すのと…並び列の補正?だったな。

 俺がイメージトレーニングをしていると、二人がキッチンから出てきた。


「…天城くん、ひとまずは休憩時間までだけ外で仕事してもらうっていう様子見の形にしてもらうね」


「え、あ、わかりました」


 先輩がかなり不服そうな顔をしている。


「じゃあ、そろそろ開店だから、よろしくね」


 責任者さんは俺に外でのマニュアルを手渡すと、キッチンの方に戻って行った。

 責任者さんの顔も心なしかかなり疲れたような表情をしていた。

 まだ来店すらしていないのに、大丈夫だろうか。


「あぁ…本当は一瞬たりとも違う場所で働くなんて嫌だったんだけど、どうしてもせめて休憩時間まではって言われちゃってさ、新くんと違うところで働くことになっちゃった、はぁ」


「何言ってるんですか先輩、違うところって言っても、同じバイト先じゃないですか、一緒に働いてるのと一緒ですよ」


「全然違うよー!担当場所が違うってことはもうそれは別の場所なのー!」


 先輩はムキになった顔で叫んだ。

 …この調子なら先輩は一応大丈夫だろう。


「じゃあ…そろそろ開店時間なので、俺は外に出てきます」


 俺がこの場を後にしようとしたところで、先輩が俺の服の袖を掴んだ。


「…先輩?」


「新くん、忘れたらダメだよ、新くんは私のだからね」


 私の…あぁ。


「はい、いつまでも学ばせてもらいます、先輩」


「そういう意味じゃ────」


「そろそろ担当位置ついて〜、もうお客さん並んでるよー」


「あ、はい!すぐ行きます!」


 俺は急いで外に出て、早速外での仕事を始めることにした。


「新くん…」


 マニュアルを読んでる感じ、どうやら本当に難しそうなことはないらしい。

 強いて言うなら店内のテーブル席の空いている数との兼ね合いで色々と自分の判断で調節しないといけないというのが難しそうだとは思ったが、それでも基本的には全て店内の人が捌いてくれるから、こんなことを思うのもよくないかもだが俺としては少し気が楽だ。

 ちょうど俺がマニュアルを読み終えたタイミングで、開店した。

 早速お客さんが並んでいるので、俺は接客を始める。


「いらっしゃいませ、何名様ですか?」


「三人です」


「かしこまりました、では────」


 俺は同じ接客を何度か繰り返す。

 前回とは違い、しっかりと仕事をしている感じが達成感に繋がってくる。

 今度は…多分女子高校生、俺と同じくらいの年齢だ。


「いらっしゃいません、何名様ですか?」


 相手がたとえ同年齢だったとしてもお客さんであることに変わりはないため、俺は敬語で対応する。


「二人〜、え、お兄さん何歳?」


「え?高校生ですけど…」


「え〜、一緒〜」


 めちゃくちゃフランクに話しかけてくるタイプの人だ…後ろに人もあと何人か並んでるし、できるだけ早く店内に入ってもらわないと。


「奇遇ですね…二名様ということで承知しました、どうぞ店内に入ってください」


「もうちょっと話そうよ〜」


 女子高生二人が詰め寄ってくる。


「えっ…と…」


 女子高生二人に詰め寄られた時の対応なんて、もちろんマニュアルには書いてなかったし、俺自身初めてやる仕事からいきなりイレギュラー発生でどうすれば良いのかわからない。

 対応に困っていたところ、店内のドアが中から開いた。

 まだ開店したばかりでお客さんが出てくるには早すぎる、ということは…


「二名様ですね〜!お席空いてますので、店内にお入りください〜!」


「あっ、は、はい」


 女子高生二人は一瞬先輩に見惚れたような表情になり、先輩と一緒に店内に入って行った…助かった。


「やっぱり、絶対ダメ…」


 それからしばらく俺は外で接客を済ませると、休憩時間がやってきて、俺は店内に戻る。


「やっぱり私耐えられないですから!元に戻してくださいね!」


 先輩が店内で責任者さんに何やら抗議しているのか大きな声を出していたが、俺が店内に入ったことに気づくなり先輩がダッシュで俺の方に駆け寄ってきた。


「新くん!大丈夫だった!?」


「あ、はい!大丈夫でした!」


「良かった…でも、やっぱり新くんは店内で仕事してもらうように、私が説得したから!」


「え…?」


 さっきちょっとイレギュラーはあったけど、別に担当場所を変えてもらうほどでは無かったのに。

 これは先輩の優しさなんだろうか。


「新くんがあんな風に言い寄られるなんて、私耐えられないよ…!」


「別に言い寄られてたわけじゃないですよ?」


 結局俺は店内で仕事をすることになり、接客は全部先輩がやっていたのでテーブルを拭いたりお皿を下げたりといったことをこなして今日のバイトは終わった。

 …今日も先輩の心に踏み込むことはできなかったな。

 それでも、前回とは違って仕事をやったんだという達成感があったため、今はそれに浸ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る